襲撃と対応

 アカデミーは王都の真ん中にあるが、敷地が他の建物と接しているわけではない。アカデミー敷地周辺にちょっとだが空間を空けて広場のように活用する空き地がある。その空き地の端にまるで瞬間移動をしたかのように敵の姿が忽然と現れた。


 見た目は多くの雑兵と大差なかった。安息領特有のマントと頭巾で自分の姿を隠した形。露骨に怪しい姿だが、あのマントに認識阻害の機能があって騒ぎを起こさないと周りにバレないから本当に面倒くさい奴らだ。今突然現れたように見えたのも、実際にはマントの隠蔽効果が消えただけだ。


 ただ、マントの内側に見える姿は雑兵とは微妙に違っていた。露出した皮膚の面積が小さくて確実ではないが、色や一見推測できる質感が人の皮膚ではなかった。やはりテリアさんの言う通り、ローレースオメガという奴らなのか。


「全員迎撃準備! ただし、戦場は空き地に制限するように!」


 戦場が拡張され、王都の市街戦になることだけは防がないと。奴らがアカデミーの近くまで来るように放っておいたのもそのためだった。もちろんアカデミーに到着する前に暴れようとしたならそれに相応する対処をしただろうが、ここまで直行した以上は優先目標はアカデミーだと考えてもいいだろう。アカデミー周辺の空き地は広くはないが、適当に補助だけすれば警備隊だけで戦場を制限することくらいは可能だ。


 ……というのは安逸な考えだった。


「殿下! 奴らの前進が止まりました!」


「私も見ている」


 安息領の奴らは空き地の端でじっと立っていた。よく見ると後方の奴らが何かを取り出していた。そこに魔力を注入するようだが……。


 直ちに決断を下した。


 ――バルメリア式結界術〈クドリアンの闘技場〉


 空間を隔離し、内部から私と仲間を強化する強力な結界を展開した。


 魔力の反応から見て、奴らの兵力はすべて空き地の中に入っている。隔離の結界で脱出を防ぐことができれば、王都に被害を及ぼすことは防ぐことができる。


 しかし、奴らが準備する魔力量を見れば楽観できない。


「こちらから先に攻める。全軍突撃!」


 指示を出すと共に、『無限遍在』の分身を二十体具現して突進した。強力だがそれだけ魔力消耗も激しい〈クドリアンの闘技場〉と多数の分身まで動員すると燃費が悪いが、今はそのようなことを考える時ではないと判断した。


 我が軍勢の先頭は私と私の分身たち。その中でも一番前から突進した私は、巨大なバトルアックス型結界兵器を振り回した。敵の先頭から三人が前に出た。奴らの剣が私のバトルアックスを防いだ。しかし、バトルアックスを中心に展開された圧力が奴らを押さえつけた。分身たちもそれぞれ結界兵器の力で先頭を制圧し、追いかけてきた警備隊が本格的に攻撃を浴びせた。


 しかし、後方の奴らへの攻撃は全て途中で阻止され、奴らの意図は結局なされた。


「一時後退しろ!」


 ――バルメリア式結界術〈デリンの格子〉


 兵力を後退させ、私は分身たちと一緒に防衛結界を展開した。その瞬間、強烈な魔力が爆発した。恐ろしい衝撃が〈デリンの格子〉を叩いた。衝撃の正体は突然現れた新しい敵の拳だった。


「くっ……!」


 後方の奴らが準備していたのは魔物の解放だった。今は奴らの常套手段になった魔物封印の宝石を解放させたのだが、強力な魔物であるだけに時間と魔力が必要だったようだ。


 解放された魔物はすでに見たことのあるミッドレースアルファに似ている。しかし肌の質感が微妙に異なり、感じられる魔力量が圧倒的に優位だった。拳を暴雨のように浴びせる速度も威力も格が違った。私はミッドレースアルファを初めて見た時とは比べ物にならないほど強くなったが、そんな私の〈デリンの格子〉があっという間に破壊された。


『バルセイ』ではこの時期にプロトタイプをさらに強化した暴走体が登場したという。今はそのプロトタイプをテリアさんが七年前に討伐したので、その代わりに完成したアルファを暴走体にしたようだ。


 その上、安息領の奴らもまるで待ちが終わったかのように攻勢に切り替えた。奴らの体格がやや大きくなり、魔力量が大きく増幅した。多分あれがオメガになった奴らが使う魔物化だということだろう。暴走体とオメガたちの激しい勢いが私と分身たちを押し出した。


 しかし、私をなめたらひどい目に合うよ。


「無駄だ!」


 結界兵器の力を最大に引き出し、暴走体とオメガたちの前進を阻止した。私と分身の皆の力を合わせてこそやっと拮抗するレベルだったが、言い換えれば奴らの前進を阻止することだけなら私一人でもギリギリで可能だった。


 その間警備隊が攻撃を浴びせた。魔弾を中心とした遠距離攻撃だった。暴走体にはほとんど通じなかったが、オメガたちには十分威力的だった。オメガたちが負傷で停滞し、奴らの勢いが弱まった。


「前方は私が引き受ける。警備隊は火力に集中せよ!」


 指示を出し、ちょっとした余裕を生かして通信の魔道具を起動した。


[各関門に知らせます。現在、北門にミッドレースアルファの暴走体と推定される個体が現れました。各関門にも同様の個体が現れたのか、あるいはその気配があるのか速やかに報告してください]


 返事はすぐ来た。


[こちらジェフィス。西門にもミッドレースアルファが現れましたが、強さは三年前のアルファ完成体と大同小異です]


[リディアです。東門の状況も同じです。リディアはミッドレースアルファを直接見たことはありませんけど、資料で見たのと同じレベルだと思います]


[シドです。南門には安息領の奴らだけです。強力な魔物が出る気配もないですね]


 まさか暴走体はここしかないのか?


 ひょっとしたら奴らも暴主体を各地に派遣するほど多く確保できなかったのかもしれない。そりゃ当然だろう。ミッドレースアルファ自体も製造難易度はかなり高いと聞いた。さらに、追加実験で無理やり強化した暴走体が実戦投入仕様になるには時間も努力も必要だろうし、ミッドレースアルファ自体が数が少ないから暴走体はさらに少ないだろう。


 油断してはいけないが、まずは暴走体はここしかないと仮定して対応しよう。


―――――


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