眺める心

「ジェリアお姉さん? 大丈夫ですか? 表情がよくないんですよ」


「……ああ、ちょっと考えることがあったんだな。大したことないから気にしなくてもいいぞ」


「本当ですか?」


 アルカは疑わしがる目でボクを見た。


 そういえば『バルセイ』の主人公であるアルカは他人の感情に敏感だったそうだ。友情ルートだったとはいえ、ボクは彼女の攻略対象者。ひょっとしたらアルカのレーダーから逃げられないのかもしれない。


 だからといって、必ずしも正直に言わなければならないわけではないが。


「本当だぞ。ちょっとした心配事くらいはボクにも当然ある。だがそんなことでいちいち心配させたくはないぞ。君にもそんなことくらいはあると思うぞ?」


「それはそうですけど」


 アルカはすぐに納得してくれた。


 ……すまないな。言わないのは特にすごい理由があるからじゃなくて、ただ見栄のせいだから。偉そうに言っておいていざボクは彼女にこんなくだらない感情を抱いているから。


 彼女……そう、ボクはアルカにも嫉妬していた。


 アルカはボクより弱い。模擬戦をしてもほとんどボクが勝ち、今回の戦いでもアルカよりはボクの方がもっとスムーズだったと言う自信がある。だがそれは今の力に過ぎない。編入したばかりの時と比べると、今のアルカはまるで別人のように強くなった。


 編入直後のアルカは未熟な子どもだった。正直に言えばあの時のボクどころか、アルカと同じ年頃のボクの方が強かったはずだ。しかし、アルカは結局驚異的な成長を遂げた。このままでは近いうちにアルカがボクを飛び越えるだろう。


 その上、ボクたちが暴走体とオメガ部隊を相手にする間、イシリンは一人で生徒たちを全部守った。押し寄せるローレースアルファとオメガの軍勢を相手に、ただ自分の魔法という武器だけで接近さえ許さなかった。その完璧な防御がボクと彼女の差を如実に示していた。


 それ自体に問題はない。アルカがいつかボクより強くなっても、イシリンがボクよりはるかに強いとしても。競争心は感じるが、それ以上の否定的な感情はない。否定的な感情はすべてボクに向けられていた。こんなくだらないことを気にしている自分自身が恥ずかしくてたまらない。


 ボクは結局テリアの役に立たない存在なのか。だんだんそうなっていくのか。余計な悩みだと分かっていながらやめられない。テリアに言ったらきっと違うと否定してくれるだろう。しかし、それを素直に受け入れる自信がない。


「お姉様を見ているといつも思うようになります。私って人がどんなにつまらない人なのか」


 突然アルカがそんなことを言った。驚いて彼女を見つめると、残念そうに曖昧な笑みだった。


 ……知っていたのか。ボクが何を考えているのか。


「お姉様は私が〝主人公〟だからいつかは私がお姉様を飛び越えるとおっしゃいました。でもお姉様との差は縮まるどころかだんだん大きくなるばかりです。お姉様がそのために努力していることは知っていますけれど、時々考えるようになります。お姉様がおっしゃったことが本当に事実なら、私はお姉様と一緒にいる資格があるのかなって」


 アルカもボクと同じ考えをしていたんだな。それも当然なのか。テリアの傍にいると嫌でもそんなに考えるようになる。友人としても家族としても、彼女を大切だと思うのでもっと自分自身と彼女を比較してしまう。この程度に過ぎない自分が彼女の役に立つのか疑ってしまう。


 しかし、アルカの笑顔は暗くなかった。


「私はお姉様を信じてみることにしました。お姉様が言った『バルセイ』というゲーム……終盤には今の私よりずっと強くなっていたとおっしゃいましたね。そして今の私は『バルセイ』プロローグの私よりずっと強いから、これからはもっとすごい人になっているって」


「……ボクにもそう言ったな」


 正直に言うと、そのまま信じることは難しい。明確な根拠がないから、ただのリップサービスに過ぎないとも思うし。


 しかしそれがただのリップサービスであるだけなら、テリアがそのようなことを言うとは思えない。むしろボクたちにもっと強くなる余地がなければ彼女はボクたちを放っておいて一人で突進してしまうだろう。そんな奴だと確信するほどテリアを知っている。だからこそ彼女を、彼女が言った未来のボクを信じることができた。


「私たち、一緒に強くなりましょう。いつかお姉様が私たちのおかげで助かったと言える人になれるように。お姉様にできないことができる人になれるように。ジェリアお姉さんもそれを望んでるじゃないですか?」


「ああ」


 アルカはボクに手を差し伸べた。ボクはその手を握った。


 アルカがボクと同じことを考えていることは慰めになった。多分アルカだけじゃないだろう。ロベルもトリアもリディアもそうだろう。もしかしたらジェフィスの奴も。ケインはよくわからないが……あいつもテリアに何の感情もなかったら、今のように協力しなかっただろう。交流の浅いシドの奴だけはまだよくわからないが。


 だが……そうだとしても、心の中から消えない影があった。


 テリアの奴が最初から乗り出していたら、おそらく今日の暴走族とオメガ部隊を一人でも十分に相手にしていただろう。ボクは全力を尽くしてこそやっと両方を同時に相手にして勝てる程度に過ぎない。少なくともこの程度の事件は一人で解決できるようにならないと。


 過去のテリアは一人で重要なものを引き受けようとする傾向が強かった。その理由はいろいろあるだろうが、一人でも解決できるという考えもあったのだろう。実際にそうなるために努力してきたことが今ではわかる。


 それなら……ボクもそうならないと。少なくとも『バルセイ』のボクが到達したという領域。終盤になってようやく完成したというボクの本当の力を、もっと早く手に入れないとな。


 考えていたボクは思わずポケットをつかんだ。以前拾った……そしてまだ持っている黒騎士魔道具が入っているポケットを。


―――――


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