二、急いては事をし損ずる
琥珀の瞳。腰が隠れるくらいの細く長い黒髪は、上の方だけ団子にしていて、それ以外は背中にそのまま垂らしている。つま先が隠れるほど裾が長い白い道袍は、所々血で汚れていた。
その地味で何の変哲もない道袍を唯一飾る、紫色の腰紐が風で揺らめく。
(ちょっと待て······呪いで法力半減してるはずだよな? 俺たちでさえどうにもできなかったあの触手を凍らせて、しかもそのままバラバラにするとか、)
確かに分身であるが故、こちらも本気は出せずにいたわけだが。
(······神だったと言ってもただの花神だよな? そもそも武神でもないのに、なんで剣?)
天帝に愛され、応竜とは知己で、その配下の四竜(自分は除いて)と交流があり、三人とも
「
「そこの
「君が見てそう思うのなら、間違いない」
「いや、俺にもわかるように教えろ」
ふたりで納得している姿に、
一体なにが、どう、間違いないのか。
「そもそも
「······何を言っているのか、全然わかりませんね。
「······確かに、容姿や声はあの子のものですが。そんなのあり得ないんですよ」
そう、
「急いては事を仕損ずる、と習わなかったか?」
突如、天から声が響く。同時に、雲を突き抜けた青い空の先から光の帯が地上に降り注いだ。その光の帯の先に姿を現したのは、天界、つまり天上の最高神である天帝そのひとであった。
その傍らに立つ上等な黒衣を纏った赤い瞳の青年が、
「
「許せ、
天帝の低いが優しく穏やかな声が、諭すように紡がれる。それに対して
その頭の天辺を飾る紅色の髪紐が、あの穏やかで平穏だった日々を思い出させる。
「
「
「
朽ちた
自分たちとも何度か関りのあった黒衣の青年の正体を、まさかこんな所で知ることになるとは、と
天帝を挟んで反対側にいる
「あの日、宴の席で、俺は力を解放させられました。それは、
そして悲劇は起こった。
あの日の恐ろしい光景を思い出すたび、気が狂いそうになった。それでも、死ぬわけにはいかなかった。
罪は消せないし、償う術ももたない。
あの日散った花の精たちの魂魄を、
「すぐにみんなの魂魄をそれぞれの花に収めて、後は祈るしかありませんでした」
その数年後のある日の事、いつものように
「その場で首を切ろうとしたので止めた。死ぬくらいなら、私の役に立てと」
天帝は
「数年前、
あの日、
だからあの村を襲った者が、彼であるはずがなかった。そんな心根の綺麗で優しい子が、
目の前の者は、わざわざ九十九人分の死体を用意し、
それ以前に、自分の周りで起こっていた不可思議な怪異や噂の数々、それも少なからず彼の者の仕業だったはず。どれも一歩間違えれば、多くの犠牲者が出ていた。
全ては、
「どうした、
天帝の言葉に、
派手な青色の上衣に、銀の糸で描かれた模様の入った紫色の下裳。首や指を飾る金色の装飾や宝石たち。美しいが、冷ややかな微笑を浮かべた月の神がそこにはいた。
「誤解ですわ、天帝。
この期に及んで何を言い出すかと思えば、
「
その堂々とした語りに、天帝含めその場にいた者たちは、まるで本当のことを話しているような気さえしてくる。彼女が何百、何千とその口で付いてきた嘘は、彼女にとっては永遠に真実でしかなかったのだ。
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