第6話 森の魔獣たち

 夜の森を行くと言っても、日が高いうちに距離を稼いでおくべきだ。

 俺とウルスラは再び歩き始める。


 アイツが魔獣を殺すとは言ったが、本当に可能とは限らない。 

 そりゃ、一匹や二匹くらいならどうにかなるかもしれない。

 でも、南の森に出る魔獣の一部は群れて襲ってくる。


 後ろのウルスラの顔に疲れの色は見えないが、夜まで体力が続くとは思えない。

 疲労困憊の状態で襲われたらどうする、俺もアイツもお終いじゃないか。


「なあ、ウルスラ。あんたは魔獣を殺したことがあるのか」

「ある」

「あの魔法でか」

「そう。ラド、あなたはこの森にどんな魔獣が出るか分かる」

「まあ、多分」


 俺が知っているのは三種。実際に見たことがあるのは一種だけ。

 それもずっと前にヤンに連れられた時の一度だけだ。


「頭くらいの大きさの鼠もどきと熊、水辺にでる蜥蜴」

「その鼠に角は生えてるの」

「ああ、まっすぐなのが一本」

「熊の方は群れを作る」

「いや、作らないな。群れるのは鼠だ。あと、蜥蜴は水辺から離れないから多分遭わないと思う」


 魔獣に出くわしたら逃げるのが一番だが、アイツはと言った。

 俺たちでも一匹や二匹はどうにかなるが、一晩中襲われては敵わない。


 普通なら、夜になったら魔除けを置いてじっとして、昼間にだけ動く。

 魔獣を好き好んで殺すのはここでは狂人と冒険者だけだ。


 ウルスラは黙り込んで何かを考えている。

 戦い方を考えているのか。それか、逃げ方を考えているのか。


 良い逃げ方があって欲しいんだが、アイツは殺すって言っていたからなぁ。


「体力は夜までちそうか」

「……多分」

「そうか」


 もう少ししたら小休止を入れよう。

 追手もそろそろ野営の準備をはじめなくちゃいけなくなる頃だ。

 魔獣が姿を現すのは夕暮れ時から。こちらもそれまでに休息をとりたい。


「ウルスラここで一回休憩だ」

「まだ、もう少し行ける」

「駄目だ。これ以上過ぎたらまともに休めないし。追手も今は野営の準備をしているはずだ。休むなら今しかない」

「……」


 不承不承って感じだな。まあ、いい。

 

 焚火からだな。煙で追手に見つかるかもしれないが、馬鹿じゃない限りこんな時間に動きたがらないだろう。


 枯れ枝で焚火の準備をしているとウルスラが顔を見てきた。


「ん。どうした」

「わたしの火が必要かなって」

「俺を舐めるなよ。一日あれば火打石くらい見つけるさ」


 アイツは一瞬だけ歯痒そうな顔を見せた。悔しいのか。

 道具が無くて火がつけられないなんて無様な姿はもう二度と晒さん。


「その火打石、貸してくれない」

「そんなに、火つけたいの。まあ、いいけど」


 ウルスラは火打石を渡すとナイフの背を火打金代わりに打ち、火花を作り始める。

 やみくもに花だけ出しても意味がないのに。先ずは、火口を用意しないと。


 俺が火のつけ方を教えてやろうとしたとき、アイツは小さく言葉を唱えた。

 すると、落ちた火花の一つが大きくなり焚火に燃え移った。


「これも魔法」

「そう」


 なんだか少し誇らしげだ。次からはウルスラに火つけ役を任せよう。

 気を取り直して食事の準備に戻る。

 とはいっても昨日とほとんど同じ、違うのは昼に獲った川魚を入れるくらいだ。


「どうやって魔獣を殺すつもりなんだ」

「さっきの魔法を使うの。あれは枷を燃やしたのとは違って当てやすいから」

「いろいろと使えるもんだな、あんたは。あれか、魔法使いなのか」

「違う。わたしは戦士」

「戦士ねぇ……まだいたのか」


 だんだんと魚のいい匂いがして来た。汁が吹きこぼしてきたので、蓋を開けて鍋の様子を見る。まあ、これでいいだろう。鍋に匙を入れてウルスラの前に置く。


「ほれ、食いな」


 こっちに鍋を突き返された。なんだ、魚は食えないか。


「昨日、私が食べすぎたから。その、足りなかったでしょ。あなたが先に食べて」

「殊勝なことで」

 

 変な気を回しやがって。魔獣の相手はアイツがするんだから、自分が多く食えばいいものを。食えと言われたからには、食うけどさ。


「こういうのは誰に習ったの」

「ああ、父親からだ」

「私も同じ。父上から沢山のことを教わった」

「あの魔法も」

「……魔法は違う」


 今頃、あの野郎は何をしているんだか。もしかして、あいつも山狩りに加わってるのかもな。


「じゃ。残りをどうぞ」

「ありがとう」

「ん……食い終わったら、出発だ」


 夜の森か。何事もなければいいのだが、魔獣は人を襲う。きっと、楽じゃない。

 空を見上げると満月が輝いている。


 夜の森を逃げるには好都合なのだろうが、嫌な感じもする。

 ずっと何かに見張られているような、そんな感覚が。

 

 俺たちは夜の中を月明りを頼りに進む。この道を逸れれば、そこは森の暗闇。

 一度入れば容易には抜け出せない、魔獣の根城。


 俺にできるのは何かが近付いたらすぐにウルスラに伝えること。

 お手製の銛なんかじゃ魔獣の相手何てできない。


 何かが近付いてくる。


 枝が大きく揺れる音。地面を足で蹴る音。それも一つだけじゃない。


「ウルスラッ!鼠もどきだ。北から追ってきてる」

「ラドは下がってて」


 ウルスラは振り返ると片膝をついて座る。

 懐から火打石とナイフを構え、鼠もどきを待ち構えた。


 冷えるのに体が熱い、音が近付くにつれ心臓の鼓動が速まる。

 暗闇の向こうから額に角を持つ鼠の群れが姿を現した。


 こいつらは歯も爪も角も鋭くまるで人を殺すためにそうあるみたいだ。

 それが隊列を組んで俺たちの方に走って来る。

 嫌な過去を思い出す、今すぐ逃げたくなる。


 どうしてアイツは冷静なんだ。怖くないのか。


 ウルスラは唱句を呟きながらナイフと火打石を打って火花を立てる。

 火花は大きく姿を変えて、鞭みたいに伸びていった。


 アイツの手元から伸びる火の鞭はしなやかに動き、横薙ぎにどもを打つ。

 鼠もどきは炎に焼かれて力尽きる。


 それでも、一部の奴らは痛みを怒りに変えて、叫びながら突進して来る。

 ウルスラは向かってくる三匹に手をかざしながら唱える。

 身体の一部を焦がしていた炎はみるみると大きくなっていき、遂には火柱となって鼠もどきを焼き尽くした。

 

 あんなに居たのに、ものの数秒で全滅だ。これが魔法の力なのか。

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