四、新月の夜、あなたに助けられました。
五年前の新月の夜。
そんな中、あの黒竜が海の方から陸に上がってきたせいで、地面が大きな地震に似た振動を起こし、その反動で思わず咥えていた宝玉を落としてしまったのだ!
迫ってくる黒竜よりも、宝玉の方が大事だった白蛇は、右往左往しながらきょろきょろと辺りを見回していた。自分の身よりも、貴重な宝玉が砕けてしまうことの方が取り返しが付かないためだ。
どんどん迫ってくる黒竜の大きな体躯は、その場から逃げない白蛇を気にも留めず、なんならそのまま止まることなく進んでくる。
覚悟を決めたその時、なにがあろうと止まることのなかったあの横暴な黒竜が、なぜかその歩みを止めた。
それと同時に、目の前に現れた白い影によって、白蛇はそっと掬い上げられる。
「黒竜、ここはあなただけの道ではありません。そもそも誰のものでもありません。それなのに、あなたは自分の道だと言う。地を歩くなら、
白蛇は驚愕のあまり固まってしまう。このひとは一体どういう立場のひとなのか。
『
黒竜の話を聞く限り、このひとは地仙らしい。地仙といえば、一応仙人という認識が白蛇にはあったが、どう考えても黒竜と会話ができる立場ではないだろう。このままでは最悪、黒竜に殺されてしまうかもしれない。
「それとこれとは関係ありません。黒竜よ、強き者は弱き者を守る義務があると思います。あなたの考えは神聖な者の考えとは思えません。この子に謝ってください」
白蛇はもちろんだが、黒竜も驚きのあまり言葉を失っていた。
「私は間違っていないので、謝りません」
『――――っどうなっても知らないからな!』
そんなことを考えている内に、危惧していた通りになってしまう。
次の瞬間、そのひとの身体の周りを、闇夜よりも深い漆黒の黒煙が、螺旋となってぐるぐると蠢き始める。
そのひとは自分を逃がそうとして、無造作に離れた場所へ放った。左手から離れた白蛇は地面に難なく着地し、黒煙に包まれていく命の恩人を呆然と見上げていた。
その時、尾の辺りになにか冷たい感覚を覚え、振り向く。そこには落として見失った宝玉が転がっていたのだ!
(なんでこんな所に?)
白蛇はこんな所まで転がっていた宝玉も気になったが、それよりもあのひとの事が気がかりで、再び振り向く。
「本当に法力が半減してる····余命十年? 意地悪なのか優しいのか解らないんだけれど?」
あの黒煙はいつの間にか消えていたが、ぽつんと佇むそのひとが言った言葉に対して、白蛇は長い躰が思わずピンと伸びた。そして慌ててそのひとの許へと這い寄って行く。
もしかしなくても自分のせいで、恐ろしい呪いを受けてしまったのでは?
しかしそのひとは、「君のせいじゃないから、気にしないで」とそっと小さな頭を撫でると、すぐに立ち上がる。そしてそのままどこかへ行ってしまったのだ。
白蛇はその後ろ姿をただ見守ることしかできず、しばらくしてやっと動き出す。近くに転がっていた宝玉を咥え、あるひとつの決意を胸に、自身の主の許へと戻った。
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