四、あなたは誰ですか?
天界の謁見の間の奥には、天帝が座する重々しい玉座が置かれている。
ずらりと十人くらいずつ、左右に道を挟んで並んでいる者たちは、寸分も乱すことなく真っすぐに列をなしていた。
その線のように綺麗に並んだ何人もの神官たちを横目に、
(いつ来ても重い雰囲気ですね······ここでは口を開くにも天帝の許可がいると聞きますが、)
この謁見の間には天井はなく、しかし真白い柱は高く伸びていて、不思議な造りになっている。
突き抜けた先の雲のひとつもない空は、まさしく天界の象徴のようにも思える。
ここまで来るのにも延々と長い階段を歩いて来たのだが、それこそ飛んで行けば楽なのに、と思ってしまったくらいだ。
使者が先に跪き、慌てて
「花神、
「頼み、ですか?」
(ああ、そうでした。発言は許可を取ってから······でしたっけ?)
ふっと天帝の秀麗な顔に笑みが浮かぶ。右手を上げ、他の者たちは下がれ、と合図を送った。その合図に、神官たちは戸惑いお互いの顔を見合わせる。
「この者とふたりで話をする。他の者たちは席を外せと言ったのだ」
天帝はよく通る声で、謁見の間に集まった者たちを下がらせる。綺麗に並んでいたその列は、やはり綺麗にその場から順番に去って行く。
「下級の花神ごときが、なぜ天帝とふたりきりで話など?」
「天帝も天帝だ。いくらあの者がお気に入りだからといって、これでは上にも下にも示しが付かない」
今回に関しては、寧ろ、
最後に目の前にいたはずの使者までも立ち上がり、一礼をしたかと思えば、さっさといなくなってしまった。
(どうして
頭を下げたまま、いつもとは違う雰囲気に、少なからず不信感を覚える。
天帝になってからというもの、たまに上部で開かれる宴で姿を見るくらいで、個人的に、ましてやふたりきりでなど、逢うことはなかった。なによりも彼の方が避けているようにも思え、だからこそこの振る舞いに対して違和感しかなかった。
「天帝、上位の神官たちの謁見を妨げてまで、一体私に何の用なのでしょうか?」
先程までここにいた彼らは、謁見に来た神官たちだったはず。さすがの
「君が来た時には、すでに謁見は終わっていた」
と、なんでもないとでも言うように、気にするなと続けた。そして玉座から立ち上がると、こちらに一歩ずつ近づいて来るのがその足音で解った。
地面を見つめたままの
だが、その右手が目の前に差し出された時、その手を取らないという選択肢は選べなかった。
「さあ、まずは立ってくれ。話はそれからだ」
「········はい、失礼します」
そのまま手を強く握られ、その場に立たされたかと思えば、すぐ目の前に天帝の白い衣があった。
胸元に引き寄せられた
視線が重なった。
それは、本当に恐れ多くて、逆に眼を逸らすことができない。身体が強張って上手く動かず、ただされるがままになってしまう。
「
右手は握られたまま、左手が頬に触れてくる。
困惑する
「月神は知っているね?
「······あの子を、ですか? なぜ私に?」
「私や応竜や四竜たちに加え、他の神や精霊たちに庇護される君を、よく思わない者たちがいるそうだ。彼女はそれが気がかりだと言う。故に、しばらくその
もしそれを本気で言っているのだとしたら、
「天帝の命とあれば、私ごときがその是非を問うことはないでしょう」
「ならば、話は早い。すでに門の外に呼び寄せてある。君が帰る時に、一緒に連れて行くといい。話はそれだけだ」
言って、
「······一体、何が起こっているんです?」
あれは、本当に自分がよく知る
「もし本当に彼ではないのなら、······あれは誰だと言うんです?」
あんなことを、彼は絶対にしない。
自分に触れることすら躊躇う彼が、あんなことをするはずがない。
天帝の姿を借りて偽るなど赦されるわけがないし、誰も気付かないなんて、そんなことが果たしてあるだろうか。
しかし
天帝は常に地上を巡回しているため、ほとんど天界には戻らない。従者はおろか傍付きの神官すら、その顔を正面から見たことがある者などいないことを。ましてや、どんな人物かなど、知る由もない。
月神である
まさか、と
実際、天帝は確かに自分を贔屓にしてくれている。それは、昔から知った仲だからで、それ以上の、例えば皆が噂するような甘美な関係などではないのだ。
けれどもそうは思わない者も、いる。自分と天帝は深い関係で、なんなら
この時、
それこそが、底なし沼に片足を踏み入れた瞬間であったことを知るのは、もう少し後のこと。
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