安息領だった者の話

 城壁の術式を攻略する方法は他にもあったけれど、わざと選ばなかった。ただ正直な斬撃を浴びせ、力と技術で城壁の術式を破っちゃっただけ。城壁の術式が強力だということを認め、方式だ。


「さすがテリアさんです。ご上手な腕前ですね」


「ありがとうございます」


 平然とやり取りするベノンさんと私をメリネリアさんが唖然とした顔で眺めた。


「あの、貴方は……オステノヴァ公爵家の令嬢じゃないですの?」


「その通りです、メリネリア様」


「オステノヴァがこんなに強い公爵家だったんですの?」


「それは……ごめんなさい、話は後回しにしましょう」


 氷城の中で座り込みをしていた安息領の奴らが慌ただしく動く気配が感じられた。ベノンさんをはじめとする騎士たちも安息領を攻撃する準備をしていた。破壊された氷壁が完全に崩れるのを待っているようだ。


 それを無視して前に出る。


「時間がもったいないわよ」


 ――天空流〈彗星描き〉


 真っ二つに割れたまま倒れた氷壁を壊して中に進入する。すでに壊れた氷壁にも防御の術式が生きていたけれど、それを正面から引き裂いた。巨大な氷の破片が内側を蹂躙し、安息領の奴らの隊列が崩れた。一瞥すらせず、魔力だけで安息領の奴らの位置を全て把握した。


 ――天空流〈月光蔓延〉


 目に見えないほど速い乱舞で安息領の奴らの手足を切断した。そして魔力で奴らの傷を止血し、奴らの魔力と動きを封じた。あっという間に起こったことだった。


 一番近くにいる奴に近づいて首に剣を突きつけた。


「答えて。あんたたちはなぜここにいたの?」


「ど、どうやって神の氷を……」


 どうしてこんな奴らは二度言わせるのだろう?


 奴の足の断面のすぐ前に剣を突き立てた。奴の肩がビクッと上下した。


「あのね、せいぜい止血してくれたじゃない? それを私に直接また破っちゃえと言っているの?」


「ひ、ひぃっ……」


「質問するのは私よ。理解したの?」


 奴は高速で頷いた。頷く勢いが強すぎて首が折れないか心配になるほどだった。素直に言うことを聞いてくれてよかった。脅迫も長くなると面倒だから。


 ちょうどその時、騎士団とメリネリアさんたちも城の中に入ってきた。彼らは私が拘束しておいた奴らに近づいた。多分各自情報を収集するだろう。ジェリアとロベルとトリアは私の方に来た。


「貴方たちはここで何をしていたの?」


「へ、へへ……。オレらは神様に仕える使徒だぜ。神様がいらっしゃる所にいるのが問題かよ?」


「私が聞いたのは何をするのかだったと思うけど?」


 剣を持った手に力を込めた。それだけでも奴はおびえた。チョロいわね、こいつ。


「お、オレらはあの御方の意思を代行していたぜ。あの御方は誰もここに入れるなとおっしゃったぜ」


「直接やり取りするの?」


「ふ、ふはは。当然だぜ。偉大なあの御方に不可能なことはねぇ! ……といっても一方的なことだが」


『隠された島の主人』と同じね。あいつほど幅広く影響を及ぼすわけじゃないようだけれど。……いや、もしかしたら私が知らないだけで、安息領に命令を出しているかもしれない。


「その邪毒神の目的は何? 安息領を部下として使うの?」


 私としては当然の疑問だった。しかし奴は鼻で笑った。


「は! そんな奴らなんか、オレらの神様には何の役にも立たねぇ!」


「あんた安息領じゃなかったの?」


「そんな奴らなんか捨てたぜ!」


 これはどういう意味だろう?


「どういう意味?」


「言う通りだぜ。オレが安息領だったことは認めるよぉ。しかしあの御方に会ってオレは、オレらは思い知ったぜ。オレらが本当に仕えるべき御方が誰なのかを」


 つまり『凍りついた深淵の暴君』に接して安息領を脱退したということ?


 そういえば、メリネリアさんが言ってたよね。こいつらは海の向こうの安息領との接触も拒否しているって。心から安息領と決別するつもりだったのかしら。


「それで? その邪毒神の指示はここを封鎖することだけだったの?」


「あの御方はオレらに未来を見せてくれたぜ。愚かな安息領の奴らがもたらす未来とあの御方が望む未来をな」


「安息領がもたらす未来は何?」


「バルメリア王国は滅亡するぜ。バルメリアの民の半分は死ぬだろう。そしてその周りにある国々はただ一人も草一株も生き残れなくなるぜ」


「あんたたちが犯すテロと何が違うの?」


「オレらは偉大な神々の福音を広めるために犠牲を払うだけだ! 対策なしにすべて殺すのはオレらが望むことじゃねぇ!」


 規模が違うだけで同じことなのに。


 まぁ、それはともかく。実は邪毒神が見せてくれた未来というのが気になった。安息領がもたらす未来……それはきっと『バルセイ』の描写だから。具体的に言えば『バルセイ』ストーリー終盤パートの内容だ。


 数々の悲劇が起こり……その一つの悲劇がまさに、私が中ボスとして死んだそのチャプターのことだから。


 邪毒神だから未来のことも見られるのか。それとも『バルセイ』について知っているのか。……後者の可能性も真剣に検討すべきだろう。『隠された島の主人』も『バルセイ』について知っているようだったから。


「邪毒神がどうしてあえてそれを見せてくれたの?」


「あの御方はオレらを救おうとしているのだぜ!」


「戯言はやめよ。ちゃんと答えないと斬っちゃうわよ?」


「……オレらも知らねぇ。そもそもあの御方はオレらに未来を見せてここを封鎖しろって指示を下しただけだぜ。それ以外のことは本当に知らねぇ」


「理由も言わなかったの? まさか救いとかもただあんたの妄想なの?」


「……」


 その後もいくつか質問をしてみたけれど、有益な情報は得られなかった。どうやらこいつらは邪毒神に思う存分利用されただけみたいだね。他の誰かが何か有用な情報を得ることを願おう。


 そう思いながら立ち上がったけど、ジェリアが眉をひそめて城の奥を見つめていた。


「ジェリア? どうしたの?」


「……なんか妙な感じがするぞ」


「妙な感じ?」


「まるであそこにある何かがボクを引っ張っているようだな」


 引っ張っている?


 ジェリアが指したところには確かに何かがあった。壁越しなので目には見えなかったけど、力強い魔力が存在感をアピールしていた。


 あれは確かに……ここに降臨した邪毒神の力の片鱗のようだけれども。


―――――


読んでくださってありがとうございます!

面白かった! とか、これからも楽しみ! とお考えでしたら!

一個だけでもいいから、☆とフォローをくだされば嬉しいです! 力になります!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る