エピローグ 新しい決意

「いつの間にかここにいたぞ。最初は追い出そうとしたが、そのたびに不思議な力でボクたちを麻痺させた。君に危害を加えようとする気配もなくただじっと座っているだけで、一旦君が起きたら聞いてみようとしたぞ」


 ジェリアは屈辱的だと言うような顔で舌打ちした。


 ……まぁそうだっただろう。力も力で、いろんな特殊性もあって今の攻略対象者たちはあの竜人少女に勝てない。つまり物理的に排除できないし、害を及ぼそうとする気配がないから仕方なく放置しておいたということだろう。


 竜人少女は私と目が合うやいなや口を開いた。


「思ったより早く起きたわね」


「……ふふっ。やっぱり貴方もそう思うの? イシリン」


 イシリン。


 本来の形を失って昔の浄化神剣に宿っていた彼女が、人間に似た形状を得てこの世界に現れた姿。それがあの竜人少女の姿だ。


 邪毒の剣は魂を吸収するほど強くなる。……いや、強くなるというより、イシリンの昔の力を取り戻すというのが正確な表現だろう。そしてある程度力を取り戻せば、彼女は自分の力で肉体を構成して顕現できるようになる。当然本来の姿じゃないけれど、あえて人間に似た形をとったのは様々な利便性のためで。


『バルセイ』でもあった機能ではあるけど、後半でやっと解禁される機能だった。それがすでに発現したのは、それだけ邪毒獣の魂を吸収したことが大きかったということだろう。


 私が当然のようにイシリンとやり取りを交わすとみんなが安堵したような気配が伝えられた。でも疑問は消えていない。


「それで? テリアと知り合いではあるらしいが、君は誰だ?」


 ジェリアは尋ねたけれどイシリンは答えなかった。私だけを眺める姿がまるでジェリアを無視するようで、ジェリアが眉間にしわを寄せた。でも私に向けられた眼差しは決してジェリアを無視するたじゃなかった。


〝話は貴方に任せるわよ〟


 私の意志にすべてを任せるという、イシリンなりの決意であり配慮だった。


「ええっと……名前はイシリン。一応知り合いよ。竜人だけど」


「竜人って何だ?」


 えっ、そっちから? まぁ実際に竜人という存在はこの世界にないし、前世のファンタジーに出てきた名前を勝手に持ってきただけだから。


「それは重要なことじゃないからさておいて……そうね」


 ……何の話をどうすればいいのかしら?


 いざ話をしようとすると何をどこまで話すか分からなかった。


 邪毒の剣イシリン。彼女のことを話すには、必然的に彼女の正体と手に入れた経緯について話さなきゃならない。それを避ける方法は嘘をつくことだけ。でも真実を話そうとすれば結局私の前世の記憶にまでたどり着くことになる。


 その時になってやっと私はイシリンがなぜ姿を現したのか、彼女が本当に望むことが何なのかに気づいた。


 気づいてみると少し腹が立つ。イシリンが私のすべての方針に同意してくれたわけじゃなかったけれど、このようなやり方で私の意思を覆すことは望んでいなかったのに。


 そんな気持ちが顔に出てしまったのかしら。イシリンは眉をひそめて口を開いた。


「テリア。貴方も今回のことで気づいたでしょ?」


「何のことを?」


「一人で悩むことと一緒に悩むことの違いね」


 イシリンの視線がゆっくりと動いた。アルカへ、ジェリアへ、そして他のみんなへ。感情が表れない眼差しだったけれど、彼女が何を考えているのかは手に取るように分かった。


「テリア。貴方が今まで秘密にしてきたのは貴方自身のためだったの? 違うでしょ。なら人のため? それも違う。むしろ話をした方がいいわよ。それでもずっとバカみたいに一人だけ抱え込むつもり? 見ている私がもどかしいからやめて」


「……貴方、最初からそれを話そうとわざとその姿で現れたわね?」


「やっと分かった?」


 やっぱりそういうことだったんだ。


 そもそも顕現能力を取り戻したとしても、あえて顕現している必要はない。しかも顕現してもただの人間形態で、人間のふりをすることもできる。それでもあえて竜人の姿を取ったのは最初から怪しい存在に対する説明を私がすることになる状況を作るためだったのだ。


「おい、君。どこの何者なのか分からないが、テリアに何かを押し付けるつもりなら許さないぞ」


「そうです。どこの誰かも知らない人がお嬢様に無礼ですね」


 ジェリアとロベルの言葉だった。でもイシリンは鼻で笑った。


「逆よ。これはテリアと貴方たちのために言っていることだから」


「何を……」


「貴方たちがそんなに信じて慕うテリアが、貴方たちのその気持ちを信じてくれないから。貴方たちも知ってるでしょ? 何かが起こるたびに、テリアは自分が前に出て何とかすることに執着するのを」


「それは……」


 ジェリアは当惑してみんなと視線を交わした。


 よりによってその部分を突くとは。やっぱりイシリンは私の弱点をよく知っている。私を見守ってきた年月が無駄じゃなかったというのかしら。


 さらに、イシリンを支持する人までいた。


「私は大丈夫だと思います」


 アルカだった。


「あの方が誰かはわかりません。もし悪い考えがいるかもしれません。でも……お姉様に危害を加えようとしているようには見えませんよ」


 みんなの視線が私に向けられた。みんなはそうするつもりはないだろうけど、私には決断を迫られているような気がした。


 ……仕方がないよね。


 こうするつもりはなかった。情報を共有しても、最も重要な秘密は誰にも言わないつもりだった。しかしイシリンの言葉通り、それは誰かのための考えじゃなかった。


〝貴方たちのその気持ちを信じてくれないから〟


 疑われるだろうという心配。信頼されないことへの不安。結局そのためだった。


 けれど……いつも私のことを心配してくれるみんなにこのような心を抱くのはという意味に過ぎない。


 何度も訴えてくれた。一人で抱え込むなって。私の力になってくれるって。みんなの心にいつも感謝しながらも、結局一人で先に進むことだけを考えた。それじゃダメだって、私は一人じゃないって……イシリンが言いたいことは、みんなが私に伝えたいことはそれだろう。


 結局私は決心を固めた。


「あの、ね。……転生って、信じられる?」


―――――


いよいよ第6章が終わりました。

第6章は言わば私が考えた本作の1部に該当する部分で、『バルメリア聖女伝記』の話が始まる前の最も大きな事件が終了する重要なチャプターでした。

もちろん『バルセイ』の話が始まるのは第8章からですが、私は第6章を一つの大きな話がまとまる部分と考えています。それで感慨深いですね。もちろんまだ完結ではありませんが。笑


もちろんテリアの物語は続けますので、これからもどうかお楽しみに。

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