舞踏会の結論
「だがあの時の状況がどうだったかは分からないんだな?」
その言葉に私は静かに頷いた。
当初、私が調査した当時の状況資料はほとんど関係者の証言に頼ったものだが、中央講堂戦闘については情報があまりなかった。せいぜいテリア公女とジェリアが講堂内部に落伍していた生徒たちを救出したという程度。
あとは目撃者がいないのでわからない。それでもジェリアが話をしてくれたことがあったが、それさえも非常に断片的だった。簡単に言えば、私が知っているのはテリア公女一人で異空間に隔離され、ジェリアが外を守っている間、テリア公女が中にいたミッドレースという魔物を討伐したということだけだ。
「そういえばボクが言わなかったな。ミッドレースを討伐した時、テリアの奴完全に満身創痍だったと」
「そうだよ。詳しい戦闘過程や結果については聞いてないよ」
「あの時あいつ、体調完全にめちゃくちゃだったぞ。普通その年の生徒なら討伐どころか、負けたら死んでもおかしくない負傷だったんだ。しかしあいつはその格好になりながらも化け物をぶっ殺したし、外に出ても気絶するまで状況に寄与しようと努力した。その時だけじゃなくて、行く途中もかなり必死だったな」
「あの時のことで感銘を受けたってこと?」
「半分くらいはな。正直あの当時はどうしてそんなことができたのかとか、実は違う下心があってそれを隠そうと演技をしたのかなと思ったりもした。でもその日以来の四年間、いろいろなことを見てきたぞ。詳しく言うには長いが……その時のことが純粋な本心だと思うような交際だったとだけ言っておくぞ。まぁ、このような曖昧な言葉だけでは君の考えを変えることはできないはずだが、テリアに限っては心配することはないというのがボクの考えだ」
少し感心した。
テリア公女がどんな人なのかについての結論はまだ下していないが、ジェリアがこんなことを言うほどなら、それだけ信頼を築くことができたということだろう。
……テリア公女。
ますます興味が湧くが、逆に警戒しなければならないという気持ちも強くなった。
彼女の目的は何なのか……本当に自分が言った通りを望んでいるのか、それとも何か違う思惑があるのか。どうやら注意を十分に傾けて調べるべきだね。
***
「おお、それではラダス卿がアカデミーに赴任して三十年になるのですか?」
「ハハ、いいえ。まだ一年残っています」
「それでも古いですね。時空亀裂封印結界の補修作業が三十年に一度ではなかったですか? その作業を現業で二回見るのは格別だと思いますが」
「ハハ、そうですね。ちょうど私が初めて赴任した時が補修作業を行っていた時でした。それで当時運良く赴任してすぐ補修作業を見学することができました。本来なら一般の教師は見学もできないのですが、当時学長がいろいろ便宜を図ってくださったんですよ」
営業スマイルを維持したまま貴族や高位職の有力者を相手にするのは思ったより疲れる。これだけはいくらやってみても慣れない。
いや、慣れないというよりも、いやらしいというべきか。
どうせほとんどは私が持っている大英雄という虚勢に絡まったハエに過ぎない。ピエリ・ラダスという個人に興味を持った人はいない。
……そんな人がもう少しいたら、私の家族がそんなに空しく死ぬことはなかったかもしれない。あるいは死なせた奴らに正しい罪の償いを払わせたり。
そのような考えをしながら応対してみると、いつの間にか人波が静まった。私に興味を持った人たちが途切れた……というより、もう一方に気を取られているようだった。魔力の反応で見ると、見慣れた人たちが感じられた。
ケイン王子とテリアさん……か。見たところ防音結界まで使って何か話をしているようだった。かなり興味があるが、結界を突き抜けて盗み聞きするメリットがない。こんな場でやるくらいならバレることを甘受してまで聞くだけの話ではないだろう。
しかも、すべての人がそちらに気を取られているわけでもなかった。
「ラダス先生」
私に話しかける人がいた。ディオス君だった。そういえば、さっきリディアさんやテリアさんと喧嘩していたね。それが終わってすぐに私を訪ねてきたのか?
「どうしたんですか?」
「お話よろしいでしょうか」
「もちろんです。ちょうど少し暇になったんですよ」
ディオス君の表情を見ると、談笑を楽しみに来たわけではないようだった。それで彼を連れて舞踏会場の隅に行き、踊る人たちを見るように並んで奥を見るふりをした。
私が防音結界を展開して私たち二人を包んだ頃、ディオス君が口を開いた。
「聞きましたか?」
「何をですか? さっきのテリアさんとの話のことですか?」
「はい」
その話題か。
もちろん、四大公爵家の後継者たちが交わす対話であるだけに、聴力を強化して全て聞いた。意図も目的もはっきり見える。
ただ……。
「何の意味もない無駄骨ですね」
ディオス君の魔力が乱れるのを感じた。
たかがこの程度で動揺するとは、やはり未熟な生徒には仕方がないね。ディオス君は法的に成人ではあるが、それでも成人になったばかりのコゾにすぎない。
まぁ、まだそのような点が残っているのがむしろ人間的で良い。それに比べれば、ミスもなく本音まで隠しているテリアさんは人間らしくないのでぞっとする。
「ディオス君もご存知だと思いますが。世論などでリディアさんを追い出すのはもう不可能です。たとえ可能だとしても、せいぜいそれなんかでアルケンノヴァ公爵の寵愛が消えるはずがありません。アルケンノヴァ公爵閣下が世間の噂などに左右される方ではないですからね。実力でリディアさんに勝つのが一番確実でしょう」
ディオス君は返事も反応もなく沈黙を守った。表情も、魔力も穏やかだが、あまりにも穏やかなのがむしろ憂鬱に沈んだような感じがした。
一応は教師だから原因はわかっているけどね。
「勝つ見込みがないようですね」
「何の!」
その時になってようやくディオス君がかっとした反応を見せた。だが私が黙ってじっと見つめると、不愉快そうな顔で再び口をつぐんだ。
三年前の決闘以来、彼が以前とは比べ物にならないように努力していることは知っていた。もともと才能と努力がなかった生徒でもないし、心を引き締めて修練するとその時とは比べ物にならないほど強くなった。
しかし、リディアさんはより大きな才能を持っており、努力の度合いも大きい。そして始祖武装に覚醒し、純粋な実力でも差をますます広げている。
他の誰よりもディオス君自身がそれをよく知っている。
「前にも申し上げましたが、アルケンノヴァの本質は魔道具をいかに使いこなすかにあります。そして魔道具を扱うということは必然的に魔道具自体の性能も影響します。良い魔道具を持つ者はより強い力を発揮する、これは基本の基本です」
「俺にはダウセニスはそのような武器です」
確かにそれはそうだ。
極穿槍ダウセニスはアルケンノヴァが持つ秘宝の一つ。機能が限られているという欠点があるが、槍としての性能は比類のない。しかもディオス君の主な武器は槍。率直に言って、ダウセニスの力をすべて引き出しても勝てなければ他のなにを持っても見込みがないと言える。
力を全部引き出したら、ね。
「間違った言葉ではないですね。でもすでに言ったと思いますが。魔道具を〝どれだけうまく〟扱うかが本質だと」
「俺がダウセニスをきちんと使えないということですか?」
「違う言葉に聞こえましたか?」
ディオス君の顔が険悪に歪んだが、他に反論はできなかった。
ダウセニスは極穿槍という名の通り、貫くことに特化していた。機能の多様性は劣るが、貫くという一つだけ見れば世界でも指折りの武器だ。
端的に言うと、三年前の彼はダウセニスの力を二割もまともに引き出すことができなかった。今も依然として半分にぎりぎり及ばないレベルだし。
「私が前に差し上げた魔道具は使ってみましたか?」
「たまに使っています。確かに強力でした。ダウセニスの力も格が違いました」
「その程度の力は他の魔道具なしでダウセニス単独でも出せます。まずその力に慣れ、ダウセニスの力をその慣れで探してみましょう。それを自力で引き出すことができれば、ディオス君は次の段階に移ることができるでしょう」
そう言いながら、私は胸から小さな玉を一つ取り出した。『圧縮』の魔力で物を保管した魔道具だ。
「私が持っているものの中で一番強力な槍です。形状を圧縮する魔力を解除すれば内部に封印された槍を取り出すことができます。最終的な可能性はダウセニスよりも強力ですが、同時に非常に危険な魔槍です」
「ダウセニスより……!?」
ディオス君の目が驚愕に染まった。
「そんな貴重なものをなぜ私に……?」
「申し上げた通り危険な魔槍です。でも、この槍は前に差し上げたものと相性が良く、ダウセニスにも似た部分があります。これを利用して修練をすれば、ダウセニスを使う感覚を身につけるのにも良いでしょう」
「危険……どんな槍なので危険なのですか?」
「これも黒騎士のための槍です。つまり邪毒を使います。安全装置はありますが、何が起こるか断言はできません。だから慎重に使ってください」
ディオス君は玉を見つめながら唾をごくりと呑んだ。
まぁ、普通はそんな危険な物を生徒にあげることはないが……ディオス君は力を得ることができることに魅力を感じたのか、何の疑いもなくそれを受け入れた。
余計に面倒くさく言う必要がなくていいね。ディオス君があれをどれだけ使うかは分からないが。
すでに前に与えた魔道具による〝変質〟は私の目には見えている。そこに今くれた槍まで重なれば、恐らく数年以内に彼の〝変質〟はあの御方が予想した通りになるだろう。
その結果、どのようなことが起こるのだろうか。そして、その余波が他の計画にはどのような影響を及ぼすのか。そんなことを考えながら、私は冷たく落ち着いた気持ちで舞踏会を見守った。
―――――
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