五、間に合ってます。
弁財天は白蛇の話を聞き終えた途端、目をきらきらと輝かせて、両手を胸の前でしっかり組むと、「なんてこと!」と感激の声を上げた。その反応に、白蛇は思わず
「あの
『え?
「え? ああ····まあ、色々あって····私の口からは話せないのだけれど、とにかく! あの子に助けてもらったなら、これは運命の
『運命の、
白蛇、
「それで、あなたはどうしたい? あの子の呪いを解きたい?」
『はい。恩を返したいです。呪いも解きたい。でもどうやって?』
黒竜の呪いを解くなんて、そもそもできるのだろうか。
弁財天は
「本人が謝らないって言っているんだったら、方法はただひとつ。天仙になって天界へ行き、天帝に解いてもらうしかないわね。あの子は天帝のお気に入りでもあるから、頼まなくても解いてくれるわ」
『そんな簡単に天仙になんてなれるんですか?』
「もちろん、簡単なはずないわ。十年でどうにかできるなら、とっくに皆が天仙になっているわよ」
じゃあどうしたら? と
「あなたの幸運とあの子の強運が合わさったら、なんとかなるかもしれないわね」
弁財天はふふっと笑って、膝に乗せていた
「あなたを精霊にしてあげる。もう少し時間はかかるでしょうけど、あなたの働きならあと数年あればなんとかなるわ。そうしたら化身になって、あの子に逢いに行けばいい」
化身とは、神や精霊などの神格化された生物が人の形を取ること。白蛇は元々神の使いとして人々の間に伝わっているので、十分資格があった。それに加えて今までの働きもある。
弁財天は面白半分、真面目半分でこの提案をしているのが
『俺、精霊になります』
あれから三年後、宣言通り、
******
さらに二年後、地上を彷徨い、あのひとの噂を頼りに転々と渡り歩く日々。季節は冬。ある町の
「おふたりとも、どうか落ち着いてください」
そののんびりとした穏やかな声音に、全身が震えた。その声は、間違いなく、あの時の声だった。
騒がしいさまざまな雑音の中、その声だけははっきりと聞こえる。ずっと捜していたあのひとが、今、すぐそこにいるのだ!
垣根のようになっている人だかりの中、すぐにでもその姿を拝みたかったが、今ではないと
そもそも、自分の事など憶えてすらいないかもしれない。
うん、と顎に手を当てて
後の事は知っての通り。
危機はほとんどないと思っていたが、
事態が落ち着いた後、自分を捜しに来るだろうという確信があった
「うぅ······いいですか? 初対面のひとになんの断りもなく、く、く、口付けをするなんて····私だから良かったものの····いや、良くないですが、町の娘さんだったら訴えられてますよ? 犯罪ですよ?」
羞恥心からか、
「町の娘さんには間違ってもしないと誓うよ、」
肩を震わせながら笑いをなんとかこらえて、
「それに、あなたも"はい"って答えて同意してくれたでしょ?」
「····私、疑問符付けましたよね?」
やっと顔を上げてくれた
「もういいです。わ、私も油断してましたし、あれは、事故だったと思って忘れます!」
「忘れないで? 大事な事だよ。俺にとっても、あなたにとっても」
「······は? え? どういう、」
急に顔を覗き込まれた
「あなたは憶えていないかもしれないけど、五年前、あなたに助けられた白蛇。それ俺なんだ」
「え? ····ええっ!? でも、君はどう見ても、」
「うん、あなたを助けるために、精霊になった。俺のせいでかけられた呪いを解く。あなたを守る。そのために、あなたをずっと捜していた。さっきのは契約。あなたは俺の新しい主。俺のことは
契約? あの口付けが?
けれども、自分にはそんなことをしてもらう資格もなければ、必要もない。丁重に断るための良い言葉を紡ごうとしたが、混乱していた
「ま、······間に合ってます」
と、まるで野菜の押し売りでも断るかのような言い回しで、お断りを入れてしまう。
乾いた風の音が、ふたりの間をひゅうぅと通り抜けていく。
至って真面目な顔でそう答えた
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