模擬戦が終わった後

 二人の魔力の衝突はこれで大丈夫かと思うほど激しかった。


 トリアの〈二紋融陳〉は魔力量こそラスボス化した時より少なかったけれど、精巧さは今が圧倒的だった。その上〈二紋融陳〉自体が二つの紋章の共鳴と融合を通じた増幅がメインであるため、精巧さがすなわち威力になって実質的な危険度は今がもっと上だった。


 一方、それと拮抗するジェリアの〈神竜の激怒〉もラスボス化した時ほどの魔力量じゃないけど、ジェリアの精神が健全なことに加え剣術の技量自体がさらに向上したおかげで威力は凄かった。


「ちょ、ちょっと待って! 模擬戦であんなにまでやるのは……!」


 私は慌てて周りに訴え、……気づいた。あたふたしているのが私だけだということを。


 特にアルカは微妙な表情で私を見ていた。


「アルカ、貴方は大丈夫なの? ああして失敗でもしたら……」


「お姉様」


 何だろう。なんだかアルカの声がひんやりするんだけど。


 軽蔑なんかじゃなかったけれど、なんというか……ため息をぎゅっと詰め込んだような声だった。呆れたという感情が目と声から強く伝わった。


 アルカは模擬戦の方と私を交互に見てため息をついた。


「最近私たちがお姉様とジェリアお姉さんの模擬戦を見るたびにそんな感じでしたよ」


「え?」


「いえ、この前は模擬戦で〈冬天の証明〉と〈真 太極〉で対決までしたじゃないですか。それってお姉様たち二人の最強の技なんでしょう?」


 あれ、そういえばそんなこともあったね。


「でも私もジェリアも大丈夫だって確信があったんだもの」


「少なくとも今のあれよりもっと強くて怖かったんですよ? そんなお姉様が急に大げさだとしても正直私たちの立場じゃ今更っての気しかしませんよ」


 他の人たちも頷いた。


 あれ? これ私が悪かったの!?


 そうしているうちに二人の魔力が次第に静まった。


 私たちがいる所はケイン殿下の結界のおかげで無事だったけれど、その他には目に見える所のほとんどが巨大なクレーターのように変わった。おそらくジェリアの侵食技がなかったら基地の結界程度では持ちこたえられなかっただろう。


 そんな光景の真ん中、空中にジェリアとトリアが浮かんでいた。


「素晴らしいぞ」


「褒めすぎです」


 魔力の余波で服が破れて傷が多く見えたけれど、両方とも深い傷ではないようだ。よかったわ。


 そうして二人は満足そうに笑い、見守っていた私たちはほっとしたまま模擬戦が終わった――と言えればよかったのに。


「未熟きわまりないわね」


 急に声が耳に聞こえた瞬間、私は冷たい水を浴びたような気分になった。


 ギギギギッ、と喉から音がしたような気がした。なんだか錆びたように速く動いてくれない首を無理矢理動かしてそちらを見ると、団服を着たままの母上が冷静な目で二人の方を見ていた。


 いや、いつ来たの!?


 驚愕して判断が遅れた間、アルカが先に反応してしまった。


「あっ、母上! いついらっしゃったんですか?」


「最初からあったわ。誰かが気づくまで待つつもりだったけれど、誰もそうすることができなくてもどかしかったわよ」


「ここに母上の隠蔽力を突破できる人がいるはずがないでしょう!?」


 うっかりツッコミをしてしまった。


 いや、私なら母上がいらっしゃるということを知っていれば可能だけれど。紫光技で『看破』を模写し、全力で索敵に集中するならね。でもよほどの理由がなければそんなことをしているはずがないじゃない。


 ……いや、これじゃないのよ!!


「は、母上。なんでここに……?」


「模擬戦をするということを聞いたわ。貴方たちのレベルを見て監督をしようかと思ってね。でも……」


 母上は右手を上げた。その手に極光技の多彩な光が少し漂うかと思ったら、指パッチンをする瞬間ジェリアとトリアが光に包まれた。


 ――極光技特性模写『転移』


 次の瞬間には二人とも母上の目の前に現れた。


「うむ?」


「奥様?」


 母上は状況を理解しきれなくてぼんやりしている二人ににこっと笑ってみせた。


「よく見ましたわ。いい戦いでしたね。二人とも年齢と経歴に比べてかなりの力でした」


「ありがとうございます。大師匠が誉めてくださるとは光栄です」


 ジェリアはそう言って騎士団の敬礼をしようとし、トリアは礼を表そうとした。けれどそのような二人を母上が手で制止した。


 母上の微笑みが暖かくないことを感じた私だけがそっと後ずさりを始めた……けれども、いつの間にか母上が後ろに手を伸ばして私の肩をわしづかみにした。


 きゃあっ!!


 心の中だけで音のない悲鳴を上げる私の肩をバイスのような力で締めながら、顔だけは平穏に母上が続けた。


「けれど、力は持つことだけがすべてではありません」


 ここでジェリアとトリアの反応が分かれた。


 ジェリアはまだ訳が分からないままただ次の言葉を待つだけ。


 でも母上がなのかある程度知っているトリアは息を呑んで私を見た。そして私の表情を見て唾をごくりと飲み込んだ。


 でも諦めたようなあの顔を見ると……ああ、逃げられないと気がついて諦めてしまったんだ。


 母上はそのような反応を承知の上で、わざと知らん振りをして平気で言った。


「未熟だという意味ですの。魔力の運用も力の使い方もすべて。でもここにいるみんなは私の娘であるテリアの意思を助けるために集まった人々。いつまでも未熟なままでは母の私も困りますの」


「申し訳ありません。尽力してはいるものの……」


「いいえ、訓練法が足りません。致命的なくらい。だから私が直接鍛えさせてあげます。ここにいる全員」


 この言葉を聞いて死色になったのは私とトリアだけ。


 他の皆は母上のを知らないまま、ただ騎士団の大師匠が直接教えてくれるということに喜ぶだけだった。


 特にジェリアは騎士団式の礼法でひざまずいた。


「光栄です。大師匠に直接師事できるというだけでも……」


「形式的な挨拶は必要ありません」


 母上が指パッチンをした。突然展開された『転移』の力が私たち皆を移動させた。


 到着した先は大海のはるかな上空。母上の魔力が私たち全員を空に浮かばせた。


 母上はひざまずいているジェリアの首の後ろをつかんだ。


「とりあえず貴方から始めましょう」


 そしていきなりジェリアを海に放り投げた。


―――――


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