第3話 南への一歩目
小屋の前でうわ言を呟いている男には見覚えがある。
いや、見覚えがある以上に先程まで同じ牢に繋がれていた仲だ。
確か詐欺か何かの罪で捕まったらしい。
恐らく、俺たちと同じようにどさくさに紛れてここまで逃げてきたんだろう。
俺が詐欺師のおっさんと話すために外に出ようとすると腕を掴まれた。
「何をするつもり」
「何って、馬車とか獣がどうなったか聞くんだよ」
「……余計なことは話さないで」
「はいはい」
本当に警戒心が強い奴だ。
努めて穏やかに声をかけたつもりだったが、詐欺師はこの世の終わりみたいな叫びをあげて縮こまってしまった。
「おい、おっさん。俺だよ。俺、ラドだって。何もしないよ、な」
おっさんは髪と髭で毛むくじゃらな顔を地面に押し付けるように怯えている。
俺の声を聞いて恐る恐るこちらを見たかと思ったらまた悲鳴を上げた。
別に、俺はそこまで物騒な面をしているわけじゃないのに。何で、怖がる。
ああ、分かった。
ウルスラが俺のすぐ後ろでナイフ片手に睨め付けていやがった。
そりゃそうだ、おっさんにしちゃあアイツは牢馬車を爆発させた凶悪犯だ。
怖がるのも無理もない。
ウルスラを肘で小突いてから改めて話しかける。
「大丈夫。俺たちゃ何もしないさ。な、そうだろ……それに、おっさん。あんた脚に怪我があるだろ、手当てするからこっち来いよ」
ウルスラがナイフをしまうのを見て、ようやく立ち上がってくれた。
幾つか聞きたいこともあるが、手当てが先だ。
そう思ってはいたが、おっさんは包帯を巻いている間もとめどなく喋っていた。
どうやら、あの獣は兵士のほとんどを殺すか追い散らした後は姿を消したらしい。
自分の縄張りに戻ったのか、逃げていった奴を追いかけているのかは分からない。
しかし、そのどちらでもやっかいだ。
狩りの成果に満足して飯をねぐらで味わってくれていればいいが。
南への道が縄張りの中だったり、今も俺たちを追っていることも考えられる。
「あのぉ、それでなんですけど。私はいったいどうしたらいいでしょうか。その、お二人にはなにか行くあてが……」
「ああ。まぁ、うん。あるっちゃ──」
「悪いけどそれは教えられない」
ウルスラは冷たく言い放った。
「あなたが兵士に密告するかもしれないから」
「いえいえ。そんなことは、決して。ただ、私はもしよろしければご同行させていただけないかとお聞きしたく思いまして」
「その怪我じゃ無理」
確かに、おっさんのあの脚じゃ森を進むのは難しいだろう。
ここまで来れたのも、小屋までの獣道を通ったからだ。
おっさんを連れたら確実に二日は余計にかかる。
でも変な奴だ。ウルスラも。手当てはしてやったのに、連れてはいかないのか。
おっさんの顔が百面相みたいになって気の毒だから助け船でも出してやるか。
あのおっさんには少し借りがあったんだ。
「おっさん、心配すんな。元の道への戻り方は分かるか、馬車があった所だ」
「ええ、それなら何とか」
「なら、馬車が向かっていた方とは逆に進んでくれ。途中で右手側に獣道ある。それを進んだら小さな村がある。着いたらヤンって奴を探してくれ」
「じゃあ、あなたも私と」
ウルスラがこっちを見てくる。分かってるよ、そんなに睨まなくても。
「俺は駄目だ。村の人間には顔が割れてる。見つかったら袋叩きさ。でも、おっさんの顔は知られてないから大丈夫だろ。でだ、ヤンに会ったら俺の名でも出しときな。そしてさ、ラドがじゃあなって言ってたって伝えといてくれ」
「はい。分かりました」
ウルスラが急かすものだから追い払うようにおっさんを発たせることになったが、多分大丈夫だろう。
おっさんの話では馬車の所には誰もいなかったらしいし、迷うような道でもない。
ウルスラが小さく何かを唱えるとシモンの木枷がバラバラになった。
ひどい叫び声を上げてはいたが火傷も怪我もないようだ。
やっぱり、ウルスラが何考えているのか全く分からない。
「さよならだな。シモン」
「ラドさんと……ええと、お二人もお元気で」
「……」
別れの挨拶何て簡単なものでいい。
仰々しくしてたら、何かの間違いで会っちまった時に小っ恥ずかしくなるから。
シモンが見えなくなるまで見送ったら、今度こそ俺たちが出発する番だ。
南に向かって森の中を進んでいく。
今歩いているのは道から小屋までの獣道よりもさらに険しい。
これを道と呼ぶ事も難しい道だ。
俺にとっては慣れた道だが、ウルスラにとってはそうじゃない。
これでは野営に必要なものを拾い集めながら進むのも難しくなる。
「なあ、こっから先はしばらくこんな道が続くが大丈夫そうか」
「な、なにが」
「だから。小枝とかを集めて欲しいんだけど、頼めるか」
俺の後をついてきているウルスラを見る。駄目だな。息も絶え絶えって感じだ。
「この道はな狩りで採ったものを南に卸すときに使うものなんだ。まあ、領主サマには許されていない品々がそこに紛れ込んでいることもあるわけで。あんまり外の人間には教えない」
「……それで」
「俺があんたにこの道を教えるのは、あんたを信用……うん、まあまあ信用しているってわけだ」
「だから、何が言いたいの」
本当さ。この道は教えちゃいけないことになっている。
これで村に帰れない理由がまた一つ増えてしまった。
「つまりはだ、あんたにもある程度は俺を信用して欲しい。このままじゃ碌な準備もなく夜になるからな……それじゃあ互いに困るだろ」
「……」
「さっきは断っちまったが、改めて頼みたいんだ。その、魔法か奇跡かは知らないがそれで俺の枷を壊してくれないか、ウルスラ」
ウルスラは少し迷うそぶりを見せたが、警戒心よりも疲れが勝ったのだろう。
俺の方に近付いて、木枷を指さしながら何事かを唱えていた。
小さな声で聞き取りづらいが同じような唱句を何度か繰り返しているみたいだ。
一瞬のうちに腕が持ち上げられる感覚と熱気が広がっていく。
木枷が幾つかの木片に分解されるかのようにバラバラになって足元に落ちた。
「これでいい、ラド」
「ああ、ありがとよ」
まさに、一歩前進って感じだな。ようやくまともに顔を合わした気がするよ。
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