接触

 ケイン王子の舞踏会の数日後、私はアカデミーの内部にある庭園でお茶会を楽しんでいた。まぁ、お茶会といっても使用人を除けば同席した人は一人だけだけど。


「お願いした情報はすべてまとめておきました、お嬢様」


「ありがとう、ロベル。いつもそうだけど、手伝ってもらうばかりでごめんね」


「僕の仕事をしただけですから、お気になさる必要はありません。まぁ、こういう話ももう何回目なのか覚えてもいないんですけれども」


 ロベルは聞き慣れたように苦笑いし、書類の束を渡した。


 私は書類をパラパラとめくりながら、『看破』の特性を模写してその内容を頭の中に入れた。『看破』の特性は戦闘だけでなく、こういうところでも有用なのよ。便法ではあるけど、便利なものは積極的に使うべきじゃない?


 それより書類の内容が少し気になる。


「ここに書かれたもの、検証は終わったの?」


「資料にも明示しておきましたが、舞踏会場内のことは僕が直接自分自身を隠蔽して確認したもので間違いありません。トリア姉貴が使用人から得た情報は検証可否を別途記入しておきました」


「ありがとう。相変わらず頼もしい仕事ぶりだわね」


「過賞です」


 舞踏会当時、トリアは使用人が集まる区域で情報を集め、ロベルは『虚像満開』を活用して会場内部に潜入していろいろなことを観察した。


 すでに彼の能力は単純な隠蔽潜入程度なら現役騎士も騙すほど精密になっていた。もちろんそこで他のことをしようとすればすぐに見つかるけれど、潜入が可能だということだけでもかなり脅威的ではある。実際、ゲームでは私の命令で王室が主催した集まりで工作をしたりもした。


 とにかく、今回の舞踏会はケイン王子が主催するだけに、高位貴族やその同格の有力者が多く参加した。それで私はロベルとトリアに頼んで彼らの情報をできるだけ掘り出した。


 ……まぁ、別に変な目的があったわけではない。権力や勢力の現状や全体的な動向などを知りたかっただけだ。


 貴族として当然私や父上に役立つ情報でもあるけれど、何よりも彼らの流れがゲームでの事件とも関連があるためだ。この時期に事件はないけれど、これから起こることの兆候を探し出せば、あらかじめ対処することもできる。


 手段は少し後ろめたいものではあったけれど、集めた情報自体は貴族ならよく収集するようなものだった。


「特異事項は……ディオスだけみたいだね」


「はい。防音結界のため内容は聞いていませんが、動作は一つ一つ記録しました。会話の内容も唇の形でできるだけ見積もって記載しましたが、そちらは参考程度でご覧ください。僕の読唇術は完璧ではありませんので」


「ありがとう。十分に役に立ったわよ」


 全般的に大きく目立つイシューや前兆はなかったけれど、ピエリがディオスと接触したことを知ったのはかなり大きな成果だ。


 実は三年前の決闘の後、ディオスがピエリを訪ねたことを後になって知った。しかしピエリの個室はセキュリティが非常に強力で、内部で起きることを外部から突き止めることは不可能だった。まして会ったこと自体も後になって分かったので、なおさら方法がない。


 その後、再び接触するのではないかと思って注視し続けた。でも授業で生徒と先生として交流する以外は全くなかった。もし授業中に秘密の話でもするかもって思ったのだけど、そんなことも全くなかったし。


 ロベルの報告書にも正確な対話内容はなかったけれど、行動を観測しただけでも相当な成果だ。


「うーん……で、魔道具譲渡が行われたということだね。会話の内容は適当に魔道具や力の使い方の教え……なのかしら?」


「はい。後者は確かではありませんが、行動と関連して考えてみれば大きな差はないと思います。そもそも防音結界を使ったとしても、人の多い所で秘密の話を簡単にはしなかったでしょうから」


 秘密の話をした人はここにいますけれども!!


 まぁ、私は口の形が分かりにくい角度だったと思うけど……注目度を考えると、口を見て気づいた人もいるかもしれない。もちろん対話内容の虚しさを考えれば、そのまま受け取るよりは比喩のようなものだと思うだろう。……そうだと信じたい。


 それよりピエリがディオスに魔道具を与えた、か。


 ゲームでは二人が関連する場面のようなものはなかったけれど、ディオスが安息領と関連はあった。ゲームでの私と同じように安息領と協力する外部協力者だったけれど、彼の場合には安息領の魔道具を譲り受けたり直接活動に参加するなど、より積極的だった。


 今度もらった魔道具ももしかしたら同じものかもしれない。特にディオスが使用した安息領製の魔道具の中で二つはリディアルートの展開に非常に重要な物だった。今回もらったのがその一つである可能性もあるし、もしかしたら三年前の道具も同じかもしれない。


 詳しく調べたいのだけど……いくらなんでも四大公爵家の令息が所有している物を直接調査するのはリスクがあるよね。


「ディオス公子の魔道具を調べてみましょうか?」


 ロベルは私の考えに気づいたかのように先に提案した。


 うーん、そうしたい提案ではあるけれど、やっぱり危険負担がある。その上、ゲームで魔道具が登場した時期は今から三年以上後だ。


 でも彼が安息領と接触した時期も三年後であった。今はすでにピエリと三年前から接触したということを考えれば、ゲームとは違う流れになる可能性もある。


 そもそもケイン王子とジェフィスも私のせいで入学時期が早まった。ただ話を聞いただけのその二人もそのような状況なのに、私の介入でピエリとの接触が早くなったディオスなら言うまでもない。それを考えれば、少し強硬な措置も必要だろうか。


 しかし、今すぐそれを指示することはできないだろう。なぜなら……。


「ケイン殿下。そのように見守らずに、もしおっしゃいたいことがあれば遠慮なくおっしゃっていただけますの?」


 私を注視する目があったから。


 ロベルも気づいていたのか、私が言い出すやいなや黙って後ろに下がってケイン王子のいる方向に目を向けた。すると、そこからまるで透明マントを脱ぎ捨てたように風景がそっと剥がれ、人が現れた。ケイン王子だ。


「よくお気づきですね、テリア公女」


「あんなに堂々と魔力を放っているのに知らないわけがありませんでしょう。ケイン殿下も気づいてほしいとわざとなさったんですよね?」


 ケイン王子は慌てる様子もなく笑いながら近づき、私の向かいの席に座ってもいいかと短く尋ねた。私が許可するやいなやロベルは近づいて椅子を外そうとしたけれど、その前に彼が自分で取って座った。


 護衛は……ないらしいわね。普段は監視でもするように四方から感じられた魔力が全くない。恐らく、気配遮断が得意な要員数人程度は周辺に潜伏しているだろうけど、これほど護衛や偽装護衛がないのは珍しいことだ。


「何のご用件で私を訪ねてこられたんですの?」


「密会を楽しもうかなと思いまして」


「あら、殿下を狙うお嬢様たちがそれを聞いたら悲しむでしょうね。訳もなくそんな心にもないことをおっしゃってはいけませんよ」


「申し訳ない話ですが、そんな人たちは少し悲しんでくれないと私の仕事が楽になりません」


 こんなロマンも良心もない奴め。


 一体ゲームでアルカはこのような人間の何を見て、彼に夢中になって攻略までしたのかわからない。……実はケインルートは攻略対象者のケインが先に惚れて、主人公のアルカと心を合わせていくという独特な展開ではあったけれども。


 本当にこういう面が嫌いなのよ。アルカがケインが好きだと言うなら、全力で反対する自信がある。アルカ、どうかこんな奴には惚れないで。


「私は悲しむ理由がない人なのでご安心ください。それで、どんなご用件でいらっしゃったんですの?」


 もう一度聞くと、ケイン王子は今度は黙って前に出てテーブルに両肘をのせた。そして指を組んだ手であごを隠したまま意味深長に尋ねた。


「次のアカデミーの連休中に時間はありますか?」


 見なくても面倒なことが起こるニオイがする。


 連休か。特別な予定はないけれど、だからこそもっと頑張って修練をしてみようかと思っていたところだった。ついでにジェフィスも呼び出して激しく鍛えさせるつもりだったし。正直、面倒なことに時間を費やしたいとは思わない。


 でも公式的に予定がないのは事実だし、修練のために時間がないと言ったら公爵令嬢として大切な何かを失いそうでちょっとアレだ。


【そんなのとっくに失くしたじゃない?】


[黙りなさいよイシリン]


 ……こいつのツッコミも久しぶりだね。


 とにかく、ここでは仕方なく曲げないと。


「特別な予定はありません。それで学業や修練に夢中になろうと思っていましたわ」


「それはよかったですね。その時間を私にいただけますか?」


「用途によって違いますわよ。遠回しに言う必要はありませんので、単刀直入におっしゃってくださいませ」


 少しイライラする。話すならただ堂々と話してよ、こら。


 幸い、ケイン王子はそれ以上引きずってはいなかった。でも彼が切り出したことは、私の予想をはるかに外れたものだった。


「王都の視察に興味がありませんか? できればテリアさんに同行をお願いしたいです」


―――――


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