安息領の気配
「繰り上げるって、『バルセイ』で起こした事件を?」
【そう】
私は唇に手を当てたまましばらく考え込んでいた。
事実『バルセイ』の事件を繰り上げるということは今更のことだ。すでに今までもそうしているから。最近になって私たちが忙しかったのも安息領が『バルセイ』の事件を相次いで起こしたり、あるいはなかった事件を新しく起こすなど忙しく動いたせいだ。
だけどあえて今の時期に『隠された島の主人』が直接訪ねてきて言ったということは、これまでの〝平凡な〟推移とは違うという意味だろう。だからこそもっと気になった。
「具体的には?」
【断言するほどの根拠を伴った情報はないよ。でも私の予想では……多分ピエリとディオスくらいはすぐ使うでしょ】
ピエリとディオス。その二つの名前を聞くやいなや私の表情が固いことを自ら感じた。
二人とも『バルセイ』のラスボスだった。ピエリはケインルート、ディオスはリディアルート。その上、この二人はその気になればいくらでもタイミングを調節できるという点が難しい。
二人ともそれぞれ異なる方法と結果でハイレースに至るけれど、ハイレースになっても自我と理性を維持するということと材料がすでに揃っているということは同じだ。つまりいつでも好きな時に好きな場所でやらかしてしまうことができる。
ジェリアやトリアの時のようなまぐれは望めない。ピエリとディオスはフィリスノヴァ公爵のように『バルセイ』と同等の万全のラスボスになるはずだから。
一言でこの二人のラスボス化を安息領が積極的に活用しようとするならば、私が追い越して対処する方法はない。つまり万全のラスボス二人に必ず遅れをとった対応をするしかない。
その上、安息領が活用できるカードはラスボスだけではない。
これが事実なら今までよりもさらに恐ろしい脅威になる。事実ならば。
「そう思った根拠は?」
【実はこの間、直接奴を訪ねた】
「前にお互いに干渉しにくいと言わなかったの?」
そう指摘すると奴は【そうだったよね】と言いながらもしばらくじらしをした。
顔は見えないけれど、なんだか奴が笑ったような気がした。
【干渉しにくいというのは物理的な話よ。会って話をすることまで不可能ではないよ】
「お互いに平然と会って雑談を交わす仲だったの?」
【……そうじゃないけど。大したことないよ。ただあいつの所に攻め込んで一言話しただけ】
攻め込んだって。聞くだけで不穏な感じがするんだけど。
でもまぁ、そんなことは重要ではない。重要なのは安息領の今後の行跡と私がどのように対処するかだから。
『隠された島の主人』が最終的に何を望んでいるのかは分からない。ジェリアの場合もそうだったけれど、こいつは純粋に私の歩みを助けるだけではない。
奴には確かに自分だけの目標がある。それが何かは分からなくても、安息八賢人の筆頭の陰謀を崩すことが目的の一つだということはもう分かった。
少なくともその辺において奴は私と同じ意見だ。だからこの部分については信じられる。邪毒神は信じられない存在だけど、こいつは少なくとも安息領関連では私と利害関係が一致すると考えるほどの信頼ができた。
「それで? 何の話をしたの?」
【最近の安息領はいろんなことを急いで起こしたんじゃない? でもその割には成果がなかったよね。それなのにトリアの件はかなりお粗末だったし。どうもちょっと変だったよ。それで直接行って突いてみた。そうしたらあれこれ見えた】
すると奴は具体的な説明の代わりに指で魔力を飛ばした。その魔力が私の頭の中に映像を見せてくれた。
おそらく安息領のアジトの一つだろう。ところどころ見慣れた物や部屋が見えた。『バルセイ』で安息領の本拠地と呼ばれた場所と似ているね。
けれど安息領のアジトは似たような所が多くて確信はできない。ゲームで安息領の本拠地は最初から半壊した状態で登場したため、まともな姿との比較も容易ではない。
とにかく、そこで慌ただしく動く安息領の雑兵や彼らが運ぶ物を見れば確かに平穏な雰囲気ではなかった。場所が狭く見えるほど人が多く、レースシリーズに関連する物や危険な魔道具が多かった。
その中で特に目立つのは三つ。
一つ目はミッドレースオメガ化の薬剤と、……ねじれてぐちゃぐちゃになった魔物の残骸。
前者は普通のオメガ化の緑色の薬剤より大きさが大きく、色が紫色だった。普通よりもっと強力で危険な特注品で……ピエリがラスボス化する時に吸収したのがあれだった。
後者はレースキメラの実験途中にできたもの。その中でもあの残骸はハイレースを作ろうとして失敗した残骸で……ディオスに注入され彼をハイレースガンマに覚醒させたものだ。
二人のラスボスの材料が同時に運ばれるなんて。これは確かに不穏だ。
二つ目は『バルセイ』本編のストーリー終盤近くで起きた危険な事件と関連した物たちだった。バルメリア国内はもちろん、国外の事件とも密接な関係があるもの。
単なる保管や場所の移動ではなく、実戦配備のために持ち出す感じ。今本拠地を襲撃してもあれらはすでに使われる場所に配置された後だろう。
あれらすべてを未然に防御できればいいけれど、現実的に不可能だ。こっちの方は父上とケイン殿下を通じてできるだけ早く対応体系を構築する方法しかない。
そして三つ目は……。
【準備はできた?】
私が最後のそれに集中したことに気づいたのだろう。『隠された島の主人』がそう尋ねた。
私は頷いた。本気の不快感と渋さで唇をかみしめながら。
私にとっては前の二つよりももっと気になるそれは――。
「隠しルートのラスボス。……正直、実現してほしくなかったけれど」
―――――
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