テシリタの憂鬱

「どれくらい、と聞いても特に言うことないんだよ。筆頭から聞いたのが全部だ」


 これは本当だ。


 そもそも筆頭から渡された時に初めて見た物で、これが何なのかも説明を聞いて知ったのがすべて。私なりの推測や考えるところはあるが、それはすべて主観的な判断に過ぎない。


 それよりテシリタがなぜこんな質問を私にするのかがもっと気になるな。


「そんなことをどうして気になっている? 筆頭が計画のために人を利用するのはいつものことじゃないか。そしてこれをもらった時は貴様も一緒にいたから説明も聞いたはずだが?」


「……そうだったな」


 テシリタはなぜか意気消沈したまま答えた。


 こいつは傲慢きわまりないが耳は開いている。軽蔑する者の言葉でも聞いて侮辱することはあるが聞きなく無視することはしない。


 ましてこれは筆頭が直接私に渡して説明した物であり、その場にテシリタも一緒にいた。こいつが敬愛してやまない筆頭の言葉を無視したはずもないのに。


 ……ふむ。いや、もしかしたら。


「ちゃんと聞いたから不満があるのか?」


「……貴様の勘が鋭いところがいつも嫌だったぞ。知っていながらも人の心を土足で踏みにじることだ」


「そう言われると寂しいな。他の人は知らないが、貴様の本音をまともに察したのは今回が初めてなんだ」


 テシリタはため息をつき、椅子に深く身を沈めた。そしてどこか疲れたような目で私を見つめた。


「あの御方はどうやら貴様に重要な役割を任せようとしているようだな」


「まぁ、私くらいなら利用価値がかなり高い人材だろう。だから任せる仕事のスケールも大きくなるだろうし。でも貴様がそれを妬むほどではないのでは? あの御方の最側近だから」


「……そうだったらよかったがな」


 テシリタはグラスを静かにのぞき込んだ。ワインの水面に映った顔はとても憂鬱に見えた。


 変だな。こいつから傲慢と自信と怒り以外の表情を見るのは初めてだと思う。


「最近になって、あの御方がオレには重要な仕事を任されていないようだ」


「うむ? そんなはずが。今回貴様も担当したことがあったはずだ」


「表面的にはそうだが、オレにはオレが言われたことが貴様やディオスという奴に託されたのと同じ意味だったとはとても思わぬ」


 ふむ。やっとわかった。こいつが何のためにこんなに意気消沈したのかを。


 先日、筆頭が大事なことだと預けた物件があった。その時招集されたのはテシリタと私、そして外部から流入した協力者であるディオスまで。ところがその時、テシリタと残りの二人の待遇が少し違った。


 何か物を預けたのは三人とも共通。しかし用途が明確に明らかになったのは私とディオスの物だけ。テシリタにあげたものが何なのかは分からない。


 別に話したからではない。私とディオスには用途と使い道をはっきり説明し、いつどこで使うかを具体的に話した反面、テシリタには何も言わなかったのだ。


 いや、正確に言えば……。


「貴様とディオスという奴まで、あの御方は少なからぬ成果を期待されたのだろう。しかしオレには何も求めなかった。むしろ何もしない方がいいとまでおっしゃった」


 そう。これがテシリタが落ち込んでいる理由だ。


 私とディオスに任されたのはあえて説明を聞かなくてもある程度見当がつくものだった。少し違うがミッドレースオメガに進化するための道具に似ていて、感じられる魔力も似ていたから。


 だがテシリタに任されたのは……何か黒い玉ではあるが、率直に言ってそれが何なのかは私も見当がつかない。何かが封印されたわけでもないし、特別な魔力が感じられることもない。見た目はただの平凡な玉に過ぎない。


 しかも筆頭がテシリタに言ったのはたった一文だけ。


『ああ、テシリタ。キミはなるべくこれを使うことがないといいね』


 反面、私には『期待している』とか『きっとワタシが望む結果をもたらすだろうね』とか言った。ディオスは部外者なのでそんなことまでは言われなかったが、おそらく筆頭の本音は似ているだろう。


 正直、私も意外だった。テシリタが誰なのかさえよく知らない末端信徒ならともかく、安息八賢人になればテシリタがどれだけ筆頭を敬愛するのかよく知っている。さらに筆頭もテシリタを傍に信頼する側近として接していた。


 しかし私がその場で疑問を示さなかったのは我慢したからではない。私なりに見当がついただけ。


「正直意外だな。貴様なら筆頭が貴様にどう接しても構わず崇拝するだけだと思っていたんだよ」


「無論あの御方が私に報いてくださるることを望んでいるわけではない。しかし……あの御方に最も必要な助けになることができる者が私であることを願った。あの御方が死ねとおっしゃるなら、この命なんか喜んで差し出すことができる。なのにあの御方は私にあの御方の意思を叶える機会さえ与えてくれないようだ」


 報いを望まないというのは本気だろう。ただ、こいつはすべてを捧げたいほど敬愛する主に選ばれなかったのが悲しいのだ。


 意外と可愛いところがあるね。


「心が大きくなるほど盲目になるって、まさにその通りだ」


「は? 急に何を……」


「この私でさえも筆頭の配慮を察しているのにさ。いざあの御方の最ものしもべを自任する貴様がこうしていることを知ればあの御方も悲しむだろう」


「何?」


 テシリタの髪の毛が逆立った。怒りが魔力になって沸き立っているのだ。


 まぁ、別に怖くはないが。力の優劣ではなく、少なくともいきなり攻撃から浴びせる奴ではないから。


「どうして貴様を慰める羽目になったのかは分からないが、まぁ同じ組織で働く幹部としての情だ。一応私なりに思ったことを先に聞いてくれよ」


―――――


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