ジェリアの反応

 母上の刃は話しながらも止まらなかった。


 ――天空流奥義〈五行陣・木〉


 至高の斬撃が海を裂いた。


 危うくジェリアの腕を狙う軌道。その一方で神妙なほど魔物の群れを避ける一撃だった。『看破』を極限まで鍛えた母上だからこそ可能な技芸だ。


 ジェリアは〈五行陣・木〉を避けたけれど、体が向かう所から手足のついた魚の魔物が彼女を襲撃した。


「ちっ!」


 ジェリアは拳で魔物を強打した。魔力が爆発して周辺を凍らせて魔物を吹き飛ばしたけれど、いざ直撃を受けた魔物はただ飛ばされるだけで体の表面が少し凍りついたこと以外のダメージがなかった。


 でもジェリアにはその硬さに驚く余裕がなかった。まるで血の匂いを嗅いだサメのように、爆発した魔力がさらに多くの魔物を呼んだのだ。巨大な魔物の拳や足の爪、自由に発射される骨のとげ、魔弾や魔力砲のようなものがジェリアに浴びせられた。


 今のジェリアなら被害なく防ぐことはできるけれど、ジェリアさえ気を使って防がなければならないほどの攻撃力があった。


 しかも、ジェリアを脅かす最大の要素はそれではなかった。


「ッ!?」


 魔物たちの攻撃の隙間を刃が切り裂いた。


 ジェリアは急いで避けた。しかし彼女の頬に鋭い傷が残った。母上の刃がかすめた跡だった。


「下手に魔力を放出すれば魔物たちの耳目を集めるだけですわ」


「知っている……のです!」


 母上の平然とした指摘にジェリアは怒ったように答えた。


 もちろん、実際に腹が立ったわけじゃなかった。ただ体に力を入れたせいで声にも力が入っただけ。でも成果は確かで、魔物たちの攻撃の一部を母上の方向へと受け流すことに成功した。


 もちろん母上は平然とそれを切り裂いた。そして魔物たちの攻勢がなくてもジェリアが対処できなかったほど早く再び剣を振り回した。


 ジェリアは母上の攻撃と魔物の攻勢をなんとか処理していた。けれど大きなダメージなく防御するのが彼女の限界であり、反撃などは考えられなかった。それでも時々攻撃を他の方向に誘導して魔物や母上を狙うのが最善だった。


 それさえも母上の攻撃が緩かったおかげて可能なだけだった。


 母上の攻撃は一撃の鋭さとスピードと威力は凄かったけれど、頻度はたまに隙を一度突く程度。最初から母上がわざとジェリアがギリギリに対処できるような瞬間と威力を取捨選択して発するのだった。


 まぁ、本気で殺すつもりなら魔物なんかなくても純粋な一対一で瞬殺しただろうし。


 その上、攻勢に早急に対処するためにジェリアの魔力が次々と漏れており、それがさらに魔物を呼び込んだり興奮させる要因になった。


 そもそもジェリアは強いて言えばパワータイプ。それにしては力の精製と制御がかなり優れている方ではあるけれど、今の母上が要求する水準の技量にははるかに及ばない。そんな彼女に急にこんなことを実戦で要求してもすぐには達成できないだろう。


 ジェリア自身もよく知っているはず。そのため、肉体や魔力よりも精神の方が先に疲れそうな状態だった。


「これ……かなり……大変ですね!」


 ジェリアの表情は絶望的ではなかった。でもだからといって愉快でもなかった。強者との戦いは本来彼女が好きなものではあるけど、今求められているものが普段追求しているものとはあまりにも違っていて混乱しているのだろう。


 母上もそれを感じたように眉を寄せた。


「ふむ。もっとやる気が出るような事実を教えてあげましょう」


 母上はわざと魔力を大きく放出した。衝撃波が魔物の群れを瞬間押し出して空き地を作った。でも放出した魔力はあっという間に空気に溶け、完全に消滅した。


 そう隙間を作っているうちに、母上がジェリアに飛びかかった。故意の力比べがジェリアを押さえつけた。


 そうやって近づいてきた母上がジェリアの耳にささやいた。


「テリアはこの訓練を九歳の時に消化したのです」


「――!?」


 ジェリアの表情が変わった。


 最初は驚愕。その後は視線をちらりと上げて上空にいる自分を見て、次の瞬間にはまた飛びかかっている魔物の群れを見た。


 ジェリアの口が弓のように曲がって大きな笑顔を描いた。


「――そうなのですか!!」


 ジェリアは母上を力ずくで吹き飛ばした。母上はわざとその力に抵抗せず距離を広げた。


 その間魔物たちがジェリアに飛びかかったけれど、ジェリアは好戦的な微笑を崩さなかった。


「それならあの時のテリアの年齢の二倍以上のボクも気概を見せなければなりません!!」


 ジェリアは勢いよく叫び、剣を氷に深く突き刺して魔力を解放した。


 一帯の海面が固く凍りついた。下側から魔物がぶつかってもある程度持ちこたえるほどの厚さと強度だった。でも当然華麗な魔力の放出を見て魔物がさらに集まった。


 母上が要求した課題に逆行する行動のようだったけれど――実は必ずしもそうでもなかった。


「はあっ!」


 ジェリアは拳で氷を叩きつけた。魔力に反応した氷が無数の柱を生み出した。そして各柱ごとに大小の魔力の波長を発した。その魔力が魔物たちを誘導し、方向をずれさせたり甚だしくは自分たち同士で戦わせた。


 隠すのとは正反対。魔力に誘導されるということを逆利用して敵をかく乱し、戦況を有利に変える方法論だった。


 母上は微笑んだ。


「印象的ですわ。まだ足りませんが」


「十分知っているのです」


 余裕ができた代わりに母上の直接的な攻勢がさらに激しくなった。けれどジェリアは豪快に笑いながら剣を振り回した。


 その様子を見ていた私はちょっと違う意味で冷や汗をかいた。


 ……あのね、母上。私が九つの時にこの訓練を消化したって嘘はちょっとアレじゃないですか?


 いや、訓練をしたこと自体は嘘ではない。けれど消化したって言えば目標を完璧に達成したように見えるじゃない。でもあの時どころか、今の私でさえ母上の提示した目標を完璧に達成することはできないわよ。


 ……あの時私はただ魔物の一匹に傷をつけて隙を作ってから全力で逃げただけだった。それにその後母上にしがみついて泣きわめいて大騒ぎしたんだもん。


 消化するどころか、黒歴史そのものだったの。


―――――


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