テリアの攻撃

 公爵の手が私の胸ぐらをつかんで持ち上げた時、やっと私は彼に胸ぐらをつかまれたことに気づいた。その程度の速度だった。


「容貌が母によく似ているな」


 公爵は私を持ち上げたまま母上の方へ振り向いた。


「お前を人質として――」


「似てるのは顔だけじゃありませんよ!!」


 ――天空流終結奥義〈月食〉


 問答無用。


 次元に隠れて空間ごとに敵を斬る超高速暗殺剣を、公爵の腕と胴体を切断するつもりで放つ。


 その瞬間、公爵は手を放した。腕に集中した魔力が『支配』の力で斬撃の魔力を誘導した。空間を分ける一撃さえ外す魔力量とテクニックだった。


 ちっ、本当にとんでもない人だね……!


 けれど公爵は自分の手のひらを見て驚いたような声を出した。


「ほぉ。わしの手のひらにひっかかれた傷をつけるとは。幼いくせになかなかだな」


「余裕たっぷりですわね!」


 叫びながら体を下げた。


 後ろから飛びかかる気配は一つ。熱くて濃密な熱風の気配、トリアだった。相変わらず暴走して無分別に炎風を発散していたけれど――その炎風を私の剣に引き込んだ。


 ――天空流〈半月描き〉


 トリアの炎風を奪って剣に巻きつけ、自分の力まで加えて巨大な魔力の刃を形成する。


 たとえトリアの方が理性を失ったとしても、一方的に力を奪って具現化する挟み撃ち。これなら公爵にも……。


「天空流は面白い流派だが……」


 公爵は左拳で〈半月描き〉の刃を殴りつけた。それだけで魔力で編まれた刃が砕けた。


 舞い散る破片の向こうから公爵の声だけが聞こえてきた。


「圧倒的な力ですべてを制するという思想が足りない」


 ――狂竜剣流〈竜の爪〉


 ただ斬撃の数を複数に増やすだけの技。


 それだけの攻撃さえ圧倒的な破壊力を発揮して私を押し出した。


「っ……!?」


 直撃は剣で防いだ。けれど衝撃が私を遠くに吹き飛ばして。その方向にはトリアがあった。


【――――!】


「くっ!」


 トリアの炎風の拳を、不安定な体勢からも何とかいなした。その直後ロベルが実体化させた巨大な拳がトリアを殴った。トリアはそれだけで体のバランスが崩れる状態ではなかったけれど、完全に重なるタイミングで私の魔弾でトリアの足を攻撃した。おかげでトリアの体が前に傾いた。


「はっ!」


 私とロベルとジェフィスが同時に動いた。


 まず私が地面に手を当てて体を回して一閃。目標はトリアじゃなく彼女の後方に散らばった炎風そのもの。


 私の一撃がトリアの炎風をほんの一瞬吹き飛ばした瞬間。急加速したロベルとジェフィスがトリアの背中を蹴った。その勢いがトリアを公爵の方へ吹き飛ばした。


【――――!】


「面倒くさい」


 公爵の剣とトリアの拳が激突した。ラスボスたちの魔力が爆発し平原全体を揺るがした。当然私たちなんか台風の前の紙飛行機のように飛ばされてしまった。


 その破壊の真ん中を静かに鋭く切り裂く双剣が一対。


 ――天空流終結奥義〈月食〉


 何の気配も予兆もなかった。


 空間の揺れさえ見当たらず、見た目は何もなかった。それでも何かに切られたように魔力の流れだけが勝手に切断された。


 その流れが公爵に到達した瞬間、公爵は重剣でそれを防御した。鉄がぶつかる激しい摩擦音と共に魔力の火花が飛び、公爵の体が数メートル後ろに押された。


「未熟な娘と違って洗練された腕前だな」


「母の前で娘の悪口を言うなんて、度胸がいいですわ」


 母上の姿が現われた。


 私なんかよりもずっと洗練されて圧倒的な技。母と私の実力の違いを目の前で実感した。


 魔力保有量だけなら私はすでにこの世界でも最上位レベル。おそらく母上と父上を合わせても私の魔力量についてくることはできないだろうし、単一の個体として私と同等以上の魔力量を持つ存在はおそらく全力を開放したフィリスノヴァ公爵ぐらいだろう。


 けれど、持っている量が多いだけなら意味がない。剣術も身体活用も魔力運用も、すべての面で母上の技量は私を遥かに凌いでいた。


 もちろんすでに知っていた事実だけど、このように全力を尽くす母上の姿は初めて見たので、この程度の実感も初めてだった。


 一方、公爵は何が面白いのか小さく笑った。


「誤解がある。褒めたのだ。まだ二十歳にもなっていない女の子が剣聖ベティスティアと比べ物になるということ自体が最高の賛辞ではないか? 普通なら比較どころか言及する価値すらないぞ」


「その言葉も母親としては気持ちが悪いですの。子どもを道具としか見ない貴方のような人は一生理解できない感情でしょうが」


 ――天空流奥義〈五行陣・木・超発一閃〉


 母上は言いながら奇襲で最速の一閃を放った。〈五行陣・木〉の斬撃を〈フレア〉のように放ったのだ。


 公爵は剣で母上の一撃を守ると共に左手を横に伸ばした。そっちから飛びかかってきたトリアの拳と炎風を手のひらの魔力で制圧し、頭頂部から噴き出した魔力が上の方向に障壁を展開した。


 向こうからアルカが飛び込んでいた。


「アルカ!?」


 母上は慌ててアルカを守るために動いたけれど、それよりあらかじめ準備していた私が公爵の方に飛びかかるのが少し早かった。


 アルカは剣を公爵の壁に向かって振り回した。


 ――アルカ式天空流奥義〈ブラックホール〉


 それは暴力的な魔力の強奪者。


 斬撃の魔力を編んで作り出した巨大な球体――これは天空流の〈満月描き〉や〈太陽描き〉と同じだけど、その全体に『万魔掌握』の〈万魔支配〉の力が宿っていれば話が違う。


 アルカの奥義が公爵の障壁をすべて吸収した。


「うむ?」


 思いがけないことに公爵の注意がそっちに集まった瞬間、今度は私が下の方から突っ込んだ。


 ――テリア式天空流『邪毒の剣』専用技〈赤月の影〉


 イシリンの邪毒が込められた斬撃が上空の〈ブラックホール〉と共に公爵に殺到した――。


―――――


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