ロベルの離脱
『隠された島の主人』が言った通り、異空間が破壊されたのだろう。曖昧だった気配がはっきりとなって一箇所から感じられた。アルカとトリアが捕まっている場所は予想より遠かったけれど、襲撃しようとすればすぐにできる場所だった。
なるべく早く戦力を率いて行ってぶっ壊したかったのだけれど……その前に私の前でひざまずいている彼に先に対応しないと。
「申し訳ございません、テリアお嬢様。どうか許可を」
ロベルだった。
彼は私の前にひざまずいて〝あること〟の許可を求めていた。ある程度予想していたことではあるけれど、実際に見ることになると少し不思議な気持ちだった。『バルセイ』ではもっと未来のことだったからだろうか。
「本当に大丈夫?」
「むしろ僕が謝らなければなりません。こういう時期に戦線から離脱するということですから。それを知りながらお願いします。どうか僕にしばらくの時間をお許しください」
ロベルが要請しているのはしばらく一人で隠遁するということだ。
初めて見ることではない。私の目で、耳で直接接したのは初めてだけど、これは『バルセイ』にもあったイベントだから。
『バルセイ』のロベルルート。ストーリーの中後半にロベルがパーティーから離脱するイベントが発生する。戦いを乗り越えながら自分の不足を痛感したロベルが、他のすべてを置いて自分の力を育てることだけに没頭する修練イベントだった。
ゲームの中の時間で半年ほど、ロベルは修練のために閉じこもった。ゲームプレーヤーの立場でも数チャプターの間、攻略対象者である彼が抜けたままストーリーが進行し、再び戻ってきた彼は以前とは比べ物にならない存在になっていた。
アルカは〝主人公〟であると同時に、五人の勇者のリーダーであるオステノヴァの末裔。そして他の攻略対象者たちも五人の勇者の末裔だ。その血統から来る魔力と才能の恩恵、そして何よりも至高の始祖武装の存在がアルカと攻略対象者を超越者にしてくれた。
しかし、ロベルにだけは何もなかった。
代々オステノヴァに仕えてきたとしても、本質的には平凡な血統。『虚像満開』は幻影系の最上位能力だけれど、直接的な戦闘能力が劣る。そのため極拳流を修練したけれど、特性の力に依存しない純粋な武は努力と時間にある程度比例する。才能が別格だったり、私のように規格外のチートを動員できれば話は違うだろうけど、ロベルはどっちにも属さず。
どんな理由があろうと、ロベルはこの戦いでトリアと共にしたにもかかわらず敗北した。それだけでなく、守るべき対象の一人であるアルカが拉致されることを防げなかった。『バルセイ』で彼が自分の無力さを責めたのはもう少し後のことだったけれど、今回のことで同じ感情を感じたらこうなるのじゃないかなって思っていた。
ある程度予想した分、答えも考えておいた。
「いいわ。それで貴方が望むものを手に入れることができるのなら」
「感謝いたします」
ロベルは小さなビーズを私に渡した。
「アルカお嬢様とトリア姉貴に植えた探索の幻影の位置を見つけることができる魔道具です。もう座標をお伝えしましたが、ひょっとして奴らが位置を移すこともできますから」
「ありがとう。必ず二人を取り戻してくるわ」
彼を安心させようと微笑んだけれど、ロベルの表情はむしろ暗くなった。
何を考えているのか少し分かる気がする。
「あまり自分を責めないで。貴方は今までもとても役に立ったから。今回貴方が離脱することを許したのも貴方が役に立たないからじゃないのよ」
「ですが僕の力が他の方々に及ばないのは同じです」
「得意分野が違うだけよね。そして今回の試練が過ぎれば貴方もほんとすごい人になるの」
ロベルの目に怪しさが浮かんだ。
「それはもしかして『バルセイ』の……?」
「まぁ、そうだというかしら。貴方が成長するためにも詳しいことは言えないわ。けれど、これだけははっきり言えるの。貴方が満足するほど研鑽を重ねるようにしなさい。きっと自分で胸を張ってすごい人だと言えるくらいになるんだから」
「……そうなると」
ロベルは自分の手を見下ろしてしばらく言葉を止めた。
何を考えているのか。どんな悩みを抱えているのか。おそらく『バルセイ』でのものと似ていると思うけれど、それだけで彼の本音を知るふりをするのは無礼なことだろう。
黙って待っている間、ロベルは拳を握りしめ、再び頭を上げた。
「お嬢様にちゃんと役に立つ人になれますか?」
「もちろんよ」
私は即答した。薄っぺらな慰めじゃなく、はっきりとした確信を抱いて。
「私だけじゃないわ。貴方が助けようとするすべての人を助け、望むことをすべて叶える人になるの。今の貴方はいろいろと自分の能力に残念なことがあるだろうけどね」
彼の『虚像満開』はどんな幻想でも一時的に実体化できる。実体化した幻影の力は効率的じゃないけれど……多彩な現象を現実化できるということ自体がすごい可能性を抱いた卵みたいだ。
ロベル自身がそれを理解した瞬間、彼の可能性が翼を広げるだろう。
どうせ私があれこれ言う必要はない。むしろそれのせいで彼の思考が固まってしまうかもしれないし、私が片言を加えなくても彼は自ら自分の可能性の終わりにまで届くから。
「……ありがとうございます。必ず、お嬢様の悲願のお手伝いができる人になって帰ってきます」
ロベルはそう言って立ち上がろうとした。けれど私は彼の肩を押した。怪しそうな視線が私を見た。
ふっと笑った後、私は彼の額に軽くキスをした。
「お、お嬢様!?」
「祝福の呪文よ。きっと、望むことが叶うようになるわ」
ロベルは顔を赤らめたけれど、すぐに表情を収拾した。彼の顔に立っていた決意の色が少し変わった。
「少々お待ちください。必ず戻ってきます」
「いらっしゃいって言ってあげるためにも、私も安息領のバカたちにやられてはいけないものね」
ロベルを待っている間も安息領のバカたちはあれこれやらかすだろう。
それを全部壊して、ロベルが戻ってくると彼と共にさらに安息領を踏みにじる。そのために私も努力しないと。
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