生徒たちの視線

 ――紫光技〈聴力強化〉


 ジェリアはまだ私の方に気づいておらず、私の傍にいる子たちもジェリアの方をまだ気づいていない。それで私は聴覚だけをピンポイントに強化してジェリアの方のやり取りを盗み聞きした。


「ジェリア様、今回団長選挙に出馬されたと聞きました!」


「応援しています! 必ず当選されると思います!」


 大体そのような感じで周りの子たちが話し出し、ジェリアが笑いながら感謝や謙遜を表わすやり取りだった。空気はかなりいいようだ。


 ……本当によかったわ。


 ゲームでのことを思い出すと、自然にそんな気がした。


 ゲームでは独自の派閥を形成した私。派閥の最大の問題は、修練騎士団をかなり攻撃的に敵対したことだった。修練騎士団をこき下ろして、功績を横取りし、仕事の機会さえ奪って……。そんな私の派閥との戦いは、修練騎士団にはとても無意味な妨害工作そのものだった。


 そんな私に敵対感を持った生徒も多かった。そのおかげで修練騎士団の結集力はすごかった。けれど、私の派閥が大きくなるにつれ多くの生徒たちを抱き込み、修練騎士団は慢性人材難で苦しむことになった。人手が足りないのに邪魔までされて仕事をするのも難しかった。


 その過程で最も傷ついた人はジェリアだった。


 大変なことだけじゃなかった。私の派閥によるデマのせいで、ジェリアを非難する人もかなり多かった。仕事もうまくいかないのに非難まで受けて……。それでも屈せずやるべきことをしたジェリアを、前世の私はかなり尊敬していた。


 そんなジェリアが今は平凡に褒められて感謝の意を表せるなんて。それを見ただけでも感慨深い。


 ところが、ジェリアと生徒たちのやり取りはすぐ終わった。話題が終わったのじゃなく、ジェリアがやることがあるって了解を求めたのだ。


 やること、かしら。なんだか気になるんだけど。


 こっそり周りを確認した私は、遠くからジェリアの方を見ていた生徒を何人か見つけた。彼らが誰であるかを、そして表情を確認した私はすぐに決定を下した。


「みんな、ちょっと行ってくるわよ。追いかけて来ないで」


「え?」


「テリア? 急に何……」


 ――紫光技特性模写『加速』


 返事も待たずに超加速。やり取りを終えて一人で歩いていたジェリアの傍に到着して口を開いた。


「ジェリア」


「テリア? なんだ、近くにいたか」


 ジェリアはすぐに答えてくれた。けれど私に集中する様子じゃなかった。無視するわけじゃなかったけど……何か他に考えていることがあるというか。


 私はジェリアが他の生徒とのやり取りを終える直前に聞いた言葉を思い出した。


〝テリア様がジェリア様を助けるなんて、本当に千軍万馬でも得たような気分なんでしょう!〟


 なぜだろうか。その言葉がすごく気にかかった。


 ジェリアは特にその言葉を気にしている様子じゃなかった。むしろ平然と「本当にその通りだな」と言って笑うことさえした。


 それにもかかわらず、その言葉は心の片隅にべたべたとくっついたまましきりに気にかかるようにした。


 ……そういえば、ゲームでジェリアは……。


「急にどうした?」


 考えの沼に沈んでいった私を、ジェリアの言葉が再び現実に戻した。


「ジェリア、久しぶりに模擬戦しない?」


「はあ? 急に? 選挙戦略構想は終わったか?」


「ちょっと頭を冷やそうと思って」


 そう言ってニッコリ笑った。するとジェリアはニヤリと笑った。


「ふっ。まぁ、それもいいだろう。君の言う通り久しぶりでもあるし」


 そう言うジェリアの表情は穏やかだった。少なくとも外見だけを見ては深い悩みや暗い考えのようなものは見当たらなかった。


 ……私の考えはやっぱり勘違いだったのかしら?


 それとは別に、さっき見つけた生徒たちの方を魔力の感覚だけで見た。相変わらずこっちを見ていた。でも私がジェリアと一緒に移動し始めると、私の方を見ていたアルカたちに近づいた。


 よし、あっちは予想通りになりそうだね。


 それを確認した後、私はすぐにジェリアを連れて呪われた森に向かった。




 ***




 テリア公女様がジェリア公女様に声をかけてしばらく後。二人は突然どこかに移動し始めた。


「おい、あっち動いてるぞ?」


「追いかけてみようか?」


 俺の周りにいた奴らがそんなことを言った。バカ者かよみんな。俺たちがあっちを追いかけて何をするんだ。


 俺たちはあまり注目されない生徒だ……というほどではないけど、中心になるような奴らでもない。才能があるわけでもなく、何か大きな役割を果たしたわけでもない。しかも身分さえも特別なことのない平民。人生がフィクションなら、俺たちはモブだと自信を持って言える。


 ……そんな俺たちだからこそ、ピエリ様は俺たちの憧れだった。身分とは関係なく、才能と努力だけで皆に認められた英雄。


 そんな英雄が国と民を裏切ったなんて、信じられるはずがない。しかし、騎士団の結論は一様だった。


 ピエリ様は騎士団でも多くの騎士に尊敬されていた御方。だから騎士団があの御方をわざと陥れるはずはないと思うけど……一方では納得できなかった。


 そしてそのきっかけを作ったテリア公女様やジェリア公女様のことも、どうしても良く考えられなかった。


「いいよ。あっちはどうせ追いかけられないんだ。それより他の方に声をかけてみよう」


 俺はアルカ公女様の方を指差した。ちょうど戸惑いながらテリア公女様を追いかけようとしているようだった。


 彼女たちが歩く前に、俺たちの方から先に近づいて話しかけた。


「失礼します。アルカ・マイティ・オステノヴァ公女様、リディア・マスター・アルケンノヴァ公女様、ジェフィス・フュリアス・フィリスノヴァ公子様。そしてテリア様の使用人の方々」


 相手は公爵家の令嬢令息。俺なんかがいくら礼儀をわきまえても足りないだろうけど……優しいんだと噂されている方々だから、多少足りない程度は大目に見てくれるだろう。


 アルカ公女様たちの視線が俺に集まるのを確認した後、俺は胸に右手を乗せて話を続けた。


「急に申し訳ありません。しばらくお時間をいただけますか?」


 感情は良くなかったが、だからといってむやみにテリア公女様やジェリア公女様を侮辱するつもりはない。あの方々も生徒として尊敬してきた方々だから。


 だから、直接確認したい。ピエリ様についてのあの方々のお話が、本当に真実なのかを。


―――――


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