悟り

 ……こんなに古い記録が意味があるのかしら?


 記録を調べる速度自体は速かった。けれど収穫が何もなかった。記録を見るだけじゃないのに。


[ロベル、どう?]


[接触記録や情報を確保しましたが、これといった収穫はありません]


 ピエリが対外的に誰かに会ったり何かをしたという記録が出るたびに、ロベルに頼んで関係者や記録を確保するようにした。おかげさまでかなり詳しい情報を素早く集めていたけれど……まったく、これほど誠実に英雄の役割を続けたとは思わなかった。


 ここまで来たら、ピエリの計画が遅々として進まないのは、実は彼自身の表面的な善人のふりのせいじゃないかという気さえするほどだ。


【どうせ自分の手で台無しにするつもりだったのに、どうしてこんなに真面目に活動したのかしら?】


[私が聞きたいくらいよ。まったく、当事者がここにいたなら体面も名分も関係なく直接問い詰めてみたいわね]


 私が担当していた十年間の記録のうち、すでに九年間のレビューが終わっている。ロベルに頼んで確認したこと以外にも、もし何か他のことをすることができないかもずっと調べてはいるけど……こんなに何の糸口もないなんて。


 いや、考えてみれば本当に収穫がないわけじゃなかった。彼の赴任後、安息領に加入する卒業生の数が増えたり、安息領のテロの精度が上がった。彼の影響は確かに届いている。


 ただ、今回のことと関連した事案だけは全然見えない。


[アルカ、リディア。発見されたものあるのかしら?]


 一応聞いてみたけれど、やっぱり二人の返事も否定的だった。


 私だけでなく二人の情報もロベルと連携しているけれど、結果は同じだ。


 私は手に持った本を見下ろした。最後、最初の一年の記録の中でも、ピエリが赴任したばかりの当時の記録だった。すなわち、彼がアカデミーに来てから初めて記録されたことがこの本に含まれている。


 ……こんな古いものを見たからといって、本当に意味があるのかしら?


 やっぱり『隠された島の主人』は私に時間を無駄にさせようとしたのかしら。いったい私はここで何をしているんだろう。


 懐疑の念が頭の中を埋め尽くしたあまり、最後の本は開かずに再び本棚に戻してしまいたい衝動さえする。


【諦めないで。何かあるかもしれないじゃない】


 イシリンが諦めようとしていた私をまた励ました。


【ひょっとしたら本当に無駄かもしれない。今さら何か見つけたとしても、もう遅いかもしれないし。でもあいつの意図を一つでも多く把握すれば、他の突破口を見出すかもしれないじゃない。例えば亀裂を閉じる手段とか】


[ありがとう、イシリン]


 そう、まだ諦める時じゃないわよ。どうせ今さらやめるのはもう遅いし。


 そんな思いで本をひらひら捲った私は……かんしゃくが起こって舌打ちをした。


[何よこれ! すごく多いじゃない!!]


【そうね。むしろこれを一番先に見ればよかったわ】


 赴任した年。ピエリの活動はこれまで以上に盛んだった。


 これまで見てきた記録は英雄としての親切と助言がほとんどだった。そのため物証も多くなかったし、何か密かに怪しい物を入れるほどの件もなかった。


 ところが赴任初年目のピエリは違った。各種施設の補修作業、補強工事などに非常に熱心に関与し、知り合いやコネを使って必要な物品を支援したりもした。さらに見学という名目でアカデミー全域を歩き回ったこともあった。もしこれは五年前の邪毒陣を設置していたのじゃないかしら。


【今年の仕事を三十年前から計画していたってこと?】


[可能性はあるわね]


 その邪毒陣がもし今回のことのためだったら、撤去された後に何もしなかったのはちょっと怪しい。でももしかしたら、撤去されたものできれいに諦めて別のことを企んでいるのかもしれない。


 例えば最近の王都テロのように、あえてアカデミーに執着しなくてもピエリはいくらでも人材と手段を動員することができる。ひょっとしたら彼が去年姿を現してアカデミーを離れたのは、私がアカデミーだけに気を遣う間に他の場所で新しいことをするためかもしれない。


 本当にそういうことなら、せめて今回の邪毒獣出現だけは心配しなくてもいいのだけど……。


【いや、ちょっと待って】


 その時、イシリンが私の考えにブレーキをかけた。


【ピエリは確かにたくさんの機材と物品をアカデミーに支援したでしょ? そして記録を見ると、アカデミー側はピエリの支援をかなり積極的に受け入れたし。その恩返しと大英雄への信頼の意味でアカデミーの機密にも接近したようで】


[何かわかったの?]


【もしも、彼が支援した品物の中で……封印装置や部品に関する何かがあったとしたら?】


「……!!」


 すぐにページを捲った。


 そして……見つけた。


〝ピエリ・ラダス卿が強化パーツの新しいモデルを提供した。封印パーツの出力が急激に強くなった〟


 その文章を。


 全身から血が抜けるような感覚と共に、頭脳だけが猛烈に回転した。


 強化パーツは『固定』魔力で封印パーツの状態を固定させることで、封印パーツが劣化しないようにする。そして補修作業が進行する間、その『固定』を一時的に時空亀裂に加えることで作業中の亀裂の状態を安定化させる。


 つまり……名前は強化パーツだけど、実際には強化じゃなく維持と安定化が目的だ。ところで強化を、それも〝急激に〟だなんて。


 もし。


 もし……彼が提供した新しい強化パーツの魔力が『固定』でなければ。


 例えば……ピエリ自身の特性である『倍化』。すべてを十倍まで増幅させることができる彼の魔力なら。封印パーツの出力を急激に上昇させることができる。


 その『倍化』の魔力が亀裂に加わるとしたら?


 アルカの啓示夢では亀裂が増幅された。それが外部からの干渉じゃなく、強化パーツの魔力が『倍化』だからだったら。


 彼が初年度以降はっきりとした動きをとらなかったのが、実はだったら。


 邪毒陣はこれを隠すためのごまかし、あるいはバレた時に備えたサブプランに過ぎなかったとすれば。




 すべての準備は、すでに二十年前に終わっていたのだ。




「ダメ……」


 窓へ顔を向けてケイン王子の方に思念通信を送った瞬間、中央講堂が爆発した。


―――――


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