八、約束してください。
あれからひと月ほど、
それくらい白蛇はまったく動かず、しかも丁度良くあたたかいので、
そのぬくもりが腹の中からいなくなってしまった時、嬉しいような物悲しいような、不思議な感覚を覚える。
それを知ってか知らずか、
「そんなに白蛇の姿の方が良かった?」
顔を覗き込まれ、
(はいと答えてもいいえと答えても、彼を喜ばせてしまう気がする、)
しかし、
「いいですか? 百歩譲って、同行は認めます」
「本当に? 嬉しいな。俺、あなたのためならなんでもするよ?」
「それは、········間に合ってます」
ぱっと一変して少年のように明るい声で嬉しそうな表情を浮かべた
「でも、これだけは約束してください。私なんかのために、その尊い命を懸けたりしないと」
「うん。約束する」
「あと、君のその見た目はとても目立つので、人前では白蛇さんの姿でいてください」
「うん。じゃああなたの衣の中にいる」
(まるで自分が、衣の中にいて欲しいと言ったようなものでは?)
ぶんぶんと首を振って、その考えを散らす。断じてそのようなことはない、はず!
(なんだか全部、この子の思惑通りになっている気がするのですが······)
結局、狸寝入りだったことを知りながらも、ひと月以上も彼を自分の衣の中に忍ばせていたのだ。
途中でどこかに置き去りにしても良かったというのに、自分の良心がそれを赦さなかった。
いや、寧ろ、心地好かったので手放すのが惜しかったのでは?
(だって、本当にぬくぬくして気持ちよかったんですもん。それに、白蛇さんに罪はないですし、)
自分でも何を言っているのか解らなくなってきた。
(本当に、可愛らしいひとだな)
触れたくなるが、思い留まる。せっかく油断しているのに、また警戒されては台無しだ。そもそも、契約に口付けは必要なかった。
(したいから、した。なんて言ったら、きっと真っ赤な顔をして怒るんだろうな)
それはそれで可愛いだろうな。
そんなことを考えながら、
初めて会った日に心を奪われ、逢えない数年間はずっと
この身のすべてはあなたのもので、この心もあなただけ。
「あなたのこと、なんて呼んだらいい? 主? ご主人様、なんていうのもありかな?」
「どっちも嫌ですよ。私の事は名で呼んでください。私も名で呼びますから」
わかった、と
まだまだ肌寒い冬の頃。
仙人にも精霊にもあまり関係のないことだったが、あたたかいものはあたたかいし、冷たいものは冷たいとわかる。
子供が親の手を繋ぐように自然に、横にあるその手を優しく握って、
完全に油断していた
白い地面に付いた足跡はふたり分だけ。
久々に広がる青い空と、仄かに感じる太陽の温もり。白い景色に反射して、目が眩みそうだった。
******
――――それからさらにふた月後、春の中頃。
仙人が住むという五神山のひとつ、
応竜、
数刻前————。
春の穏やかな風がふわりと吹き抜ける中、舞い散る花々を眺めながら、ふたりはどこへと目的地は決めずに歩いていた。
そこに何の前触れもなく天から降って来たのは、真紅の衣を纏った、可愛らしくも美しい、女性の見た目をした
彼女? 彼? は朱色の瞳を輝かせて、その両手を取ると、ぱあっと明るい顔で
「
「は? え? なんです?」
急に聴き慣れない言葉を発する
「そこの白髪朴念仁くんのことよ! 精霊の化身を下僕にするなんて、さすが
「もしかして
「ということで、お願いがあって今日は来たの! あんたも、もたもたしないでこっちに来て頂戴、」
言って、後ろに立つ
「
燃えるような色の長い赤髪が風に靡き、抱えられている
「へ? ええっ!?」
「
垂らされた細い布を掴んだまま、宙でぶら下がりながら
「と、とにかく、どこに向かっているのかだけでも教えてもらえませんか?」
「
はい? と
しかしながら、それ以上の説明はなく、
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