〈万魔掌握〉

 やっと立ち上がったまま、お姉様の戦いを悲痛な気持ちで眺めるしかなかった。


 体に力が入らない。いや、力を奪われていた。降り注ぐ雨粒が体に触れるたびに魔力を一握りずつ持って行き、そうでなくても大地に溜まった水が引き続き魔力を奪っていた。それでもお姉様の助言通り〈選別者〉を発動した後には奪われる量が減ったけれど、完全に防ぐことは私には不可能だった。


〝私の傍で何もできないまま座り込んで私の障害になるのが、貴方が私を助ける方法なの?〟


 初めてお姉様がちゃんと力を入れた模擬戦の日。その日聞いた言葉が耳元に響いた。


 障害になりたくなかった。お姉様を助けたかった。それで必死に努力し、できることは多くなった。お姉様と一緒に戦うことも多くなった。


 けれど……いつも私はお姉様の背中を追いかけるのに汲々としていた。


 お姉様と一緒に戦った時も、私は結局お姉様を危険の前に立たせたまま後ろで少しの助けを与えたぐらい。それさえも足りず、前回はロベルとトリアを救うことができず拉致され、今この瞬間はお姉様の敵に弓を引くことさえできないまま、ただ保護だけを受けている。本当にお姉様の足を引っ張っている。


 私は……いつまでお姉様の邪魔ばかりするの?


 頬で流れる水流に雨じゃなく熱さが混ざった。


 もう嫌だ。こう考えるのも、お姉様の足を引っ張るのも。でもお姉様の足を引っ張らないという理由で、一人だけ安全な場所に隠れているのも嫌だ。


 私は……どうすれば……。


【いつもそうだったね。一度も貴方のお姉様を救ったことのない愚かな女の子。それが貴方よ】


「!?」


 急に声が鮮明に聞こえてびっくりした。けれどその声が誰のものかを思い出して気分が少し悪くなった。


 変に変調された声ではあったけれど、変調のパターンがいつも同じでむしろ誰なのか明確に分かった。


 今の声は耳じゃなく頭に直接響いた。それなら考えるだけでやり取りが成立するかもしれない。


『『隠された島の主人』? バカみたいな私をあざ笑うために声をかけたんですか?』


【もちろんそれもあるけど、それよりも見ているとイライラするからね。私も助けてあげないといけないと思って】


『助けてくれるんですか? どうやって』


【すでにこの前貴方の中の力を刺激したよ。貴方の潜在力はすでに目覚めているよ。でも貴方はそれに気づいてもいないじゃない】


『それに気づいたらお姉様を助けることができますか?』


【少なくとも今ここの戦いでは】


 目に力が入ることを自覚した。まるでこの場に居もしない『隠された島の主人』を睨むように。


『教えてください。お願いします。このままお姉様の足だけ引っ張るのは嫌です』


『隠された島の主人』の態度も行動も気に入らないけれど、私に……お姉様に役に立つならいくらでも受け入れるよ。


 そんな覚悟と願いを込めて懇願すると、『隠された島の主人』は小さくため息をついた。


【まぁ、そもそもそうしようと声をかけたんだから。じゃあ……耳を傾けて、風景をよく見て】


『何へですか? お姉様の戦いのことへ?』


【いや、この世界。この〈水源世界〉のすべてを感じてみて。そうすればすぐ気づくはずよ】


『隠された島の主人』の言葉はそれだけだった。かすかに感じられた気配自体が消えたのを見れば、おそらく接続自体が切れたのだろう。そもそも長く話すことはできなかったということかな。


 感覚を集中する必要……なんてなかった。一人で悲痛な思いにふけっていて気づかなかっただけで、外に意識を向けるだけでもはっきりと感じられたから。


 雨の音がうるさく響く。雨粒が跳ね上がるのが見える。雨が降り、足が水たまりを蹴る。それらすべてが奇妙なほど鮮明に、確実に、明確に感じた。まるで世界が私に知ってほしいと訴えるように。


 いや、訴えるなんて暖かい感じじゃないよね。けれど何であれ、世界を感じる感覚が今までとは違っていた。世界の働きが、その中に宿った魔力の流れがまるで自分自身のようだった。手を伸ばせば捕まえられそうな気がした。


 その感じに酔ってぼうっと手を伸ばした。そうしているうちにふと気づいた。体を押さえつける圧迫感も、雨に魔力を奪われる脱力感もいつの間にか減ったということを。


 つかめる――そんな確信に満ちて拳を握った瞬間、その先に降っていた雨の軌道が曲がった。


 ――『万魔掌握』侵食技〈万魔掌握〉


 劇的な変貌も急激な格差もなかった。


 ただ息をするように自然に、周りのすべての水が私のものになった。


「……あれ?」


〈水源世界〉の影響力はもはや感じられなかった。むしろ私の周りの領域に入ってきた水が私の所有物になり、領域外の水と喧嘩をするような感覚が感じられた。試しに水を一度動かしてみようか、と思った時はすでに水が私の思う通りに動いていた。


 自然に理解した。これがまさに私の――『万魔掌握』の侵食技だということを。そしてその本質も。


 本来、世界権能の侵食技は自分の権能で世界を上塗りすること。説明は大げさだけれど、本質的には非常に特殊な現実侵食の結界だ。空間の秩序を狂わせるため、狭い空間に展開してもその中にいる人には無限の世界の時空間が広がるけれど……とにかく侵食した時空間の中だけで力を発揮し、侵食技が解除されれば世界は元に戻る。侵食技の結界に引き込まれた人や物が影響を受けたことだけが結果として残るだけ。


 だけど〈万魔掌握〉は違う。世界を自分の〝世界〟で上塗りして中で権能を発揮するのじゃなく、外部の世界そのものの魔力を掌握して自分のように制御すること。それが『万魔掌握』だった。他の世界権能と違って侵食技をすぐ覚醒できなかったのも、私のものじゃない世界を掌握し制御するためには感覚的に世界を理解し共鳴しなければならないからだろう。


 ……おそらく世界権能でありながら特性の名前に〝世界〟が入っていないのもこれが理由かな。


 そんなどうでもいい考えの直後、私は目を戦意で輝かせながら手を伸ばした。


 今ならお姉様の足を引っ張らない。


―――――


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