内部襲撃

「ここは……思ったよりもっとひどい所ですね」


 トリア姉貴と一緒に安息領のアジトを探索していたところ、思わず言葉が出てしまった。


 トリア姉貴も気分が良くないように眉をひそめた。


「そうだね。まさかミッドレースオメガの実験場だったとはお嬢様も思わなかったから」


 僕と姉貴は比較的閑散としたアジトを勝手に歩き回っていた。


 人がいないわけでもなく、静かでもない。しかし安息領の奴らはほとんど外の戦闘に集中していた。今聞こえる騒音の大多数はそちらの騒音に過ぎず、皆が外に出たから当然内側は閑散としているものだ。


 だからといって安心しているわけではないが。


「――――!」


 何の予告もなく目の前の壁が爆発し、化け物が飛び出してきた。ミッドレースオメガの失敗作であるベータだった。奴と一緒に安息領の雑兵も二人ほどいた。


「チクショウ、どうしてこんなことが……!」


「集中しろ! この失敗作の柔道に失敗したら俺らが殺されるぞ!」


 奴らは魔力と魔道具でミッドレースベータを誘導しながら外に向かった。僕とトリア姉貴は僕の『虚像満開』を応用して姿を消していたので、雑兵も化け物も僕たちの存在に気づかなかった。


 僕たちは奴らが飛び出した所に入った。


 大きな実験室だった。巨大なガラス管がぎっしりといて、その中には各種生物体があった。……本来人間だった者たち。だけど今は魔物が入り混じった上に本来の身体まで歪んで〝人間〟ではなく〝生命体〟としか呼べない何かだった。


 ねじれて入り混じったが、ひとまず比較的まともな個体がいた。半分溶けたように形が崩れた個体がいた。身体の半分以上が欠損した個体もいれば、何もない肉塊のような個体もいた。


 こんな実験室はこのアジトの中にいくつもあった。犠牲者たちの姿も、今は気持ち悪い慣れを感じるほど見た。なのでなおさら腹が立った。


 特に自分自身が正義感が強いと思ったことはない。正しくないことを正しくないと思う良心はあるけど必要ならばそれに逆らう行動もできるだろう。自分自身がそんな人間だということは自覚している。……おそらくだからこそ『バルセイ』の僕はテリアお嬢様の理不尽な命令にも長い間従ったのだろう。


 でもこんな度を越した行為を見たくも、放置したくもない。


「こいつらは一体何のためにこんなことをするんでしょうか」


「さぁね。そもそも狂信者たちの考え方を理解しようとするのは異常かもしれない」


 トリア姉貴も不愉快そうな気配は感じられたが、少なくとも僕よりは平静を保っていた。姉貴はオステノヴァ家に来る前は一種の傭兵だったと聞いたから、その時代に見たものがあるだろう。


 安息領は単なるテロリストのように思える時もある。でも奴らの根本は宗教だ。草創期の安息領はただ邪毒神に仕えることと、それを他人に強要することが問題に過ぎなかった。異端だと指差される存在ではあったが……バルメリア王国は宗教の色彩が弱い国だったため、物理的にひどく迫害を受けるほどではなかった。ただありふれた似非宗教ぐらいだったのだろう。


 ところが、いつからか宗教を他人に強要する方式がますます過激になり、ついに物理的なテロを犯すほどになってしまった。その変化は非常に過激で急進的だったので当時の人々は困惑していた……と歴史の授業で教えている。


 安息領内部の歴史については知られていないため分からない。しかし奴らのテロに合理的な理由があるとは思わない。そもそも奴らのテロは表面上「安息領の教理を信じろ」とむやみに脅迫するに過ぎないから。その方式のため、むしろ宗教として安息領に加入する者の数が減った。


 こいつらがどうして、誰の影響でこんなことをし始めたのか分からない。でも人為的な影響力が感じられる。


 その原因を突き止めることができれば……まで考えた瞬間、僕とトリア姉貴が同時に回避行動をとった。その直後、僕たちの向かいの壁が激しく爆発した。


 砕け散る破片は凍りついていた。その上、明らかに壁の破片ではない氷雪が混ざっていて、触れるやいなや凍りつきそうな冷気が押し寄せてきた。魔力で自分自身を守らなかったら一瞬で凍って死んでいたかもしれない。


 冷気の魔力は単に環境を支配するだけではなかった。僕たちの周辺に様々な形をした氷の塊が現れたのだ。鎧を着た人の形をした人形もあり、地上の猛獣や空の猛禽類のような荒々しい獣の形もあった。


 中央の人形から声が流れた。


「やはりネズミがいたんだな。派手に暴れるのを見てもしかしたらそうじゃないかと思ったが……やはり〝あの御方〟の予測は正しかった」


「〝あの御方〟って誰?」


 トリア姉貴が前に出て尋ねた。すでに姉貴の体の周辺に『獄炎』の魔力が渦巻いていた。臨戦態勢であると同時に、酷寒の冷気から僕を守るための防御膜だった。


 氷の人形の顔がトリア姉貴に向けられた。


「答える必要のない質問だ」


「じゃあ無理やりでも言わせる」


 姉貴の火が強まった。僕も魔力を体に循環させて身体を最大に活性化した。


 しかし氷の人形の態度は淡々としていた。


「勘違いしている。答えないという意味ではない」


「じゃあ何?」


「私が答えなくても分かるという意味だ。〝あの御方〟の指示はここに侵入者がいた場合、できるだけ多くの者を連れて来いということだったからな」


「私たちが来ることを知っていたということ?」


「〝あの御方〟の予測は完全ではない。だからこそ〝あの御方〟は数多くの可能性を同時に考えていらっしゃる。数百の状況に備えておけば、そのうちの一つは正解になるという論理だ。単純だが確かな理論だ」


 確信まではいかないとしても、ここを襲う可能性を念頭に置いて指示を出したということだな。


 僕とトリア姉貴は同時に同じことを考えながら戦うための姿勢をとった。


―――――


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