母と娘

 そんな考えをしているうちに状況がまた変わった。


 ――極光技特性模写『無限遍在』


 母上はケイン殿下の特性を模写して分身体を作り出した。数は正確に私たち全員と一致した。


 分身体が上空の私たちに飛んできた。


「さあ。それぞれ訓練を始めます」


「え?」


 ジェリアを追い詰める母上の姿に皆がドン引きする途中の奇襲。みんな慌てて逃げることを考えていないうちに、母上に胸ぐらや首筋などをつかまれてそれぞれどこかに連れて行かれた。


「ま、待ってください! 私は公務が……」


「これからのことを考えればこれほど重要な公務はありません」


 ケイン殿下ですら。


 いや、次期国王として最有力の王子をあのように連れて行ってもいいの!?


 いや、私ものんびり話せる立場ではない……。


「テリア」


 ひぃっ!?


 固まってしまった。


 私は他の人たちと違って、そっと身を引いて逃げようとしていたけれど、母上の視線を避けることは当然不可能であった。


 母上は不釣り合いにさわやかで優しく微笑んだ。


「ちょうど新しいカリキュラムがあるの。貴方のために用意したものよ」


「わ、私は遠慮――」


 します、と言う暇など当然なかった。


 ガキイイィィン!! と、上空に激しい金属音が響いた。母上が急に振り回した剣を私が剣を抜いて防ぐ音だった。


 反射的にイシリンを邪毒の剣に戻して防いだにもかかわらず、腕がしびれるほどの衝撃だった。


 いや、問題はそれじゃなかった。


「母上、どういう……!?」


「とりあえずついて来なさい」


 母上が振り回した剣の軌道は下から上を向いたもの。直撃は何とか防いだけれど、凄まじい衝撃が私を上に吹き飛ばした。母上はそんな私を押し付け続けながら一緒に飛んでいった。


 すでに海の上空にいた私たちがさらに上に飛ぶことにならば、どこに行くかは明らかだ。


「ちょっと待ってください! どこに行くんですの!?」


「訓練にいい環境があるの」


「これってまさか宇宙……」


 母上は私の目の前でニッコリと笑った。


 女で実の娘の私でさえ普段なら顔を赤らめるほど魅惑的で魅力的な笑顔だったけれど……今の状況ではそんなことを気にする暇がなかった。


 それに母上があんな笑顔をするたびに私がすごく苦労したの!!


「そういえば貴方が世界の外に出たことがあると聞いたわ。分身体を通したものだっても」


 急にその話をどうしてするんだろう。


 すでに成層圏をほとんど通過した。希薄な空気を魔力で補充し、速度と空気のせいで声を伝えることさえ魔力を通さなければならないほどだった。


 けれど母上は平然として堂々としていた。


「世界の外も経験したから宇宙くらいは簡単でしょう?」


「それは何の暴論ですか!!」


 思わず面と向かって大声を上げてしまった。けれど母上は微笑を崩さなかった。


 ……あ、ダメた。これ知ってる上でわざとこうしてるんだ。


「断念したようだね」


 母上はさらにスピードを上げた。


 私たちはあっという間に空を突破し――あっという間に月が近づいていた。


 前世の地球とは少し違うけれど、大きな違いはないこの世界の衛星。


 母上は釘をハンマーで打つように月に私を打ち込んだ。


「きゃあっ!?」


 月が壊れてしまいそうな力と速度だったけれど、月には何の異常もなかった。衝撃で破壊されたり軌道を離脱したりしないように、母上が月全体を巨大な魔力で包んで保護したのだ。


【あんな人だったの?】


 イシリンは私にだけ聞こえる声で話した。もの凄くドン引きした声だった。


 私は苦笑いを浮かべながら体のほこりを払い落とした。


 ――極光技特性模写『転移』


 その間、母上は空間の門を開けて何かが大量に入った包みを召還した。母上の体を隠してもお釣りが来るほど巨大だった。


「テリア。貴方はもう力の大きさは十分よ。保有量も出力もね」


 母上は話しながら剣を包みに突き刺した。


「貴方が鍛えるべきものはは力の大きさじゃないわよ。それを精製して制御する技量の方」


「知っています」


 実際、最近私がやっているトレーニングはほとんどがそっちの方だ。便法とはいえ、天空流の極致である〈五行陣〉に到達したのもその訓練のおかげだ。〈五行陣〉は力の強さではなく、その力を操る技量の極限を証明する領域だから。


 でも母上から見るにはまだまだ未熟だろう。


 実際の力の大きさだけを考えると、私は母上よりも強い。そもそもイシリンと『浄潔世界』が提供する無限の魔力があるから。その巨大な魔力を扱っているので、魔力を放出する出力量も既に規格外だ。


 おそらく出力量だけを考えるとフィリスノヴァ公爵ともいい勝負になるかも。


 けれど剣聖の母上に勝てるかと聞かれたら答えはNO。剣術の腕も魔力の制御も比較するレベルではない。


「この場で極光技を習得しろとまでは言わないわ。私もそれが可能だとは思わないから。でも、もっと高いレベルにステップアップする程度は見せてあげないと」


 母上は剣を通して包みに魔力を注入した。あっという間に莫大な魔力が供給され――包みが爆発した。


 中からあふれ出たのは宝石だった。


「え?」


 私が慌てて声をこぼす瞬間にも、母上は魔力を動かした。誘導された宝石が四方八方に飛んだ。


 その直後、宝石が光って中から強力な魔物が飛び出した。


「安息領から回収したキメラよ。旦那様が研究を終えたと言ってね。ちょっと借りたわ」


 母上は平然と話していたけれど、私には平然と聞いている暇がなかった。


 全部がミッドレース、それもきちんとした完成体。ローレースなんて一匹もいなかったし、ほとんどがミッドレースアルファだった。さらに無理な改造を加えた暴走体まであった。人間だった自分を完全に失って転落したベータも何匹か見えた。


「母上、これは?」


「月は空気も重力も薄いわよ。体だけで動くには過酷な環境よ」


 母上は巨大な魔力でミッドレースたちを拘束したまま言った。


 母上の言う通り、体だけでは存在しにくい場所ではある。それで私も母上も魔力で足を地面にしっかりとつけて気圧や酸素を何とかしている。


 母上はニッコリ笑って剣で私を狙った。


「こういう環境なら、あの下の海よりも効果的な訓練になりそうじゃないかしら?」


―――――


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