邪毒獣

「ジェフィス様!」


 アレンたちが走ってきた。僕の傍に到着する瞬間までも彼らの目は宿敵の奴の死体を警戒していた。でも最後まで奴が動かないことを確認した後になってようやく僕に視線を向けた。


「……何を走ってるんだ。ボロボロ怪我だらけのくせに」


「ジェフィス様のおっしゃることではありませんよ」


 僕たちは同時に笑ってしまった。


 まったく、ボロボロとしか言えないね。アレンたちも血まみれになったのは同じで、走ることはできたけど少し足を引きずっているのが見えた。


 もちろん一番状態が深刻なのは僕の方だけどね。


 左腕は骨が完全に砕けて垂れ下がっており、体のあちこちに魔弾による穴が空いていた。騎士科の制服はすでに固まってしまった血で黒くなってしまった。正直に言うとこのまま立っていることさえ大変だ。魔力で痛覚を鈍らせなかったら悲鳴を上げて倒れてしまっただろう。


 本当に大変だったし痛かったけど……死ぬほどではなかった。


 もう一度宿敵の奴の死体を眺めた。威圧感も強力な魔力も感じられなかった。それを見るとさらに実感が湧いた。


 ……生き残った。


 僕も、アレンたちも。ひどく怪我をしたが、誰一人死ぬことはなかった。


「……ゆっくり休む余裕はなさそうですね」


 アレンたちは庭園の入り口を見て舌打ちした。


 いつの間にかザコの魔物が再び押し寄せていた。宿敵の奴のような強力な上位魔物はいなかったが……問題は僕たちの状態が本当にひどいということだった。正直、僕たち三人とも戦闘続行できる状態ではない。庭園の結界に入って座り込みをするしかないだろう。


 でも僕はあまり心配していなかった。


「大丈夫」


 呟きながら頭を上げた。遠くから迫ってくる巨大な魔力の気配に向かって。同時にそちらから何かが大量に浴びせられた。


 赤く輝く宝石の雨だった。


 ザコどもを暴散させる爆炎を眺めながら、僕はすっかり元気が抜けたように笑ってしまった。


「……ちょうどいい応援だね」


 宿敵の奴は倒した。


 今さらザコどもに殺されるなんて、絶対遠慮だぞ。




 ***




 みんなの死闘と努力がすべて無駄になってしまうかもしれない。


 私が、ここで負けるのなら。


「アルカ。気をつけて」


「はい。お姉様こそお気をつけください!」


 アルカとこんなやり取りをする余裕さえ、あくまで敵が油断してくれたおかげだった。


 中央講堂……が破壊された所の結界。邪毒獣は遠く離れた所から私たちを見守っていた。


 警戒……ではないようだ。そもそもを警戒する必要なんてない存在だから。魔力を高める気配すらなかった。


 不思議なことに悔しくはなかった。それほど強大な相手だということはもう分かっているから。むしろこっちも備える余裕ができたという点で感謝する気持ちさえあった。


 もちろん本当に感謝の意を表するわけじゃないけれども。


「行くわよ!」


「はい!」


 ――紫光技〈選別者〉


 私とアルカは同時に魔力を爆発させた。


 最初から最大出力。そこに右手には浄化神剣のレプリカを、左手には栄光の剣に〈一つの星〉で魔力を凝縮した紫色の魔剣を。そして紫光技のあらゆる特性を模写した強化まで自分自身に注ぎ込んだ。


 ――紫光技特性模写『鋼体』・『怪力』・『加速』・『増幅』・『切削』・『倍化』・『看破』・『万壊電』・『獄炎』九重複合


 肉体が強くなり、魔力が増幅し、鋭い斬撃と敵を燃やす火炎と雷電まで。去年ボロスの前で披露した時よりもより強く集中した形で力を解放した。


 アルカは私の後ろから強力な魔弓を作り出した。事前に約束した通り、彼女は後ろから遠距離サポートを引き受ける。


 ――天空流〈彗星描き〉


 私たちが準備を終えるまで余裕を見せていた邪毒獣に向かって、全身全霊の突進を敢行する。


 まさに迅速。よほどの上位魔物でさえ一撃で撃殺できる威力と速度だったけれど……。




 次の瞬間、私は背中から結界に激突していた。




「が、はあぁ……!」


 激突の衝撃で肺の空気をほとんど吐き出してしまった。


 何が起こったのかまともに見られなかった。ただ爪を突き出したような邪毒獣のポーズと結界に飛ばされてしまった私の姿、そして身体強化が貫かれて血を流している腹部を見て、邪毒獣の攻撃が私を吹き飛ばしたことに気づいただけ。


「お姉様……!?」


 アルカはひどく当惑して私を振り返った。しかし私にはそんなにをする暇がなかった。


 ――『万壊電』専用技〈雷神化〉第二段階〈雷鳴顕現〉


 結界内部の空間全体と共鳴し、雷の化身となった。


 文字通り雷になった私はすぐアルカの前に瞬間移動した。振り上げた剣を強烈な衝撃が襲った。邪毒獣が突然近づいてきて手を振ったのだ。力のほとんどを受け流したにもかかわらず、剣を握った手に強烈な苦痛が訪れた。受け流された力は結界の中をほぼ半分破壊した。


 九重複合と〈雷鳴顕現〉の同時使用。去年の私には不可能だったけれど、一年間の修行でようやくできるようになった。けれどその力でも邪毒獣の力は耐えられなかった。


「ぼうっとしないでアルカ! ちょっとの隙間だけ見えても死ぬわよ!!」


 口では訓戒しながらも、双剣を握った手を最高速度で動かす。


 ――テリア式天空流〈月光蔓延二色天地〉


 無数の剣閃を邪毒獣に放つ。しかし、奴は防御や回避をするふりさえせずただ拳を突き出した。その単純な動作があまりにも速くて、私は再び対応さえできず殴られてしまった。今度は飛ばされないように耐えるのが精一杯だった。


 最初から全力を開放したのに、邪毒獣の攻撃をまともに防いだり避けられなかった。そして私の攻撃は奴にまともに被害を与えることもできない状態。奴もそれを十分理解しているらしく、余裕を持って手加減をしている様子が明らかだった。後ろから凝縮された魔力の矢を放っているアルカの顔に少しずつ当惑と絶望が深まっていた。


 これが邪毒獣、邪毒神の使徒と呼ばれる化け物の力。


 けれど……通じるものが全くないわけじゃなかった。


 奴の皮膚にできた小さな傷を見て、私は確信を得た。


―――――


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