一抹の違和感

 資料室。


 アカデミーにはアカデミーでのすべての公的な業務や主要な事件に対する記録を残しておく資料室が存在する。それも表面的な記録に過ぎないけど、少なくとも個人的な経験しか陳述できない職員よりは幅広い情報を得ることができるだろう。


 言い換えれば、この資料室で手がかりを得ることができなければ、完全に無駄だという意味でもある。


「ところでお姉様、本当に私が見た啓示夢のように亀裂が急激に膨張することがあるんですか?」


 ふとアルカがそんな質問をした。


「それは確かにおかしいわよね。けれど、私も具体的な理由はまだ分からないのよ」


 アルカの話によると、啓示夢では邪毒濃度が高すぎて前兆が目に見えるほどだったという。


 でもそれは話にならない。邪毒獣が現れるほど時空亀裂を拡張させるには、前兆よりも高い邪毒濃度が必要だから。それこそ、邪毒濃度だけでも小さな時空亀裂があちこちに生じるほど。ゲームでもアカデミー敷地の随所に時空亀裂が発生し、魔物が現れたのが邪毒獣出現による邪毒濃度上昇のためだった。


 それにもかかわらず、アルカの啓示夢では突然亀裂が大きくなったようになった。まるで誰かが引き裂いて


 ……え? ちょっと待って、今私何か変なこと考えてなかったの?


 私自身の考えに何かすごく、すっっごく違和感があったんだけど。


 でもじっくり考えてみても違和感の正体はよく分からない。


「お姉様? 何かあったんですか?」


「ううん、何でもないわ」


 しまった、ぼんやりしている場合じゃないわよ。違和感の正体などは資料を調べながら考えてみればいい。もう補修作業開始まで時間も残りわずかだから。


「ところで、ここの資料が役に立つかしら?」


 リディアは懐疑的だった。


「さっきの調査がそんなに役に立たないとは思わなかった。ここにある記録も全部公式的で表面的なものじゃない? ピエリの意図や行跡を把握するのに役立つかしら?」


「どうせピエリの安息領としての行為は記録では証明できないの。それが記録に残るほどだったら、すでに大英雄としての名声を失っていたでしょ? それでも記録を残していた当時は知らなかったけど、今改めて見ると何か怪しいとか違和感のある要素くらいはあるかもしれない。だから探してみようとしているの。……まぁ、実は私も役に立つか疑わしいというのは同感なんだけどね」


 当然だけど、ここでもそれぞれ調査を行う。


 この資料室の記録は五年単位、時間順に並べられている。ピエリがアカデミーにいた期間は去年まで正確に二十九年。すなわち、約三十年程度の記録を調べなければならない。


 ちょうど私たちは三人だから、一人当たり十年分ずつ分けて担当すればいいだろう。そのため、アルカには直近の十年を、リディアには二十年前から十年前までの期間を任せた。私はピエリがアカデミーに初めて赴任した時から十年間を。ただ、今必要なのは今日起きるかもしれない事件の原因に対する情報なので、順序は近い時間帯を皮切りに次第に古い記録に向かうようにした。


 担当区域に到着した私はすぐに魔力を操作した。一年分の記録がすべて一度に本棚から抜かれ、空中に浮いた。


 ――紫光技〈すべての瞳〉


 眼球に似た形状が無数に現れた。


 見た目だけでなく、実際に私の視界と連動する監視の魔眼だ。もともとは偵察や監視に使われる種類だけど、今回の目的は記録を確認すること。


 のんびりと自分の目だけで十年間の記録をいちいち閲覧するのは時間がもったいない。そして一年分の記録ぐらいのマルチタスクは大きな問題もないし。


 記録を確認していた私は、もどかしさのため息をついた。


 やっぱりピエリはいろいろもったいない人だ。変節する前の彼は本当に立派な騎士の手本だったし。アカデミーでも、少なくとも表面的なものだけを見ると誠実で優秀だった。中央事務室の人たちが言ったようなイメージだった。


 ……本当に、考えれば考えるほどフィリスノヴァ公爵は頭にくる人間なんだ。


 ピエリの堕落の最も重要な原因を提供した者。それだけでもフィリスノヴァ公爵を罵る理由は十分だけど……『バルセイ』での彼の行跡を考えると、やっぱりあの野郎は許せない。彼はとても重要な悪い奴だったから。気持ちだけでは今すぐどこかに幽閉させてしまいたい。


 しかし、四大公爵の一角を崩すには力も名分も足りない。いくら私がチートにチートを重ねたとしても、まだ私の力はピエリよりも弱いレベル。ところがフィリスノヴァ公爵は、その大英雄ピエリよりもはるかに強い。それに公爵という地位そのものの政治の力まで含めれば、たかが公爵令嬢に過ぎない私が触れられる存在ではない。


 今度の仕事が終わったら、フィリスノヴァ公爵をどうするか少し真剣に考えた方がいいかもしれない。


【何か考え込んでるみたいだけど、記録はちゃんと確認してるわね?】


 ふとイシリンが話しかけたので、私は心の中で肯定の意を表した。


[もちろんよ。それを疎かにして他のことだけ悩むわけがないじゃない]


【……ごめんね。私が外部に干渉できたら、私も助けることができたのに】


[そんなことで謝らなくてもいいわよ。そして私の感覚を共有してもらえるでしょ? 今は私が読んでいる本の内容を検討しながら、もし違和感を感じる部分があれば話してちょうだい]


 それだけでもとても役に立つ。そして今ではないけど、後で邪毒の剣が十分に成長すれば、イシリンも自分の分身を作って活動できるようになる。イシリンにはその後、すごく手伝ってもらうつもりよ。


 そのように考えを重ねながらも、私は数十冊もの本を一度に読み上げた。


―――――


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