再会

 セリカ先輩との会談はすぐに実現した。いや、セリカ先輩というか、マルコ・アレクシスとの直接会談が。


 そもそもそっちから私を呼んだのだから当然のことだろう。それでも少し驚いた。マルコは信奉者の大幹部だから。教主級ではないとしても、大幹部と呼ばれる者との会談がこれほど簡単に実現するとは思わなかった。簡単にというか、そっちの方がすでに席と時間を全部設けてあるという感じだけれども。


 今はロベルとトリア、そして平凡な人間少女の姿で顕現したイシリンまで連れて約束の場所に向かっている。


「テリア公女が会談を受諾されたと申し上げると、マルコ様が喜んでいました」


 私たちを案内していたセリカ先輩が微笑んだ。


「そうですの。何のために私を呼んだのか、詳しく聞いたことはありませんか?」


「すみません、そこまでは私もよくわかりません。事前に申し上げた通り、『主人』の御心だということしか聞いていないんですよ」


「そうですの」


 まぁ、末端のセリカ先輩に詳しいことは教えてくれないだろう。大幹部のマルコが直接私と接触するならなおさら。


 約束の場所はあまり頻繁に来たことがないけれど、だからといって最初から見慣れない場所ではなかった。以前信奉者たちの集会に潜入してマルコと会ったあの建物だったから。それにこの建物は少し離れた所にあるけれど、都心の中にある建物だ。問題が起きれば警備隊や騎士団が駆けつける場所だから、下手に変なことはできないだろう。


 ……と安心するわけにはいかないのかしら。


 かすかだけど、建物の中から邪毒が感じられる。この前はこんな感じがなかったのに。位置はこの前マルコと話した部屋の近くかしら。あまりにもかすかで正確にどんな気配なのかはわからない。でも油断はしない方がいいだろう。


「でも私は嬉しいです」


 いきなりセリカ先輩がそんなことを言った。


「何がですの?」


「このようにテリア公女とお話ができますからね」


「……?」


 意味がわからない。私と話すのがなんでセリカ先輩を喜ばせるのかしら。しかし、セリカ先輩の笑顔は本気のようだった。


「私だけじゃないです。多くの同志がテリア公女に注目していますよ。『主人』がここまで注目されている個人は唯一ですからね」


「私がどんな人なのかもよくわからないのに、ただ仕える者が注目するという理由だけでそう思うんですの?」


 信者にとって、仕える神が個人に注目するというのは相当なことだろう。しかし、ただ神様が注目するという理由一つだけでよく知らない個人を仰ぐのは、心が空っぽの偶像崇拝のようで忌まわしい。しかも今回はその対象が私だし。


 私の考えを察したらしく、セリカ先輩は苦笑いした。


「『主人』がご注目なさっているからだけじゃありません。外見だけとはいえ、多くの人がテリア公女のことをある程度知っていますよ」


「意味がわかりませんね。邪毒神が私のことを見せてくれたんですの?」


「はい」


「……邪毒神もプライバシー侵害で訴えられますの?」


 呆れて思わず失言を言ってしまった。それでもセリカ先輩が小さく笑ったから、会話の雰囲気をほぐす冗談だったとしよう。


「フフッ……とにかく、『主人』はテリア公女のことを多くの同志にお見せになってくれました。正確にはテリア公女がどんな仕事をしてこられたのか……誰のために何をされたのかをです」


「それを見て私のことを肯定的に思うようになったということですの?」


「そんな感じですよ。思ったより真剣にテリア公女のファンを自任する同志がかなり多いんですよ?」


「……微妙な気分ですわね」


 狂信者に愛される立場だなんて。これを何て言えばいいのだろう。


 そんな感じでセリカ先輩とやり取りしながら歩いていると、いつの間にかマルコが待っている部屋に到着した。セリカ先輩がドアをノックし、中から入ってこいという声が聞こえてきた。部屋に入ると、なぜかマルコは壁に立って待っていた。壁というか、部屋の奥にあるもう一つのドアの横だった。


 マルコは私を見るやいなや頭を深く下げた。


「いらっしゃいませ、テリア公女」


「丁寧な対応はありがたいのですが、大幹部の貴方がなんであえて立っているのですの?」


「私はこの場で一番尊敬される立場ではありませんからね」


 すぐ理解した。


 私を迎えるために、ではない。いくら彼らの神様が私に注目しているとしても、彼らにとってが誰かは明らかだから。それを思い出さざるを得なくさせる気配が、マルコの傍にあるドアの後ろで感じられた。


 さっきから建物の中から感じていたかすかな邪毒。その正体を悟った。いや、さっきから予想していたことに確信を得たというか。


【時間の無駄はしたくないから、さっそく始めてみようか】


 ドアが開き、一人の存在がゆっくりと歩いてきた。


 まるで墨が塊になったような真っ黒な存在。黒い陽炎に包まれていてシルエットを見分けることさえままならなかったけれど、かろうじて女性形ということだけはわかる身体。邪毒の塊だけど、不思議なほど邪毒がほとんど感じられない肉体。


『隠された島の主人』の分身体――安息領の王都テロの時、ピエリの陰謀を一撃で粉砕したその存在が、呆れるほど平然と立っていた。


「……常識がねじれる気分だよ」


【その気持ちはわかるけど、貴方はもうこの姿を見たでしょ?】


「邪毒神の分身が堂々と闊歩するなんて、何度見てもおかしいな光景だからね」


【貴方の傍にいるあいつも同じじゃない?】


 目鼻立ちの区分さえできない顔だけど、なんとなく奴の視線がイシリンに向けられたのが感じられた。


「ああ、神様……!」


 一方、セリカ先輩は事前に伝えられなかったのか、『隠された島の主人』の分身の前に伏せて感激していた。マルコも何か感激して泣きそうな表情だったけれど、毅然と立ったままセリカ先輩を起こそうとした。


『隠された島の主人』の視線がマルコとセリカ先輩に向けられた。


【信徒たちよ。しばらく退いていなさい。……そして貴方。そっちも人を選別してほしいんだけど】


―――――


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