天の認め

 気持ちとしては止めたいけれど、みんなを危険にさらすことはできない。それに私にも余裕はなかった。


 ……危なかったわ。


 魔力の義手を変換して使ってしまったため、左腕がない。再び左腕を作るよりピエリの攻撃が早かっただろうし、片手だけでは彼の攻撃に対処できない。ケイン王子たちの支援があったとしても、ピエリにまともな被害を与えることができない彼らにできることは時間稼ぎだけ。その時間稼ぎこそ今のピエリにとって一番大きな脅威だったので退かせたけれど、もし時間が私たちの味方じゃなかったら私たちは全滅だった。


 その上、結界はケイン王子と私が展開したものだったけれど、ピエリが何か手品を使ったのか自力で解除することができなかった。


 まぁ、そもそも〈三十日月〉で結界を壊すために左腕を犠牲にして彼の剣を一瞬無力化したのだったけれども。それでも狙った通りに成功できなかったら危険だっただろう。


「お姉様!」


「お嬢様!」


 アルカとトリアが走ってきた。表情に差はあったけど二人とも私のことをとても心配してくれるのが感じられた。ケイン王子をはじめとする外部組はまだ戦闘が終わっていないので私に近づいてはいなかったけど、私を気にかけてくれる気配は感じられた。


 気持ちだけはその気持ちに甘えたいけれど、まだそんなことする時じゃない。


「お姉様、どこに行かれるんですか!?」


「お嬢様、ご無理はなさらないでください!」


 二人が私を引き止めたけれど、私は止まることなく歩いた。


「まだダメ。忘れたの? 一番重要なことが残ってるでしょ」


「え? 重要なことだなんて……邪毒獣は討伐したじゃないですか。死体の邪毒も浄化されましたよ」


「残りの仕事が何であれ私がやります。お嬢様はどうかお休みください」


「いや、貴方にはダメよ。私以外にできる人がいないの」


 ――紫光技特性模写『空間操作』


 ――『空間操作』専用技〈空間連結〉


 空間を操作して他の空間とつなぐ。目の前に巨大な転移門が開いた。でも転移門には入らなかった。どうせ空間を開けるだけでいいから。


「あ……!」


「私という者が……あれを忘れていたんですね」


 転移門越しの光景を見た二人が同時に嘆声を上げた。まぁそうだろうね。


 この事態の根本的な原因。それは邪毒獣じゃない。そもそも邪毒獣を呼んできた存在があるから。邪毒獣を討伐しても、その存在には何の影響もない。


 そう、あの転移門越しにいることこそ――。


「あれが……時空亀裂……!」


 邪毒獣が越えてきた門――この事態の根本的な原因となった時空亀裂。


 巨大な、あまりにも巨大な亀裂が空間に刻まれていた。まるで巨大な範囲の空間が丸ごと破壊されたような姿だった。そこから大量の邪毒が流れ込んでいたし、気のせいか何か鼓動の音のような気配も感じられた。直ちに『浄潔世界』の結界で邪毒を除去したけれど、時空亀裂自体はそのままだった。


 残念だけど私も亀裂そのものには干渉できない。それでもこのように邪毒を中和することさえ私しかできないので、ひとまず乗り出しただけ。騎士団の本隊が到着すれば封印が可能だから、それまでは私が耐えなくちゃ。


 ……そう思っていた私の右手から、突然強烈な違和感が感じられた。


「うっ!?」


 熱くて重い感じ。その感じの正体は膨大な量の魔力だった。邪毒獣と戦い、ピエリにも対抗して莫大な量の魔力を振り回してきた私さえも耐えられないほどの魔力だった。苦痛じゃなかったけれど、不慣れな感じにとても当惑した。


「お姉様、どうしたんですか!?」


「お嬢様!」


 アルカが〈万魔支配〉を、トリアが〈傀儡の渦〉を展開した。でも私の手に集中する魔力はびくともしなかった。いや、むしろだんだん強くなっていった。


 そして……臨界点を越えた。


 わけもなくそんな考えが突然浮かんだ瞬間、魔力が安定した。消えたのじゃなく、突然集まって固まって物質の形状を作り出したのだ。


 それは……剣だった。


「これ、は……」


 思わず、目を丸くしてしまった。


 長くてまっすぐな純白の剣。装飾はシンプルだけど、剣身に刻まれた文字と文様が素敵な剣だった。剣柄の先のポンメルが鍵を連想させる形だというのが特異だった。


 知っている物だ。知っているけれど、今見られるはずのない品物だった。さらに私が手にすることはもっとない物であり、そんな日が来るという考え自体を一度もしたことがない。


 その光景の意味を理解したトリアが目を見開いた。彼女としては非常に珍しい反応だったので、状況を忘れて思わず笑い出した。


 ……だからといって今の状況の重さが軽くなるわけじゃないけれど。


 トリアのお口がゆっくりと動いた。


「始祖武装……『天上の鍵』……!!!」


「えっ!?」


 オステノヴァ公爵家の始祖武装――『天上の鍵』。


 始祖の力を受け継いだ者の最も高貴で絶対的な証拠が、私の手にあった。


 でも……私はただ空を見上げて愚痴をこぼしたくなるだけだった。


「始祖様。せいぜい認めてくださるのであれば、邪毒獣と戦う時にこの力を下されば良かったですよ? そうされたら楽だったのに」


 愚痴をこぼしても仕方がないことだけど。


 とにかく、『天上の鍵』が私の手にある以上、騎士団の本隊の到着を待つ必要はなくなった。


「空に登って地上を照らす、悠久の世界の記憶よ。今汝の居場所に向かう扉を開ける」


 剣を高く振り上げ、その権能を起動させる。


 ――『天上の鍵』権能発現〈記憶降臨〉


 至高の輝きが剣に降臨した。


 すべてを清くきれいに。すべての不正なものに破滅を。その光はアカデミーの敷地全体を隅々まで照らし、存在するすべての魔物と邪毒を消滅させた。


『天上の鍵』の権能、〈記憶降臨〉。それは過去に存在した魔道具や人間の特性、あるいはいろんな逸話まで、過去を召喚して力に変換すること。そして今その権能が呼んだ記憶はだった。


 これがオリジナルの力。全力で力を開放した光彩だけで一帯を浄化する究極の聖剣。


 そしてその力は……時空亀裂さえも閉じることができる。


 たった一度の剣閃を放つ。それだけで転移門越しにあった時空亀裂は消滅した。アカデミー全域を脅かし、邪毒獣を召喚した割にはあまりにも虚しい最期だった。


「すごい……!」


「さすがお嬢さ……お嬢様!?」


 ……体から力が抜ける。


 邪毒獣との必死の死闘と、直後のピエリとの戦い。そして『天上の鍵』を覚醒させて力を消耗した疲労が一気に出た。


 私はスイッチを切るように意識を失ってしまった。


―――――


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