エピローグ 神々の葛藤

 安息八賢人の筆頭という立場は別に望んで得たものではなかった。


 この世界でワタシの目的を達成するためには手下が必要だったけど、ここは異世界の神を排斥する特殊な法則が作用する所。いくら強くて偉大でも、この世界の神でない者は邪毒神という名の異邦人になって出入りさえ容易ではない。誰も分からないはずだけど、ワタシがこの世界に介入する方法を悩んだ年月だけでも百年程度だった。


 しかし人間は愚かで面白い。世界の法則によって害悪になってしまう異邦の神を崇拝するバカなことをする者もいるからだ。そいつらを手足として占って利用することで、ワタシはこの世界に介入する方法を得た。


「結局こうやってこの世界で活動する肉体まで作ったしね。有用だと思わない?」


 目の前の存在に声をかけたけど、帰ってきたのは鼻笑いだけだった。


 テシリタに指示を出して建物の外に出た。ここはそもそも平凡な世界ではない。特殊な異空間の中に隠された場所なので風景は存在せず、ただ歪んだ結界の境界面だけが見えるだけだった。


 そしてその光景の真ん中に真っ黒なシルエットがあった。


【その肉体に感謝しながら別れを告げるようにしなさい。もうすぐ破壊されるから】


「あまり性急になるな。キミが『隠された島の主人』の神格と権能を簒奪したのも長い年月がかかったことじゃない?」


【あいにく忍耐力はその時全部使ってしまってね】


 ――天空流奥義〈万象世界五行陣・木〉


『隠された島の主人』は何の前兆もなく斬撃を放った。神らしく世界を切り裂く威力……とまではいかなかったけど、この異空間程度は一撃で破壊できる絶技だった。ワタシの防御魔法で異空間を守ったけど、まるで地震が起きたような強烈な振動が空間を襲った。


「いいのかな? こんな風に力を乱用しても。そもそもキミが力を乱用したからワタシがこの世界にもっと簡単に介入できるようになったことを忘れたわけじゃないよね?」


 邪毒神はどんな迂回路を利用しても、力を完全に自由に使うことはできない。邪毒神がこの世界で力を使うと世界に亀裂が生じ……その亀裂をうまく利用すれば、他の邪毒神が力の制約を少し緩和することもできる。


『隠された島の主人』もその制約の中でできる限り力を抑えようとしたようだった。それでもこの世界に介入したのは大きかった。特にあの子が本格的に台頭するにつれ、なおさら。ワタシがこのように自由に動きながら少しだけど力を直接使うことまで可能になったのもそのおかげだ。


 けど奴は鼻で笑った。


【その逆も同じように成立するよ。貴様こそテリアを直接防ぐためにかなりの力を動員したね。おかげでこの世界の肉体を得ることもできなかった私がこのように分身を引っ張ってきて暴れることまで可能になったよ】


 おっと。やっぱあの子を防いでベルトラムを助けるために力を入れすぎてしまったのかな。それなりに気をつけたんだけどね。しかしこいつがこのように堂々と攻め込んできたということは、これまでワタシが得をしていた不均衡が逆転してしまうほどだったということだろう。


 いや、気をつけたからそれさえもで終わったんだよね。その時何も考えず力を使いすぎたら、先ほどの一撃で異空間どころか世界を割ってしまう威力が出てきたはずだから。


「筆頭!! 大丈夫なのですか!?」


 その時、テシリタが建物から飛び出した。先ほどの一撃の余波を感じたのだろう。


 テシリタはワタシと対峙した『隠された島の主人』を見るやいなや怒り顔で魔法を展開した。しかし『隠された島の主人』は彼女を一瞥さえしなかった。ただ何の前兆もなく動いた魔力がテシリタを地面に打ち込んだだけ。


「くぅっ!?」


【生意気。たかが小細工を習ったからといって神々のやり取りに割り込む資格ができたと信じるのか? 分際を知れ、下等な者よ】


「慣れない言い方はやめる方がいいよ? キミはそんな奴じゃなかったじゃない? ―――」


 奴の名前を直接呼んだ。すると奴は顔が隠されたシルエットの中でさらに大きく鼻を鳴らした。


【その名前はもう私のじゃない。私は別の存在になったから。貴様も分かりきっているのにあえてその名前を呼ぶなんて、レベルの低い挑発だね】


 奴は恐ろしい力が凝縮された双剣を握ってワタシに飛びかかった。一瞬に圧縮された無数の斬撃が異空間全体を揺るがした。ワタシが展開した無数の魔法と武具が斬撃を防いだけど、威力の余波が異空間に亀裂を作った。


 やっとワタシは奴の目的を悟った。


「……おっと。これは一発食らったね」


【遅い】


『隠された島の主人』の攻勢はワタシの肉体を破壊するほどではなかった。


 そもそも本体が直接降臨したわけでもなく、分身体を利用した迂回程度では微弱な力しか使えない。今こいつがこの程度の力を発揮するのもワタシが力を乱用してバランスが逆転したからだけ。そのバランスをまた覆すほどの力を使おうとしても限界がある。


 しかしこいつは神としての権能を使わない。権能なく身につけた戦闘能力だけでも神を殺す奴だから。一方、ワタシは力のほとんどを権能に依存している。同じ出力だとしても、権能を使うか使わないかはバランスに大きな影響を及ぼす。


 バランスを二度と逆転させない程度の力だけを使っても、ワタシは完璧に防ぐことはできない。ワタシの肉体は破壊されないけどこの異空間を守ることはできない。もし異空間を守れるほどの力を使えば不均衡がさらに激しくなるだろうし、今後ワタシは大きく不利になるだろう。軽重の差があるだけで、両者ともワタシには不利な結果だ。


 こいつは腹いせに来たわけでも、ワタシの肉体を破壊しに来たわけでもない。これからの状況をより有利に固めるために来たんだ。


【貴様は介入しすぎだ。神がそのように直接乗り出すのは反則よ】


「キミのセリフではないと思うけど」


【重要なのは直前の反則を誰がもっと大きく犯したかだね。その代価を払うことになるよ】


 平然と飛びかかる『隠された島の主人』を相手に、ワタシは仕方なく対抗するための武具を創造した。


 思いがけない神々の戦いが始まった。


―――――


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