訪問者

 それだけでなく母上は人の能力と才能を見抜くことにも優れていた。それを基にした訓練プログラムは太陽騎士団のレベルを一段階高いところに引き上げた。


「でもそんな訓練が毎日続くことに疲れた騎士たちがものすごく嘆願したの。その結果、母上は騎士団総本部の教育部長として〝昇進〟されたんだ。名目上は太陽騎士団の戦力を非常に大きく増進させた功績を認めたとしたけれど……」


「……実際は過激な訓練で不満がたまって、他の所に送ってしまったということか。総本部の教育部長なら能力を生かすだけの舞台でもある」


 ジェリアが言葉を引き継いだ。私は答える代わりに静かに頷いた。


 実際、母上が騎士団総本部の教育部長になってから騎士団の訓練効率が非常に良くなった。おかげで騎士団全体の質が大幅に向上した。


 でもその裏には母上が絶えず考案する過酷極まりない訓練法と、それをなんとか汎用性をもって純化しようとする指揮下の教育部の人々の悪戦苦闘があった。


 ……以前、教育部の副部長が我が家を訪問した時、青白い顔で娘の私に泣きながらしがみついたことがあったんだ。お願いだから母上を止めてくれって。


 ああしてもドレスを着ている時は上品な貴婦人のふりをしているから、世の中に簡単に信じられるものなんていない。母上が毎日つけている手袋も実は手のたこを隠すためのもので。


「ゴホン。雑談はそれくらいでいいわ」


 母上は咳払いをして、大きく一度手をたたいた。


「さあ、みんな起きてください」


「は、母上……」


 アルカが泣きべそをかいて訴えた。


 私だったらあの顔を見てすごく戸惑ったかも知れないけれど、母上は一抹の感興すらない表情でニコッと笑った。


「心配する必要はないわ。今は休憩時間だから。ただ休むならまともに品位をもって休もうということだけなのよ。それに……」


 母上は相変わらず同じような雰囲気で微笑んでいた。声にも、その地獄訓練を押し付けた人というには相応しくなかったが、普段の母上らしい優しさが充満していた。


 そのような状態のまま、手だけが目で追うことのできない神速で剣を抜き玄関の方を狙っていたので、母上が剣を抜いたということさえ少し後になって気がついた。


「お客さんの前で横になっているのは、いろいろと見苦しいものよ」


 話を終えた後になってやっと母上は冷たい眼を玄関の方へ向けた。


 その視線についていくと私は気がついた。いつの間にか招待されていない客が平然と邸宅に入ってきていたことを。


【お客様にいきなり剣を向けるのは見苦しくないかな?】


「お客さんには酒と料理を、招かざる客には刃と魔弾を。オステノヴァ公爵邸の常識です。どうか覚えておくように」


 母上は招かれざる客――『隠された島の主人』の分身に冷たく言った。


 奴はいつの間にか玄関のすぐ傍に座っていた。もともとあったこともなかった椅子まで勝手にどこかから持ってきて。


 正直、奴が入ってくるのは私も気づかなかった。私が今気力が尽きたからかもしれないけれど、奴の隠密性がそれだけ高いからだろう。


 相変わらず黒いシルエットに過ぎない見た目だけど奴が鼻を鳴らす音はよく聞こえた。


【招かざる客というのは認めるけど、そんな扱いはちょっと寂しいよ? こう見えても助けに来たのに】


「私より先に入ってきては黙って見ていた変態にいい意図があるとは考えにくいですわ」


 そうだったの!?


 奴の顔がちょっと私の方を向いた。私の心を読んだのだろうか、それともただ目的が私と関連があるからだろうか。とにかく奴は椅子から立ち上がってこちらに近づいた。


【剣を向けるのはやめてほしいのだけど。どうせこの分身体の力程度では貴方に勝てないから。多分一撃で消滅すると思うよ?】


「そう油断させた間にとんでもないことをしでかすかもしれません」


【まぁ、否定する根拠はないんだけど】


 奴はそう言いながらも足を止めなかった。ただ顔だけが私の方を向いたままだった。


 母上の剣を持った手と目元に力を入れた。私はそれを見てため息をついて体を起こした。


「母上、私が話します」


「大丈夫かしら? 今貴方の体調は万全じゃないでしょ」


「害を及ぼすのであれば、もっと良いタイミングがいくらでもありました。余計なことをしに来たのではないでしょう」


 万全ではないようにさせた母上が言うことかという気もしたけれど、真剣な雰囲気だったので口では言わなかった。


 疲れた体に力を入れて前に出ると、『隠された島の主人』が小さく笑う声が聞こえた。それが嘲笑なのか、他の何かの笑いなのかは区別がつかなかったけれども。


「今ここで話すのはちょっとアレだから場所を変えよう」


 ――紫光技特性模写『転移』


 指を弾きながら魔力を制御した。次の瞬間には目の前の光景が邸宅のどこかにある応接の間に変わった。


『転移』はかなり扱いにくい魔力なので、私は父上や母上ほど使いこなすことはできない。けれど邸宅内で場所を移す程度なら問題なくできる。


『隠された島の主人』は私以外には自分しか転移していないことを確認して頭を傾けた。


【二人きりでいい?】


「よくない理由があるの?」


 平然と答えると奴は【それはそうね】と言って椅子に座った。


 そもそも、あえて『転移』を使ったのは私が疲れていても依然として戦えるということを示すデモ行動だった。あの分身体にさえ対抗できない状態なら『転移』の魔力を操ることは不可能だったはずだから。


 よく通じたようでよかったね。


「それより今度は何のために急に家まで訪ねてきたの?」


【安息八賢人の筆頭に会った。奴の目的を一度調べてみたんだよ】


「目的?」


 思わず眉をひそめた。


 筆頭の真の目的は私にもわからない。『バルセイ』でも触れられていないから。ただ筆頭の行跡と数少ない台詞を通じて間接的に類推するだけだ。


 もしかしたら有益な情報かも知れないと内心期待して待っていたら、やがて奴がゆっくりと話した。


【どうやらあれこれ繰り上げると思ったよ】


―――――


申し訳ございませんが、明日は更新がございません。

実は水曜日から急激に体調が悪くなりました。具体的には肩の激痛により食事や事務作業などに支障が生じ、小説の執筆にも支障が出ています。


昨日更新できなかったのは病院訪問などによるものでした。

今日はなんとか更新したのですが、現在作業が難しい状況で明日は更新できそうにありません。

明日追加で病院を訪問する予定で、作業を続けて日曜日には更新できるようにできるだけ努力します予定ですが……日曜日も更新できない可能性もあります。


一応明日更新できない分は来週の火曜日に補充するようにします。

日曜日に更新できなくなった場合は近況ノートで報告させていただきます。

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