マルコの観点

「マルコ様。あの御方がテリア公女に注目なさる理由は何でしょうか?」


 セリカ先輩がマルコに聞いた。


 僕とトリア姉貴はマルコとセリカ先輩と一緒に別室にいた。特に歓談を交わすほどの間柄ではないが、情報を収集できるかもしれないという考えでマルコと少しやり取りをしていた時だった。対話に参加しなかったセリカ先輩が突然口を開いたのだ。


「テリア公女に不満があるのですか?」


「い、いいえ! そういうことではありません。むしろテリア公女はいい御方だと思いますし、直接お話ししたのも光栄ですよ! ただ……『主人』の一人の人間へのご関心の理由は何かと思いまして」


 意味は少し違うが、僕もセリカ先輩の言葉には同感だ。多分トリア姉貴も、そしてテリアお嬢様さえも同じように考えているのだろう。邪毒神が特定の個人に関心を持って支援意思を示すとは、前例がない。しかも邪毒神はこの世界を治める五大神と同格の存在。そのような存在が単なる個人を注視すること自体が異例のことだろう。


 しかし、マルコは穏やかに笑いながら首を横に振った。


「私も正確な理由はわかりません。そもそも誰も知らないはずです。セリカ、貴方も主人の啓示を受けましたよね?」


「〝理由は聞かないで〟っておっしゃったアレのことですか?」


「邪毒神がそんなラフな啓示をくれたりしますか?」


 呆れて思わず割り込んでしまった。セリカ先輩とマルコも苦笑いしているのを見ると、それなりに考えるところはあるのだろう。


「そうなんです。そんなわけで私たちもなぜ『主人』がテリア公女に注目されるのかはわかりません。ただそれが『主人』の意思なら、私たちはそれに従うだけです」


「私たちが仕える御方だからといって、何の疑いもなくただ従うだけなのでしょうか?」


 セリカ先輩がそう指摘した。


 少し意外だね。『隠された島の主人』の信奉者たちはみんな何も考えずに従うものだと思っていたのに。安息領の分派の中で過激な奴らは邪毒神の意思に疑問を示すだけで粛清してしまい、そうでない奴らもきれいには見ないと聞いたけど。信奉者たちは安息領ほど強圧的ではないようだ。


「セリカさん。何の考えもなく従うのではありません。何の考えも疑いもなくただ盲信することは『主人』も望んでいないでしょう」


「でも『主人』の意思なら従うだけだとおっしゃいましたよね?」


「もちろんそうです。しかし、それは指示だけに盲目的に従うという意味ではありません。『主人』は偉大な御方なのですが、私たちと同じく理性と感情を持った御方。当然ご所望のものがあります。私たちはあの御方の使徒として、あの御方のご所望を先に察し、その成就のために尽力するのです」


「『主人』のご所望のもの……私たちなどが役に立つのでしょうか? いいえ、あの御方のご所望のものが何なのかわかることができましょうか?」


「それは努力と意志次第でしょう。ただ……」


 マルコはしばらく話を止め、僕とトリア姉貴に視線を向けた。探索……ではないか。むしろ僕たちに合図しているような気がした。ウィンクまでするんだな。


「私はあの御方とこの世界の間にある程度の縁があると思います」


「あの御方がこの世界の存在だということですか?」


「そこまでは言いませんでした。そして、この世界の存在が邪毒神となって再び戻ってくるのは……まぁ、不可能だとは言えませんね。そもそも神に昇天した前例がありませんから。ただ、私はあの御方がこの世界出身だという意味で言ったのではありません」


 この世界の存在でないとしても、何か縁を結んだ可能性はあるだろう。考えてみると、イシリンさんもそういうケースだと言えるし。とにかく、『隠された島の主人』の目的がテリアお嬢様と何か関係があるということだけは明らかに見える。


 どうやらマルコもそう思っているようだ。


「この世界の存在ではなかったとしても、邪毒神は世界の間を周遊する存在たち。あの御方も何か未練を持っていらっしゃるかもしれません。そして私はあの御方の悲願の手がかりがテリア公女だと思います。あの御方が本当に何をお望みになるのかはわかりませんが、テリア公女を助けることがあの御方の悲願をかなえる道でしょう。それがあの御方の恩を受けた私たちが恩返しできる方法です」


「では、貴方たちはその邪毒神のためにお嬢様を助けるということですか?」


 トリア姉貴が聞いた。姉貴の厳しい表情の中に何の考えが隠されているかは分からないが、少なくともマルコの言うことを不快に思う様子ではなかった。まぁ、マルコの言葉が本気なら、僕たちとしてはありがたくもその協力を受け入れるだけだが。


「簡単に言えばそうです。もちろん、邪毒神を信奉する私たちを信じがたいことは理解しています。あの御方も信用されないことを前提にテリア公女を助けるとおっしゃいました」


「確かに貴方たちを百パーセント信じることはできません。ですが、お嬢様は貴方たちを利用しようという程度のことは考えていらっしゃるんでしょう。そうでなかったら貴方たちの呼びかけに応じることもなかったでしょう。邪毒神との会談なども断ったでしょうし。これからのことによってはその認識がさらに変わることもあるでしょう」


「それはありがたいことですね」


 もちろん安心することはできない。騎士科の生徒としての強さと意外性が注目されるものの、本質的にお嬢様は公爵領嬢。公爵家の歓心を買うのが彼らの思惑かもしれないから。しかし、邪毒神が直接介入するのなら見た目通りの目的である可能性も十分にあるだろう。邪毒神があえて人間公爵家などの歓心を買う必要はないだろうから。


 一方、セリカ先輩はマルコの言葉をかみしめていた。


「『主人』に恩返しする……ですか。本当にそうなるといいですね。そのためにもあの御方が何を追求されているのか知りたいです」


 セリカ先輩はお嬢様が邪毒神と会話している部屋の方向を振り返りながら、ふと呟いた。


「あの御方はテリア公女に何をくださるのでしょうか?」


―――――


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