怪しい影

 魔力の炸裂の中で拳が壊れ、血が大きく飛んだ。


「くっ……!」


 激痛で歯を食いしばった。ぶつかった右手は魔力の余波で破壊され消えた。魔物も同様にぶつかった拳を失って悲鳴を上げた。


 だが、僕は〈深遠の拳〉の集中した魔力を左手に素早く移した状態だった。


「もう一度行く!!」


 左手でもう一度〈深遠の拳〉。魔物は僕の攻撃に対応しようとしたが、〈深遠の拳〉に対抗する魔力を集める時間がなかった。僕の拳がもう一度奴の硬い皮膚を突き破って心臓を破壊した。


「今回は逃さない!」


 ――『虚像満開』専用技〈雷神の偶像〉


 壮絶な雷電の嵐が奴の全身を燃やした。そこに赤い標識の射撃と白光技の各種破壊技まで重なって、奴の体を徹底的に破壊していった。奴の変異能力がどこまでなのかは分からないが、すべての細胞を破壊したらこれ以上再生できないだろう。


「ガ……ア……」


 最後の最後まで奴は邪毒を吐き出して抵抗した。でも攻撃に対する抵抗と体の再生を両立させることはできなかった。ゆっくりだが確実に、奴は消滅した。


「……ふう」


 地面に着地し、しばらく警戒した。奴が復活するかもしれないし、特に地面に残っていた触手のかけらみたいなものが変異を起こすこともあるから。だが奴の能力もその程度ではないか、再び奴が現れる気配はなかった。


 なんとか終わらせた。でも奴の変異には心から驚いた。本来この世界の存在は心臓と脳を破壊すれば再生や変異が難しくなる。不可能ではないが再生が遅れる間に攻略したり、魔力の大量消耗を誘導することができる。


 その点で、心臓を破壊されても平気で大規模な変異を実行したのは驚きだった。やはり異界の存在だからだろうか。


「……お嬢様」


 毒蛇はきっとこの程度の魔物などとは格が違う存在だろう。どうもやはり心配だ。しかし、僕が行っても大きな助けにはならないだろうし、今はお二人を信じるしかない。


 ……今この場で気になることもあるしね。


 相変わらず魔物と味方が戦っている戦場の向こう。そちらから感じられた気配に向かって、僕はためらうことなく跳躍した。


 魔物が大規模な変異を起こす頃から、そちらに誰かがいた。僕の『虚像満開』の幻影は少し加工すれば幻影に触れたものの感触と気配を感じることができる。それを利用して広い範囲に探知用の幻影を撒いておいた。そこに誰かが探知されたのだ。


 自分を隠蔽していたので正体は分からなかったが、この場でそのような形でここを見守っているというのは穏健な意図ではないだろう。


 問答無用。僕は着地する前にその場に向かって魔弾を撃った。そして飛びながら左拳に魔力を集めた。殺すつもりは当然ないが、怪しい相手だから無力化くらいはするつもりだった。


 しかしその気配は僕が到着するどころか、先に撃った魔弾が届く前に消えた。魔弾より一足遅れて着地し、周りを見回しても見つからなかった。


 ――『虚像満開』専用技〈万事を見る手〉


 肉眼ではよく見えない無数の粒子を四方に撒いた。触れたものの感触と気配を探知できる特殊幻影の性質を利用して周辺一帯を探索する技だ。だがアカデミー全域をほとんどカバーする規模で探知を撒いたにもかかわらず、怪しい気配は発見されなかった。


 ものすごく早くアカデミーの外に逃げたり、あるいは僕の能力では見つけられないほどの隠蔽を施したり。前者ならいっそ今の状況では幸いだが、後者の可能性がある以上全く安心できない。


 直ちに首脳部に通信を送った。どうせ僕一人ではアカデミー全域をカバーすることはできないし、ここにいる人数を他の場所に回すこともできない。この程度は首脳部で十分対処できる。


 戦場を少し離れた僕に何匹かの魔物の注意が引かれた。僕はすぐに大きく跳躍して後方支援部隊の方まで下がった。


「右手と肩の癒しをお願いします。僕は治癒能力がそれほど良い方ではありませんので」


 魔力を大量に浴びせれば自ら再生も可能だが、今は節約しないと。


 頼む一方で、僕自身は再び大量の幻影を作った。強い魔物と戦っている間も敵の注意を引く幻影は維持し続けていたが、射撃標識が中断されたため射撃組の活躍が減った。どうせ手と肩を治療している間は前方に出られないから、しばらくこっちに集中しよう。


「ロベル先輩、本当にすごい!」


「すごいね。警備隊と騎士さんたちも感心したよ。やっぱり君も規格外だね」


 執行部員たちが畏敬の念を示したが、僕は適当に答えた。照れくさくて……じゃなく、そういう時じゃないってことを知ってたから。


 強力な魔物を討伐したのはいいことだ。しかし魔力を節約しながら戦える相手ではなく、奥義も魔力消耗がかなり激しい。さらに〈幻影実体化〉はパワーが原本より劣るくせに魔力燃費がかなり悪いし、戦っている間も敵を撹乱する幻影軍団は維持し続けていた。僕が手と肩を自ら治癒しないのも、すでに上位魔物との戦闘で魔力をかなり消耗したからだ。


 ……回復する機会も見えない。


 今も敵の撹乱と射撃支援の幻影は維持し続けている。当然、僕の魔力はますます消耗するばかりだろう。しかし亀裂は依然として活発に魔物を吐き出していた。敵が押し寄せてくるのはもちろんのこと……さっきのような強力な上位魔物が再び現れる可能性もある。


 でも『虚像満開』を止めることはできない。今戦線が安定的に維持されるのは魔物がずっと虚像に幻惑されているおかげだから。ここで撹乱を止めると、逆に皆の消耗が急激に大きくなる。特に最前線で戦っている突撃隊は危ない。


 ……最悪、絶望的な可能性までも考えないと。


 皆が希望を見つめながら浮かれている中、僕だけは静かに拳をぎゅっと握った。


―――――


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