テリアの憧れ

「だが今の君は今のボクたちよりはるかに強いぞ。君の才能もそれほどすごいものだな。……あ、君の努力を否定しているのではないぞ。誤解しないでほしいな」


「私も知ってるわよ」


 テリアはしばらく黙ってボクの顔を見た。深刻な表情ではなかったが、何か考えているような感じだった。何を考えているのか分からないが、なんとなくくすぐったい気がした。というか、聞いただけで照れくさそうなことを言われたような気がする。


 しばらくしてテリアは口を開いた。


「妙な気分なのね。他の人でもないし、貴方が私をそう思ってくれるなんて」


「ボクはそんなことを考えてはいけないのか?」


「そんなことないわよ。ただ……憧れていた人にそんなこと言われると妙な気分になってね」


「憧れ? ボクに?」


「ええ」


 理解できないな。テリアがボクに憧れることなんてないと思うが。家の格は同等で、力も知略もテリアがボクを上回る。しかし、慰めるために心にもない嘘をつく奴ではない。


 ボクの混乱を感じたかのように、テリアは微笑みながら続けた。


「正確には前世の私の影響だけどね」


「前世の……日本という国に住んでいたあの前世のことか? ずいぶん病弱だったと聞いたが」


「そう。前世の私は物心がつく前から病室に住んでいたわよ。学校なんて夢にも望めなかったわ。私にできることは活発に遊ぶ人を見て羨ましがることだけだったから」


 あの時を思い出したのか。テリアの顔に悲しみが宿った。


 前世の記憶を持ったまま新しい人生を生きていくというのはどんな感じだろうか。ボクには想像もできない。推測はできるが、それだけは経験のない者が想像できない領域だろう。


 テリアは八才の時、前世の記憶を思い出した。前世では十代後半に死んだというから、生きてきた年月の面で記憶の密度の格が違うだろう。テリアは自分の自我はあくまで前世ではなく今世のテリアだと言ったが、前世の感情と記憶の影響を受けているとも言った。


「前世の私は『バルセイ』が大好きだったの。攻略対象者の中で唯一気に入らなかった一人以外はキャラもみんな好きだったし。その中でも一番憧れたのがジェリア、貴方だったわよ」


「なぜだ?」


「前世の私は体でできることが何もなかったから。『バルセイ』のみんなが強くて丈夫だったけど、その中でも貴方は秀でていたわね。そしてその強い力は人のために使うべきだっていう考えが一番強かったわ」


「その気持ちは皆同じだろう」


「それはそうだけど、貴方の心が一番強くて具体的だから。私にはないものを一番正しい方向に使おうと努力する貴方の姿が好きだったの。もし私も活発に外に出られたら、助けられるだけの体でなかったらこんな人になりたい。そう願ってた」


 テリアの目は限りなく真剣で、何かを切望しているようだった。テリアのあんな眼差しは初めて見る。いつも堂々とした彼女が人に憧れて羨望する姿を想像したこともなかった。そして、その対象がボクだというのが嬉しいが恥ずかしかった。


「実は入学してすぐに貴方に喧嘩を売ったのも少しでも早く仲良くなりたかったからなの。前世の記憶を取り戻してからアカデミーで一番最初にやりたかったのがそれだったわ」


「それにしては結構乱暴に楽しんでいたと思うんだが」


「せっかく憧れの人と直接向き合って実力を競える体に生まれ変わったからね。貴方も私と同じ立場だったら我慢できなかったと思うわよ?」


「……それはそうだな」


 ボクたちは同時に笑った。


「とにかく、その気持ちは今も変わってないわ。表面的な力は私の方が強いけれど、私は〝聖女〟の才能にイシリンの力を加えたチートに大きく依存しただけよね。私自身の努力を否定するつもりはないけれど、そのチートがなかったら今のようにはならなかったはずよ。貴方はそんなことなしにひたすら自ら努力したじゃない。そして力の差を認めながらも必死についてこようと思っているでしょ。その理由は結局私のためだし。私はそれだけでも十分憧れるべきだと思うわ」


 テリアはボクの手を優しく握った。


「貴方がそんな人だから、前世の私は貴方を見て夢を見たわ。貴方がそんな人だから、私は貴方の友達だという事実に自負心を感じているわ。貴方は私の生き方を決めるモチーフになってくれた人よ。どうか貴方が信じることを否定しなく、不安に思わずまっすぐ進んでほしいわよ。これは前世の私と今の私、二人ともの願いよ」


「……テリア」


 いろいろな感情が入り混じって爆発しそうだ。外見だけの平静を維持したのは感情をよく節制したからではなく、ただあらゆる感情が入り混じって何を表出すればいいのか分からず麻痺しただけだった。正直、力の優劣のような部分は複雑な心境でもあったが……最大の感情は結局感激だった。


 ボクの人生の道を誇示するつもりはなかった。人の視線を気にせず、ボクが望む道を進もうとしただけ。その人生がたった一人にでもそのような感情を抱かせたということに驚き、嬉しかった。


「何を言えばいいのかボクにもよくわからないが……」


 ひとまず口を開いたが、いざ話を続けようとすると適当な言葉を探すのが容易ではなかった。しかし、テリアは優しく微笑みながら待ってくれた。その顔を見た瞬間、自然に言葉が流れ出た。


「ありがとな。ボクの大したことない人生をそんなに評価してくれていたとは正直思わなかったぞ。……何と言うべきかよく思い出せないが……これだけは言っておきたいな。ありがとう、本当に」


「どういたしまして。そんなに感謝することでもないわ。当然のことだからね」


「当然のことなんかじゃないぞ。いや、当然のことだとしても同じだと言うべきだろ。……それより驚いたぞ。君は尊敬されるに値する奴だと思ったが、ボクをモチーフにしたとは」


「つまり貴方も尊敬されるに値する人っていう意味ね」


「恥ずかしくて死にそうだからやめろ」


「……フフッ」


 テリアはボクの言葉を聞いて笑い声を上げた。まったく、ボクをほめているのに憎らしくてたまらないぞ。だがまぁ、最近積もっていたしこりがたくさん消えた感じがした。完全に消えたわけではないが。


 こんな点でまで先を行くとは、本当に追い付きにくい奴だな――そう思いながらも、前と違ってそれが嬉しかった。


―――――


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