ジェリアの苦悩

 私とテリアはアルカの方を振り向いた。ロベルとトリアがローレースオメガたちを相手にしている間、アルカがミッドレースアルファの暴走体を攻略していた。テリアが瞬く間にオメガたちを整理したこちらとは異なり、そちらはまだアルカが一人で暴走体を相手にしていた。だが最初から優位にあっただけに戦況は有利だった。


 もちろん見物ばかりしているつもりはない。


 ――天空流〈彗星描き〉


 ――狂竜剣流〈竜王撃・牙突〉


 テリアはオメガ部隊の方に突進し、ボクは魔力の渦を凝縮した突きを放ちながらアルカの方に向かった。暴主体は強力な防御膜を展開した。しかしボクの突きがその防御膜を突き破って奴のわき腹を貫いた。それが隙間を作り出した。アルカはそれを逃さなかった。


 ――天空流奥義〈空に輝くたった一つの星〉


 アルカの限界まで魔力が凝縮された一発の矢が暴走体の心臓を貫いた。暴走体の胸に大きな穴があいたが、あれくらいはすぐ再生できる。しかし、心臓のような重要な部位を早く再生するためには鈍くならざるを得ない。ボクの前でそれは致命的な隙間だぞ。


 ――『冬天』専用技〈万年剥製〉


 心臓の穴に重剣を突き刺して『冬天』の魔力を展開した。暴走体はあっという間に氷に覆われた。奴の強力な細胞は『冬天』の氷の中でも魔力を放出してもがいたが、それもすぐに静まった。


「やっぱりジェリアお姉さんはすごいんです! あんな強力な魔物の死体を保存したまま倒せるなんて」


 アルカはそう言ったが、ボクは苦笑いせざるを得なかった。


「『冬天』がちょうどそんな魔力にすぎないぞ。そして君はすでに『万魔掌握』で『冬天』を習得しているはずだが?」


「私はただ特性を習得しただけですよ。最初からその能力を持って鍛えてきたジェリアお姉さんには勝てません」


「勝ってしまったらボクが困るんだぞ。そして君は一つの深さは足りないとしても、多様な能力を扱うことができる。君の本来の力である『万魔掌握』を扱う技量はもう円熟だしな。ボクを羨む必要はないぞ」


『万魔掌握』の基本的な能力は周りの魔力を集束して自分のもののように扱うこと。しかし、それを拡張すれば集束せずに周りの魔力をそれ自体として活用し、特性まで付与して遠距離でも強力な現象を起こすことができる。アルカは特性付与はまだ未熟だが、他の技量はすでに十分だ。


 しかし、アルカの表情は少し微妙だった。彼女の視線はテリアに向けられていた。すでにオメガ部隊の状況もテリアが合流してすぐ終わり、今はテリアがロベルとトリアと何か話を交わしていた。


 アルカはテリア……というより、彼女が制圧したオメガ部隊の方を見ていた。


「でも私は足りないんですよ。この程度ではお姉様を追いかけることはできません。実は今も怖いんです。お姉様がだんだん遠ざかっているようで……今もお姉様に追いつけずにいるのに、お姉様がいつかとても遠いところに行ってしまいそうです。私がお姉様の傍に立つことができないと思ったら、お姉様はまた以前のように私を放っておいて一人で進んでしまうでしょう」


「……否定はできないぞ。テリアはそんな奴だからな」


 アルカの頭に手をのせた。アルカは苦悩していたが、頭を撫でると私を見上げた。


「だが心配する必要はないぞ。君はテリアをよく追いつけているからな。テリアが言ったように君がこの世界の〝主人公〟なら、君には十分な才能がある。そしてその才能は今もよく発揮されている。少なくともボクはそう思うぞ」


「……やっぱりジェリアお姉さんはすごいですね。お姉様よりもっとお姉さんみたいです」


「こう見えてもテリアより三年上だぞ。まぁ、テリアの奴がちょっと年取ったように見えるが」


「お姉様が老顔ってことですか?」


 アルカは頬を膨らませた。可愛いが、不快にさせるのはいいことではないぞ。


「はは、冗談だぞ。テリアは成熟してこそ美しい奴だからな」


「それは結局遠回しに言って老顔ってことじゃないですか?」


 アルカは不機嫌そうにボクを睨みつけたが、すぐにニッコリ笑って舌を出した。


「まぁ、実はお姉様がそういう印象ではあります。……私がこんなことを言ったのはお姉様には秘密ですよ?」


「ハハ、心配するな。ボクも共犯だからな」


 ボクも女性にしては巨人と呼ばれるほど背が高いが、テリアはすでにボクの身長に追いついた。そういえば『バルセイ』では設定上、ボクとテリアの身長が似ていたそうだ。だからもっと成熟して見えるのだろう。ボクもテリアもすでにこの国の法律で成人ではあるが。


「……内面が大人かというのは別問題だが」


「え? 今、何とおっしゃいましたか?」


「ただの独り言だぞ」


 アルカはシリアの傍に立つために真剣に精進している。自分の不足を自覚し、テリアの役に立つために。もちろんボクもそれは同じだが……多分アルカには今のボクのような感情はないだろう。こんなしつこい劣等感なんか。


 テリアが嫌いなわけではない。ボクが彼女より優れていなければいけないとは思わない。むしろ彼女の実力も人柄も認めているし、彼女の役に立ちたいと心から願っている。しかし……役に立ちたいと願うのはということと同じ意味だ。


 ボクに先に近づいてきたのはテリアだったが、ボクこそ彼女の実力に注目し、彼女をライバルだと思った。その後は競争よりも彼女と一緒に精進することを目指した。だが初めて会った時から今まで、彼女はずっとボクよりずっと先にいた。


 テリアを助けたい。彼女の傍に並んで立って、近づいてくる脅威を彼女と一緒に乗り越えたい。騎士として、親友として対等な関係を結びたい。しかし、今のボクにはそれほどの力がない。そして彼女とボクの差は初めて会った時よりもはるかに大きくなってしまった。


 ボクには何ができるのか。何の助けをあげられるのか。その質問に何も答えられないことにあまりにも腹が立ったし……悲しかった。


―――――


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