『水源世界』

 その正体は内側から発射された魔力の砲撃だった。本体はただ一つの矢だったけれど、その矢が放つ魔力と衝撃波はすでにかなりの砲弾以上だった。おそらく中で戦っていた安息領の雑兵や下位幹部たちもあれ一発で戦闘不能になったのだろう。


 矢が開いた穴から飛び出す人影が一人あった。


「お姉様!」


 ゆらゆらする金色の髪が私の胸に飛び込んだ。言うまでもなくアルカだった。右手の剣を手放して頭を撫でるとニッコリ笑った。


 可愛いけど、本当に可愛くてこのまましばらく撫でてあげたいけど、この可愛い子が今自分が拉致された建物の壁を吹き飛ばして自分で抜け出したと思うとちょっとシュールな気分になっちゃう。同時に、それが〝主人公〟の宿命だと思えば少し世界へと怒っちゃう。


 でも今はそれより重要なことがある。


「アルカ、トリアは?」


「まだ中にいますよっ。お姉様がいらっしゃったことを魔力で感じて、先に走ってきたんです。お姉様と力を合わせてトリアを――」


 アルカは言葉を止めた。いや、続けられなかったというか。


 何の前兆もなく跳ね上がった魔力が、備える前に異変を招いたためだった。


 ――『水源世界』侵食技〈水源世界〉


 風景が、一変した。


 山も森も建物も消えた。いや、平凡な世界の光景自体が目の前で全部なくなってしまった。


 その代わり現れたもの、世界に上塗りされた風景は異質だった。地面は平坦だったけど水が足首まで溜まっており、目の前さえ見分けがつかないほどの勢いで大雨が降った。そしてその大雨を降らせている主体は海そのものだった。


 まるで重力が逆にひっくり返ったように海が空に浮かんでいた。そしてその海が落ちるように雨が降り続いていた。上も下もすべて水に支配されているような世界だった。


 もちろん私はこの世界を知っている。


「ついに直接乗り出す気になったの?」


「ふむ。まるで待っていたかのような言い方ぞ」


 目に力を入れて前を睨む。肉眼では雨の向こうを見ることはできなかったけれど、魔力を集中した魔眼であれば多少は見分けがついた。


 立っているのは固い印象の男だった。淡い水色の髪を短く刈り、飾りなど一切ない黒い服だけを簡潔に整えた青年。外見は私より何歳くらい上なのかしら。


 でも彼が見えるよりずっと年上だということを私は知っている。


 タールマメイン・エルベルナ。水ですべてを支配する猛者。安息八賢人の中でも世界権能を巧みに扱う難しい敵だ。


「お前のことはよく聞いた。力も自信も聞いた通りぞ」


「そう言うそっちこそ胸算丸見えの戦略なんか駆使するなんて、司令官という異名がもったいないわ」


「俺様の異名まで知っていたのか。さすがである。……だが、そんなに余裕持ってもよろしいか? そちらの小娘は今も危なそうだぞ」


 タールマメインの視線がアルカを向いた。


〈水源世界〉が展開された瞬間からひざまずいて苦しんでいるアルカへ。


「うっ、はぁ……!」


 タールマメインの水は魔力を自由自在に奪ったり付与する。敵対者を弱体化させ味方を強化するのもその能力の一環。自分の〝世界〟を展開して法則を最大で押し付ける侵食技の中であれば、その雨の力もまた絶対だ。


 もちろんそれを知っていた私はアルカに魔力で保護膜を張り巡らせてあげたけれど、それだけじゃ〈水源世界〉の影響力をすべてなくすことはできなかった。


「よく言うね。わざとアルカが私と合流することを誘導したくせに」


[アルカ。〈選別者〉を最大出力で発動しなさい。今すぐはそれで少し耐えられるでしょ]


 タールマメインの動きを警戒しながら、思念通信でアルカにだけ忠告を伝えた。アルカは歯を食いしばって私の言うことに従った。


〈水源世界〉の能力は今のアルカとは相性がかなり悪い。アルカの『万魔掌握』は外部の魔力を自分のもののように扱うことができるけれど、侵食技を習得する前には自分自身の魔力をしっかりとつかんでおく能力が少し劣るから。侵食技を習得すると話が違うけど、そうでない状態では〈水源世界〉の魔力強奪にまともに抵抗できない。


 タールマメインがアルカの脱出を傍観したのはそれを知っているからだろう。アルカが私と合流した後に〈水源世界〉を展開すればアルカを私の足かせにしてしまうことができるから。


 けれど、私は微笑んだ。


「お姉、様……」


「大丈夫。貴方の力を覗くことに集中してね」


 アルカの魔力を詳しく観察すれば分かった。今、彼女はすでに次の段階に進む準備ができているということを。


 何があったかは分からない。でもそんなことくらいは後でじっくり話を聞けばいいわよ。


 今はできることを動員して目の前の状況に対処するだけ。そんな気持ちで一歩前に踏み出すと、タールマメインは水槍を作って握った。同時に彼の魔力がさらに〈水源世界〉に広がった。


「起きろ」


 短い命令に従うように、水たまりに沈んでいた者たちがゆっくりと立ち上がった。今まで私が制圧した安息領の兵力だった。全員の手足を切り『万壊電』の力で神経と筋肉を破壊して無力化したけれど、〈水源世界〉の力が彼らを治癒した。それだけでなく、以前よりはるかに強い魔力を発散していた。


「安息八賢人という者が私のような女の子を相手に部下たちを前面に出すなんて、恥ずかしくないの?」


「俺様の役割がそれだからな」


 ち、やっぱりこれくらいの挑発には乗らないわね。


 むしろタールマメインは他のことで眉をひそめた。


「お前自身はほとんど弱体化しないな。……そうかな。やはり『浄潔世界』の侵食技は……」


「侵食、技……?」


 アルカはタールマメインの言葉に反応した。


 ……別に隠さなきゃいけないわけじゃないけれど、今明らかになるのはそれなり困る。


「まさか本体が弱まっていない敵とは戦えないの? 魔力の放出は抑制されているのに?」


 タールマメインは返事の代わりに水槍で私を狙った。安息領の兵士たちが私に向かって動き始めた。


 挑発する微笑を誇示し、奴らが近づくより先に私の方から突撃した。


―――――


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