六、とっておきの最終手段で、あなたについて行きます。



 抱き寄せたまま、遠回しに「お断り」をされた肖月シャオユエだったが、綺麗な顔に微笑を浮かべたまま、じっと櫻花インホアを見つめてくる。


(ちょっと言い方は間違えてしまったけれど、伝わったはず、ですよね?)


 小首を傾げて、櫻花インホアはその青銀色の瞳を不安げに見つめ返す。しかし、自分を放してくれる気配がない。拘束されているわけでもないので、逃げようと思えば逃げられるのだが。


「えっと、君は、」


肖月シャオユエ、だよ」


 間髪入れずに肖月シャオユエはにっこりと笑う。


「······肖月シャオユエは、私の手助けをしたいのは、私の事が好きだからと言いましたが、ちなみに好きというのは、どういう意味の"好き"ですか?」


 とりあえず、櫻花インホアは訊ねてみる。ひととして好き、とかそういう意味の好きであることを想像していた。


「あなたに命をあげられるくらいの、"好き"だけど、それってなにか関係ある?」


 想像以上の"好き"の度合いに、櫻花インホアはゆっくりと右の蟀谷こめかみを人差し指で揉む。思っていたのと、だいぶ違った。


「······私には重すぎますので、本当に、結構です。なので、本当に申し訳ないのですが、契約は解除していただけますか?」


「いいけど、じゃあ、俺を殺してくれる?」


「······ええっと、なぜ?」


 肖月シャオユエはなんでもないというような顔でそんなことを言うので、ますます櫻花インホアは困惑する。


「そういう契約にしたから?」


「なんで疑問形なんです? 一体どんな契約にしたんですか?」


 半分諦めた様子で、櫻花インホアは歩き出す。それに合わせて肖月シャオユエも並んで歩く。相変わらず距離が近いが、慣れてきたのか、櫻花インホアは気にせずに進む。


「契約は、俺が得た功徳くどくをすべてあなたに捧げることと、あなたのために生きること。それからこの契約は、あなたの呪いが解けるか、俺が死ぬまで解除されないようにしてあるんだ」


「呪いが解ければ、解除されるんですか?」


 そうだよ、と肖月シャオユエは楽しそうに言う。

 それを聞いて、後ろで手を組んだ櫻花インホアがくるりと笑顔で振り向く。


「なら、ここでお別れです。その内容であれば、一緒にいる必要はないようですし、そもそも、私はひとりが好きなんです」


 右側があの町へと続く道。左側が違う町へと続く道。左右に続く道の真ん中で、櫻花インホアはそう言った。先程まで商隊がいた場所だ。時間が経っていたのもあり、あの騒動でついたであろう大小さまざまな足跡が、今はもう薄っすらとしか残っていなかった。


 櫻花インホアは、ひとりが好きだと言った時、どこか寂し気な表情を一瞬浮かべたが、すぐに元の穏やかで優し気な表情へと戻る。

 その微かな変化に、肖月シャオユエが気付かないわけがなかった。


 櫻花インホアが再び背を向け、ゆっくりと一歩を踏み出したその時————。


 ぽん、という間の抜けた音と共に、辺りが白い煙に包まれる。櫻花インホアは何事かと目の前の状況に驚くばかりで、呆然と立ち尽くしていた。


 その白い煙が晴れた頃、肖月シャオユエの姿はなく、夢か幻だったのかな、と呑気に笑みを浮かべた櫻花インホアだったが、次の瞬間、その笑みが固まった。


 雪と同化していてわかりづらかったが、地面の上でぐったりとしている白蛇がそこにはいた。


 どうして突然蛇の姿に? と櫻花インホアは慌てて駆け寄り、その場にしゃがみ込む。白く染まった地面の上で、ぴくりとも動かないその白蛇を、両手で掬い上げるようにそっと膝の上に乗せた。


「まさか、······冬眠?」


 自分で言って、櫻花インホアは首を傾げる。白蛇はあたたかく、しかしその小さな瞳は閉じられていた。


 蛇は気温がある一定温度を下回ると、冬眠を始めるという。


 こんな場所に放っておくこともできず、櫻花インホアはとりあえずあたためてあげようと思い、道袍の腹の辺りに白蛇をしまう。


(なんだか腑に落ちませんが····とにかく町に戻りましょう)


 白蛇の姿になって動かなくなってしまった肖月シャオユエを連れて、櫻花インホアはとりあえず人気のない夜の森を歩き出す。


 櫻花インホアの懐の中でぬくぬくと暖をとりながら、肖月シャオユエは眠ったふりをしていた。櫻花インホアは優しいので、きっと自分を置いては行かないだろうという確信があった。


(あたたかいな、)


 そのぬくもりに甘えながら、肖月シャオユエは眼を閉じる。

 ふり・・をしていたつもりが、気付けば本当に眠ってしまっていた。



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