ピエリの理由

「そうしてこそ貴様らしい。やっといつもの顔だね」


 そう言ってワインをもう一口飲んだ。


 なんだか満ち足りる気持ちになったからだろうか。さっきよりワインがもっと甘いね。


 しかしテシリタはワインの味を楽しむ私を見て不快感を露にした。


「ところで何を企んでいるのだ?」


「何が?」


「貴様が理由もなく好意を示したりする奴ではないということはよく知ってるぞ。今回もきっと何か下心があって助言をしたのだろう」


「おい。私がもともとどこで何をしてたのか忘れたのか? 以前は人を教えたり配慮するのが当然の立場だったよ」


 自ら言うのはちょっとアレだが、騎士として民のために尽力する時は人格的にも立派な騎士という評判が高かった身だ。


 まぁ、あの頃はそんな人になろうと努力した。実際にも悪い本性を努めて隠して生きてきたわけではなく、本来の私は善良な奴だったという自覚がある。


 しかしを経験してからもう数十年。すでにその時代の姿など一片も残っていないということも自覚している。


 テシリタは呆れたように鼻を鳴らした。


「大英雄と呼ばれた時代の貴様はそうだったかもしれぬ。だがオレが少しでも知っているのはすでに安息領の一員になった後の貴様だ。最低限の偽善さえ嫌がる悪人である貴様のことだ」


「貴様に悪人と言われたくないんだが」


「貴様もオレも悪党というのは同じだ」


 テシリタはまるで私の中を一つ一つ暴こうとするかのように鋭い眼差しをした。


 ふむ。実際に鋭い考察だね。純粋な好意のために助言をしたわけではないから。


 どうせ隠すつもりはなかったし、こいつの前で隠せるとは期待もしなかった。


「まぁ、貴様の言う通りではあるね。貴様が無駄にいじけていれば私の目的にも邪魔になるんだ。バルメリアを破滅させる戦力はいくら多くても不足はないが、ある戦力さえまともに活用できなければ成功はさらに遠ざかるものだ」


「ふむ。そういえば昔から疑問だったが、貴様はなぜバルメリアの民にまで刃を向ける? 昔の貴様が民のために尽くしたことが偽善ではなかったはずだが」


 ちょっと意外だったのでテシリタをじっと見つめた。


 非難ではないね。そもそもこいつが民のためにあんなことを言う奴ではない。文字通り純粋な疑問にすぎないのか。


 考える前に自然と先に眉間にしわができた。特に言えない理由はないが、ただ思い浮かべるだけで不快だったから。


 もちろん、テシリタが私の心を配慮してくれる奴でもないし、私も特に返事を拒否するほどではなかった。


「まぁ、簡単に言えばバルメリアの国民性に失望したというか」


「国民性? 何を意味する?」


「バルメリア王国がどのような構造になっていくのか分かるよね?」


 バルメリア王国は建国以来の五百年間、たった一瞬も五人の勇者の影から脱したことがない。


 数々の伝説を作り、最後は邪毒竜を討伐して世界を救った英雄たち。その英雄たちが建国の始祖であるということ自体がバルメリア王国の自負心だ。その自負心の根源である始祖たちが王家と四大公爵家という支配階層を構成し、今もこの国を治め続けている。


 五人の勇者は単に強いだけのバカではなかった。各自の特技と勢力を生かして各分野で絶対的な影響力と力を誇る。


 それだけ彼らの影響力は絶対的であり……民もまた自分たちの生活に多大な影響を及ぼす彼らに極めて依存的だ。


 テシリタもそんなことぐらいは知っている。だから私の言葉に対する疑問は別のものへのことだった。


「王家と四大公爵家に依存することが問題だというのか? 意見自体はわかるが、それが貴様の変化と何の関係がある?」


「バルメリア国民はもう遅い。奴らは王家と四大公爵家の力と恩恵のない人生を想像できない」


 アルキン市防衛戦。あの時犠牲になった私の家族。彼らが問題を提起した時、私はバルメリアの素顔を見た。


 率直に言って、フィリスノヴァ公爵をまともに糾弾できるとは思わなかった。大英雄と呼ばれ、支持される立場ではあったが、私はあくまでも平民出身の騎士に過ぎなかったから。その上、大英雄と称えられたのも半分程度は平民出身で高い功績と地位を確保した私を象徴的に浮上させた面があった。


 私が望んだことはただ問題を公論化し、私のような被害者が再び出てこないようにすることだった。いくらなんでも私の名の力なら、その程度の成果は収めることができると思ったから。


 そんな私に返ってきた結果は……やらせてもいないのにフィリスノヴァのために問題を覆ってしまう民衆の姿だった。


 自分の利益と直接関連するかどうかの問題ではなかった。四大公爵家が自分たちを守り、利益をもたらすことだけに執着し、彼らの名誉が傷つくと自分たちが公爵家の勢力の枠から追い出されることを恐れた者たち。


「私の声はフィリスノヴァ公爵どころか世間の誰にもちゃんと届かなかった。それを主導したのは公爵でも公爵の部下でもなかった。公爵家とは何の関係もない、ただ公爵家からこぼれる若干の利益だけもらって暮らしていた平凡な人々だった」


 今も口にするのも嫌ないくつかのことを覚えている。


 今言ったのはただあったことをあっさりと純化しただけ。実際には自分たちの立場と平和を脅かすと私を侮辱し、死んだ家族にまで悪口を言う数多くの行動を見た。


「どうしても言いたくない蛮行もあったね。それを見ながら感じた。自分だけの意思なんていなく、ただ五人の勇者の末裔たちに寄生して安住するばかりのバルメリアの現実を」


 がっかりした。そう表現できるだろう。


 私が必死に守ろうとした民衆の実態が、たかがそのようなものだったことに失望し怒った。そしてそれを変えるためにどうすればいいのか長く悩んだ。


 その結果下した結論は意外に明快だった。


―――――


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