アカデミーの状況

「お姉様? 今何をされるんですか?」


 戦闘が一段落した後、アルカは私に話しかけてきた。


「アカデミーに連絡しようと思って」


「報告されるんですか?」


 おそらくアカデミーに残っているケイン王子や他の人たちに話をしているのかという意味だろう。それもやるべきことではあるけど、今はそれより優先すべきことがある。


「それ以前にアカデミーの方は大丈夫なのか確認してみようと思ってね。『バルセイ』では安息領が襲撃した場所がここだけだったけれど、ここの状況は『バルセイ』とは変わったじゃない。他の所を同時に襲撃するかもしれないわよ」


「それはすごく危ないことじゃないですか!」


「そうよ。だから確認してみようと思って」


 通信の魔道具を起動した。アカデミーに残っている仲間みんなに連絡をしたけど、受信したのはケイン王子だけだった。


 彼の第一声から私の予想通りだった。




 ***




『ケイン殿下。私たちがいない間、アカデミー防御の核心は殿下ですわ』


 討伐実習が出発する直前、そんなことを言われた。


 私の結界術と『無限遍在』の力を気にした発言というよりは、王子という立場と権限の話だろう。私なら非常事態が発生した時アカデミーの警備隊を統制し、騎士団を迅速に呼び出すことができる。修練騎士団はあくまでも生徒であるだけに、警備隊に直接指示を出す権限はないからだ。しかも団長のジェリアが討伐実習に同行した今はなおさらだ。


 すでに今日の講義がすべて終わった今も、あえて空き教室で公務を処理しているのもそのためだが……。


「来たね」


 思わず呟いた言葉にジェフィスは反応した。彼は私を補佐する権限を持っていて、時々このように私の仕事を手伝ってくれる。今は平凡な公務の補佐のために一緒にいるわけではないが。


「安息領ですか?」


「多分。テリアさんの予想が合っていたようだね」


 アカデミー敷地から一キロメートル程度まで探知の結界を展開しておいた。怪しい気配を探知する以外には何の能力もないが、おかげで燃費が良い。その結界に文字通り怪しい気配がかかった。


 ――バルメリア式結界術〈エレメリオンの防陣〉


 私が使える最強の地域防御結界でアカデミーを包んだ。もともとアカデミーに設置されている結界と力を合わせればアカデミーの出入り口以外では侵入がほとんど不可能だ。


 ……それはともかく。


「このアカデミーは王都の真ん中にあるんだけどね。毎回王都を通過してアカデミーまで襲撃を許容するなんて、騎士団を引き締めるべきだね」


 ジェフィスは私の言葉を聞いて苦笑いした。


「そう言うのも理解できますけど、安息領はネズミのように隠れることに長けているから仕方ないんです。しかも奴らはアカデミーの近くに来てやっと隠蔽を解除しますから」


「それが民の安全をきちんと守れないことへの言い訳になると思う?」


「……そうではないんですが」


 それに私が展開している結界でも怪しい気配は探知できた。もちろん結界を毎日維持することはできないが、騎士団なら人員交代と魔道具を活用すれば王都全域の常時監視もできる。怪しい気配だけを探しているのでプライバシーを侵害することもない。うむ、今回の仕事が終わったら真剣に取り入れを検討してみよう。


 とにかく、出入り口以外の経路では侵入できない。しかしアカデミーの出入り口はその役割のせいで結界が弱い。〈エレメリオンの防陣〉を加えたとしても、結界だけでは完全に守れない。どうせ守れたとしても、アカデミーに侵入できなかった奴らが王都で暴れる可能性がある。


 今現れた奴らの目的がアカデミーではない可能性もあるが、奴らの動線はまっすぐこちらを向いていた。アカデミーに侵入しようとしているのだと思ってもいいだろう。


「ジェフィス、予定された位置に行けよ。皆を配置するから」


 指示を出して立ち上がる。


 私も今回の守備に直接加担する。アカデミーの出入り口は四つで、アカデミーに残っている『バルセイ』の主要人物も私を含めて計四人。それぞれ警備隊と共に出入り口を一つずつ担当する予定だ。


「行こう」


 私とジェフィスは同時に魔道具を起動した。オステノヴァ公爵家が製作した転移の魔道具だ。事前に各自が担当する出入り口に転移するように按配が終わった物だ。


 魔力の光がしばらく視界を遮った。その光が消えた時は目の前の光景が空き教室から野外に変わっていた。すでに連絡を受けた警備隊と修練騎士団執行部員が集まっており、前方にアカデミー敷地に出入りする巨大なドアが見えた。私が担当する地域である北門だ。


「状況は?」


「現在結界に探知された気配がここに向かってまっすぐ接近しています。約五分後には到着するかと」


「敵の正確な数と力量は把握したのか?」


 私の探知結界は怪しい気配を大まかに見つけるだけで、範囲が広い代わりに精度は低い。それを補完するために怪しい気配が発見された時、警備隊に強力で正確な探知を行うように事前に指示していた。


 警備員の報告を聞くやいなや、私は眉をひそめた。


「多いね。それくらいならいつもの雑兵たちのテロかもしれない。しかしそれだけなのか? 王都の真ん中のアカデミーを襲撃する割には微妙な戦力だが」


「感知される魔力量が通常の雑兵を上回っています。多分これも隠蔽された数値かと」


「普通の雑兵より強い戦力ってことか?」


 そういえば安息領の奴らがレースキメラのオメガというものを作ろうとしているって言われた。そしてローレースオメガくらいはもう完成しているとも言われたから、あいつらかもしれない。


「全員警戒を徹底せよ! 今度の襲撃は以前の常套のテロとは違うだろう! より強力な戦力を相手にすると思うように!」


 前に出て結界を展開した。敵を防ぐためのものではなく、敵を撃退するための自分だけの闘技場を。


 敵の姿はすぐ現れた。


―――――


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