ジェリアへの不安

「……まず二つ質問があるのですが」


 私はすぐに気になったことを口にした。


「なぜそう思うのですか? そしてそれを突き止めて何をしようとしているのですか?」


 ジェリアを心配すること自体は不思議ではない。テリアさんほどではなくても、ジェリアもリディアさんにとっては大切な友達だろうから。しかし、あえて私を訪ねてきて聞く理由がわからなかった。


 怪しい思惑……ではないだろう。私は疑い深い性格だが、テリアさんやリディアさんのような人々の意図を疑うほどではない。初めて会った時ならともかく、今はもうそんな疑いをしないほどの信頼はあるから。


 むしろ心配なのはリディアさんの意図ではなく、ジェリアの状況だ。あえて私に聞くほどなら、まだ私が気づいていない深刻な問題がジェリアにあるかもしれないから。ジェリアの親友という自負心はあるが、誰よりも彼女の悩みをよく知っていると言うほど傲慢ではない。


「どんな状況だと明確に感じたのじゃありません。ただ曖昧な感じなだけですけど……っていうか、ジェリアが時々暗く見えることがあります。露骨に悩んでる時もあります。そのため模擬戦をサボったこともありました」


 ……そっちだったか。


 胸をなで下ろした。大きな問題ではなさそうで何よりだ。


 リディアさんが言ったことには思い当たるところがある。その心当たりならまだ大丈夫だ。もちろん大きな問題に発展する可能性はあるが。


 リディアさんは私の顔を見てよかったって思ったように笑った。


「思い当たることがあるんですよね?」


「はい、とりあえず。多分致命的な問題ではないと思います。もちろん私も確信しているわけではありませんが」


「何が問題なんですの?」


「力の悩みでしょう。あいつは強い者を見ると勝ちたいとかライバルだとか言って競争心を燃やしているように見えますが、親しい人には自分の力で助けたくてやきもきする奴です。テリアさんへの気持ちも同じだと思います」


「テリアのお役に立ちたいけれど、テリアが強すぎてできないということですの?」


「私の考えではそうです」


 ジェリアは強い。私やリディアさんのような人たちもよほどの平騎士より強いという自覚はあるが、ジェリアは私たちの中では最高だろう。〝主人公〟というアルカさんの勢いはすごいが、まだジェリアに及ばない。


 しかし、その〝私たち〟にテリアさんは含まれない。


 彼女の強さは人間ではないとしか思えないレベルだ。客観的な戦闘力そのものは彼女より強い人がいる。しかし断言するが、世界中で彼女より強い人は百人以下だろう。そしてテリアさんはまだ二十才にもなっていない。すでに異常やバケモノのような表現すら足りない何かになっている。


 そんな彼女と自分を比較するなら、当然その格差に怯えるしかないだろう。


「ジェリアは意志の強い奴です。相手が超越者なら、自分も超越者になるために全力を尽くして走る奴です。でも、いくら走ってもついていけないのなら、いくら走っても格差が広がるだけなら複雑な心境でしょう」


「ジェリアはテリアの次に強いからそんなことは気にする必要ないのに」


「最高になろうという気持ちもあるでしょうが、それよりテリアさんに何もしてあげられないのが怖いのでしょう。テリアさんが言った悲劇が起こったとき、力の優劣関係が今のままだったらどうでしょうか? ジェリアの力が足りない事態をテリアさんが助けてくれることはあっても、その逆はないでしょう」


「それはそうですね。でもそれはみんな同じですよ」


「それを感情的に納得できるかは別問題ですからね」


 とにかく本質的にはライバル意識からくる劣等感だ。そんな気持ちがあっても、正々堂々と努力して勝つことを望む奴だから大きな問題はないだろう。


 ジェリアだけ見たら、ね。


「おっしゃる割には殿下の表情がそんなに良くないんですよ? 心配なことはありますの?」


 リディアさんがそう言った。考えが顔に出てしまったようだね。困るわけではないが、思わず苦笑いしてしまった。


「心配ではあります。どうやら危険だと思います」


「ジェリアが変なことをするわけがないでしょう」


「ジェリアだけの問題ではありません」


 人は自分自身の考えだけで生きていくのではない。行動であれ考えであれ、他人の影響を受けるものであり、何より……他人の行動のに影響を受けるから。


「ジェリアが劣等感や焦りから間違った道を選ぶ奴ではないことは私も知っています。しかし、いくら一人で正しい道を進もうとしても、外部の悪意に振り回されることはあり得ることです。いくらまっすぐ走ろうとしても、横から足をかけると転んでしまうようにですね」


 やられる本人すら知らない巧妙な手口が多い。いくらジェリアが注意しても、そんな手口にだまされる可能性は十分ある。特に、いくら冷静さを維持しようとしても感情が強ければ仕方がなくなることもある。


 リディアさんは拳を握りしめた。


「そうならないようにジェリアにしっかり教えておきます! それなら大丈夫でしょう!」


「はは……それではいいのですが。いや、そうですね。一緒に努力すればきっと解決できるはずです」


 テリアさんの力になりたいのはジェリアだけではない。リディアさんも、ジェフィスも、テリアさんの使用人も同じだ。こう言う私も彼女の目標が叶うことを願っている。


 皆が同じ目標を持って同じ人を眺めている。ジェリアも知っているだろう。それでも視界が狭くなっているかもしれない。その必要がないということを、皆が一緒にいるということをきちんと知らせさえすれば大丈夫だろう。


 ……そう思いながらも、心の片隅に不安が残っている。


 明確な根拠はない。それでも漠然とした予感がした。まるで問題が生じるのが当然だというような……だと言うような予感が。


 そのような漠然とした気持ちこそ私が一番嫌いなことだが、そんな気持ちになるのを全く抑えることができなかった。


―――――


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