彼らの現実と邪毒神の意図

 その態度を見たベノンさんが先に口を開いた。


「おっしゃいづらい問題でしたらおっしゃっていただかなくても結構です。敏感な問題に生半可に足を踏み入れようとして申し訳ありません」


「い、いいえ。そういうことではありません。むしろ私たちとしてもバルメリア王国の皆さんの力を借りることができれば良いことですの。ただ……その、ちょっと…… 私たちとしては恥ずかしいことなので……」


 メリネリアさんもそうだし、他の人たちもそうだし。困った顔を見ると、個人的な恥ずかしさとは違うようだ。何かしら?


 ガロムさんはため息をついて出ようとしたけど、メリネリアさんが「言うなら私が言うべきことですわよ」と彼を制止した。


「実は邪毒神の力の破片が現れてから暴れている者たちがいるんですの」


「安息領ですか?」


 安息領は全世界に存在する。どうしてもバルメリア王国が世界でも指折りの強大国であるため、安息領の戦力もバルメリアに集中した感がある。でも、だからといってバルメリアだけに存在するわけではない。最高幹部である安息八賢人のうち五人がバルメリアではなく、他の国の出身だし。当然、この北方の大陸にも安息領はあった。奴らなら邪毒神の力の降臨はきっと歓喜すべきことだっただろう。


 ところが、メリネリアさんの表情が少し妙だった。


「えっと……安息領といえば安息領なんですけれども。ちょっと変質したというか」


「変質ですか?」


「ええ、ここは今環境が環境なんですので、似非宗教やテロに心酔している余裕なんてありませんもの。さらに、彼らは邪毒神の力の破片に接触を試みたようでした。でも、その後何かおかしくなった気がしますの。それに仲間であるはずの海の向こうの安息領との接触も拒否していました」


「奴らは今どこにいますか?」


「……昔の王城ですの」


 メリネリアさんは恥ずかしがる顔で頭を下げた。


 ……ああ、つまり昔の王城を奴らに乗っ取られたことね。何が恥ずかしいのかと思ったらそっちのようだ。確かに昔の姫としては恥ずかしいことではあるだろう。メリネリアさんには何もできない年齢だったと思うけれど。


 ベノンさんも状況を理解し、苦笑いした。


「安息領が王城を占拠したようですね。ということは、邪毒神の力の破片が王城に降臨したのですか?」


「ええ。ある日突然現れたそうですの。その時、私は赤ん坊でしたので覚えていませんが、一瞬にして王城が崩れ、王都が凍りついたそうですの。その状況で誰も死ななかったのは奇跡でしょう」


 さぁね、どうだろうか。もし邪毒神の目的が人を殺すことだったとすれば、そのような奇跡など起きられなかった。ところがそのような奇跡が起きたということは、力を降臨させた邪毒神の方がわざと人が死なないように力を操作したという意味だ。


 あえてそうした理由はわからないけど、過去には虐殺ではなく支配を目的にわざと命だけを奪わないように調節した邪毒神もいた。ここを占拠した『凍りついた深淵の暴君』もそういうケースかもしれない。その上、奴がこのような過酷な環境を作ったせいで人が大変になったので、人命が目的ではないと確信することもできないもの。


「安息領は何をしていますか?」


「わかりません。王城を占拠した後は、ただ王城の中に閉じこもっているだけですの。外に出てもいないんですもの。私たちが王城に入ろうとすると防いではいますが、それ以外の行動はありません」


「そうですか。いっそいいことです。どうせ邪毒神の力の破片も王城にあるから、王城に行けばいいんですね」


 メリネリアさんたちが私たちを案内した。私たちだけなら魔道バイクですぐに移動できるけど、メリネリアさんたちを乗せるだけの数量がないから。徒歩で移動すると数日はかかるという。そのように移動する間、私たちは北方の大陸の実態を直接見た。


 残酷でも悲劇的でもない。ただ……大変そうに見えた。魔物も人間同士の戦争もないのに、ただの寒さが彼らを苦しめた。服を重ね着しても、火をつけても耐え難い寒さがすべてを凍らせた。食べ物を食べることさえ大変だったけれど、ぎりぎりなんとか生きていくことはできた。それが人生の希望をつかみ、その希望のために苦しい人生が続いていた。


 そんな民の姿を、メリネリアさんは悲しい目で眺めた。


「邪毒神は一体何をしたいのでしょうか」


「奴らの考えを理解しようとするのは意味がありません。もともとそういう奴らです。利益も感情も追い求めません。いや、奴らの利益と感情は人間のものとは違うというのが正しいでしょう」


「……そうですか」


 残念ながら、邪毒神の力は災害のようなもの。『息づく滅亡の太陽』は海の真ん中の休養地に降臨したため、大きな被害はなかった。だけど『凍りついた深淵の暴君』は大陸全域を襲った災いだった。正直、邪毒神にしてはかなり方だけど、リアルタイムで死んでいく人たちには全然そうではないだろう。


「テリア。この大陸は『バルセイ』の主要舞台の一つだったな?」


 ジェリアが質問をしてきた。私は頷いた。


「『バルセイ』では大きな事件が起きる場所がいくつかあったの。この大陸もその一つで、『息づく滅亡の太陽』が占拠した島も同じだったわね。他の邪毒神が占めた所もそうだし……どうやらこの邪毒神たちは『バルセイ』の重要ポイントを占拠しようとしているらしいわ」


「事件をさらに拡大するのが狙いか?」


「さぁね……何を狙ったのかはまだ分からないの。でもそうだと確言はできないと思う」


「どういう意味だ?」


「燃える海はともかく、この北方の大陸や他の邪毒神が占めたところは人が関わっていたの。黒幕の邪毒神が人を操ったというか? ところが、今の邪毒神たちが地域を占拠してインフラを麻痺させてしまって事件がむしろ起きにくくなったわ」


 正直、すごく意外だ。しかし重要なのはそれが偶然なのか、それとも邪毒神たちが意図したことなのかを調べることだろう。


 そのような話をしながら数日歩いた末、私たちは旧ベルフロスト王国の王都に到着した。


―――――


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