第2話 朽ちた狩猟小屋
俺とアイツとの間で沈黙が続く。
うっかりしていた。そりゃ、猿轡を嚙まされちゃ何も話せる訳がない。
取ってやろうと近付いた。
アイツは俺が踏み出した足に反応して逃げ出そうとして、転んだ。
「何もしない。少し話がしたいだけだ……その猿轡をとってもいいか」
俺は手を拘束する木枷を見せつけるように顔の前で振って見せた。あ、駄目だ。
さっき兵士を殴ったときの血が木枷についてた。これじゃ、逆効果だな。
「逃げるな。本当だ何もしない。俺はここの人間だから道を教えてやれる。だから、先ずは話をさせてくれ。な。……あ、待て待て待て」
急いで考えろ。どうやったらこの女を引き留めらる。
でも、そんな必要あるか。今なら家に帰れるかもしれないのに。
いや、やっぱり。今はそんなことを考えている暇はない。
「ナイフだ。その小屋の中にナイフが一本ある。心配ならそれを持っててくれ」
アイツはこちらをちらりと見てから小屋の方を見た。
俺はその場に座り込んで教えてやる。
「棚か引き出しの中に確かナイフが一本あるはずだ。多分、錆びてはないと思う」
アイツはゆっくりと立ち上がって、こちらから目を離さないまま小屋に近付いた。
なんだか動物を相手にしている気分になってきた。警戒心がそっくりだ。
乱暴に扉を蹴開けると、金物が床に落ちる音をさせながらナイフを探している。
本当に荒っぽい奴だな。まあ、馬泥棒なんだから当たり前か。
しばらくして、アイツはナイフを持って出てきた。
木枷を付けたまま器用に猿轡を切り破ると、ナイフを握りしめ近付いてくる。
「ナイフあったろ。馬泥棒」
「ウルスラ。馬泥棒じゃなくてウルスラ」
「ん。ああ、俺はラド」
ウルスラはナイフを持って俺の周りを歩き始める。
ナイフを手に持って余裕が出てきたんだろう。
あの兵士野郎みたいで嫌な感じだ。ナイフのこと、教えるべきじゃなかったかも。
「で。あなたは道案内できるの」
「楽勝さ。俺はここらで猟師をしててね、森も山も慣れたもんさ。それで、案内ついでに聞いてもいいか」
「何を」
「……待て、…………今、考えている」
「はぁ……」
考えてみると、何を聞けばいいかわからない。
前に会ったことがあるかを聞いてもしょうがないし、何となくウルスラに見覚えがあるだけで確証も何もない。
知らない物の事はどうやって聞けばいい。俺は考えるのが苦手なんだ。
「じゃあ、先に案内をしてもらうけど」
「まだ駄目だ。その足じゃすぐに歩けなくなるし、手の枷だってどうにか──」
小さく爆ぜる音とともにあの衝撃と熱風がした。
ウルスラを見ると木枷がバラバラな木片と炭になって地面に転がっている。
アイツは火の粉を払いながら、俺に聞いてきた。
「あなたのも壊そうか」
「いや、遠慮しとく」
「まあ。そうでしょうね」
俺とウルスラは、俺を先頭に小屋に入った。
探してるのは古着か何か、それが無ければ適当な布切れでいい。
俺もそうなんだが、裸足で走ったせいで足が血だらけだ。
このままじゃ、一刻と経たずに歩けなくなる。
見つけた。
肌着を一着、それに包帯も。ベッドの毛皮は……まあ、防寒の役には立つだろ。
「なあ、あんたは裁縫なんかできる方か」
「……」
「よっぽどの不器用じゃなきゃできる。それか、そこの斧で俺の枷を壊してもいい」
「どうすればいい」
俺は全く信用されていないらしい。
仕方が無いから口頭で説明することにする。
本当なら酒か何かで消毒をしたい所だが今は無理だ。
とりあえず、傷ついた足に包帯を巻かせる。
その上に古着で作った布切れを強めにニ、三周巻いたものを紐で縛る。
ひどいもんだが。まあ、ニ、三日くらいなら保つだろ。
「俺の分も頼んでいいか」
「ええ」
言っちゃあ悪いが、意外にもすんなり頼まれてくれた。
俺が歩けなくなったら森の中で迷うぞ、とでも脅すつもりだったから拍子抜けだ。
相変わらずの不器用さだが。
こうやって近くで見て気付いた事が、ウルスラは案外育ちが良いのかもしれない。
ボロボロだが上等そうな服だし、言葉遣いも俺と違って上品って感じだ。
小屋から必要なものをいくつか拝借して、準備は完了だ。
アイツは森を抜けてどこに行こうとしているのか知らないが、まあ大丈夫だろう。
あの獣が再び出ない限り。あれはただの狼じゃない。魔物の類だ。
あんなに大きいのは何匹もはいないだろうが、あれはまだこの森の中にいる。
狼は執念深いものだ。。
「ラド。森はどのくらいで抜けられる」
「あの道に戻れば、足でも二日とかからないが──」
「駄目。道では兵士に見つかる」
「なら、森を突っ切ろう。それで、あんたはどこに行くつもりだ。北か。南か」
「南。もうここには居られない。だから、都市同盟まで行くつもり」
南か、それに都市同盟。それもいいかもしれない。
風向きも良いし、俺もそっち側の方が詳しい。
「南の都市に行くのならいい道を知っている。三日位で着けるはずだ」
「なら、それで」
俺は幾つか使えそうなものを見繕うと、鞄に入れてウルスラに背負わせた。
アイツは何とも言えなさそうな顔をしていたが仕方ない。
だって、俺は木枷が嵌められているのだから、物を持つのも俺じゃできない。
だから、準備は全部アイツにやってもらうしかない。
後は祈ることくらいしかできない。あの獣に見つからないこと、あと兵士にもだ。
あの道を通るのは俺らくらいだから、運が悪くなければ兵士は問題ない。
でも、まぁ。大丈夫だろう。何とかなる気がする。
まだよくウルスラのこととかは分かっていないが、何とかなる気がするんだ。
「じゃあ、行こうか」
「ええ」
音がした。
ひと一人がこちらに走って来る足音がする。
少し遅れて、ウルスラも気が付いた。俺たちは小屋の中から様子を窺う。
男が一人。
追われている訳でも、何かを追ってきている訳でもなさそうだ。
さまよって来たって感じだ。
「くっそぉ。どこですかぁここは。何なんですかぁあれは。ふざけているんですか。誰が、誰がって。私がですよ。あんなのあり得ない、あれは夢なんだ、夢」
他人の混乱ぶりが自分を落ち着かせるって話。あれ本当だな。
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