認識の違い
それを聞いて顔色が変わった人は私とテニー先輩だけだった。
テニー先輩の顔から感じられるのは感嘆と、ちょっとした狼狽の色。私は思わず微笑んだ。
ジェリアが大したことを言ったわけじゃない。さらに、ジェリア自身は自分が言ったのがこの場でどんな意味を持つのか自覚さえできていない表情だった。テニー先輩の表情変化を見ても、何かを気づいた様子もない。
だけどこの場、このメンバーの前だけは、それなりの意味を含んだ言葉でもあった。
その事実を自覚できなかったジェリアは、本来のやり取りのターゲットだったラウルを見た。
「他に言いたいことはあるのか?」
「……ありません」
「それならボクはそろそろ失礼する。他の所を巡回する時間だぞ」
あれ、そういえば時間が。
ジェリアは私を振り返ったけれど、私は小さく首を振った。今は他の所に行く前にちょっと言いたいことがあるの。
「少し後でついて行くわよ」
「ふむ? 話したいことが残ってるのか? ボクにも残ってほしいのか?」
「いや、そんな必要はないわ。先に行って準備してくれる? 他の子たちも頼むわよ」
「……? まぁ、何なのかわからないが君だから大丈夫だろう。あまり遅くならないように」
その言葉を残して、ジェリアは他の子たちを連れて先に行った。私の専属執事であるロベルだけが私の傍に残った。
ジェリアが私たちの視界から完全に消えた瞬間、テニー先輩が私より先に口を開いた。
「一発食らったんですね」
「あれ、先輩がそれを直接話してもいいのかしら?」
「隠して得をするのは仕様です。今は競争していますが、本来なら僕もジェリア様を尊敬する人ですからね」
さぁね、私がこの場にいなくても話をしたのかしら?
ひょっとしたら自分で言い出したのも戦略的な行動かもしれない。でも……まぁ、今は構わないだろう。
一方、ラウルは私たちのやり取りを聞いて眉をひそめた。
「テニー、何言ってるのかよ?」
「ジェリア様の言葉を考え直してください」
「言葉? 自分は敵を褒めない、と言ったな。そこに何か隠された意味があるということか? まさか評判を落とす要素が隠れていたとか……」
「はあ。そんなことではありません」
簡単なことなのに、ラウルは全く気づいていなかった。
これは知性や判断力の問題じゃない。ただ認識の差だ。相手をどう思うのか、その観点が違うから発想が浮かばないのだ。だからこそ、ジェリアの言葉は重要だ。
テニー先輩が答えを口にした。
「ジェリア様のお話は……
「……は?」
ラウルは驚いて目を丸くした。
私はラウルがどんな人なのかよく分からない。辺境伯勢力の事情についてはゲームの記憶でも、そして公爵令嬢としての知識でも知っているけれど、ラウルという個人のことはただ存在を認識していただけ。そのため、彼がジェリアに敵対感を抱いた理由はよく分からない。
でも彼の態度だけを見ても、彼がジェリアを敵対視していることは明らかだった。
変なことではない。彼にとってジェリアは保守能力主義派の首長であるフィリスノヴァ公爵の娘であり、修練騎士団長選挙でもライバル候補だから。政治的派閥はともかく、選挙でライバル候補を敵対視するのはよくあることだ。
そのような状況で、ジェリアは宣言したのだ。君たちはボクの敵ではない、と。
「今は競争していますが、僕たちはもともと同じ生徒です。もちろん身分には大きな差があります。でもその程度は気にしないということでしょう。ひょっとしたら自分が保守能力主義者ではないというアピールもあったのかもしれません」
意識してアピールしたわけじゃないだろう。けれど、無意識のうちにそのような意図まで含まれていた可能性はある。
私もニッコリ笑いながら、テニー先輩の言葉に力を入れた。
「これから一緒に働くことになるかもしれません。実際、テニー先輩はすでに修練騎士団員として一緒に働いてきました。生徒という枠組みの中でお互いを敵対視する意味があるでしょうか?」
この話は決定的な波及力を持つものではない。けれど……辺境伯勢力が持っている〝ジェリアのイメージ〟が変わることはあるだろう。
フィリスノヴァ公爵は傲慢で性向を濃く表わす者。それはとても有名だ。そのため、ジェリアにもそのようなイメージを重ねて見て敬遠する人は多かった。これまでジェリアは自分の言動で違うということを証明したがけれど、交流がなかった人々にはジェリアの噂よりもフィリスノヴァの先入観がもっと強かった。
表情を見ると、先入観にショックを与えたことは十分想像できた。
「私が言いたいことはここまでですの。これ以上話すことがなければ、そろそろ私もジェリアに合流しに行きます」
――紫光技特性模写『加速』
私はすぐにジェリアに合流した。ゆっくり歩いていたおかげで、距離はそんなに遠くはなかった。
加速した私の風を感じたジェリアが先に私を振り返った。
「何の話をしたのか?」
「貴方かっこいいってこと。今回は本当に余裕があってよかったわよ。最後に敵ではないと宣言したのは特に」
「あくまで一時的なライバルにすぎないから当然の事実だ。……まぁ、何よりもあんな奴らほど戦々恐々とする暇もないが」
「え? どういうこと?」
何か妙なことを言われたみたいだけど。
しかし、ジェリアは首を振りながら返事を避けた。
「何でもないぞ。それより、どうせ誰が勝っても結局修練騎士団員としてずっと一緒に働くから、今後も敵にはならないぞ。ついでにテニーを支持する辺境伯の奴らも団員に引き入れてみようか」
「それもいいわね。団長でなくても、団員として活動するのも一種の経歴だから。公爵家の後継者である私たちとコネを作っておくという意味もあるし」
「そうだな。ボクが負けたら意味のない話だが……その時はテニーの奴が引き入れるはずだから、どうせ仲間になるのは同じだな」
どんな結果になろうとも、ラウルたちとはこれからも顔を合わせることが増えるだろう。
修練騎士団員としても、そしてオステノヴァ公爵令嬢としても。辺境伯勢力との友好関係を形成できればいいな。
もちろん、生徒としてもね。
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