視察?

「視察……ですの?」


「はい。もともと適当な周期で視察をします。次の日程がちょうどアカデミー連休の時なんですが、その時にテリア公女も同行すればいいなと思いまして」


 本当に突然の提案だね。


 視察自体はゲームにもあった設定なので知っている。でもあえて私に同行を提案する理由はわからない。人手が足りないわけでもないだろうし、たとえ足りないとしても私に言う理由はもっとないだろう。


【視察に貴方が必要なんじゃなくて、同行自体が目的かもしれないわよ】


 うむ、そうかしら?


 一理あるけれど、やっぱり直接聞いてみないとわからない。


「殿下が直接ご提案くださったことは心より光栄に思いますの。しかし、なぜ私にそのような提案をされるのかが理解できません。失礼でなければ理由をお尋ねいたしてもよろしいでしょうか?」


「相変わらず丁寧ですね。そんな質問程度で腹を立てるほど心が狭い人ではありません」


「殿下がそんな人かどうかはよくわかりませんので、つい間違いを犯しましたわ」


〝私が知るはずないじゃん、この野郎〟を丁寧に言うと、ケイン王子は「それは当然ですね」と笑った。しかし口元が少しピクピクするのを見ると、大体私の言うことの意味を理解したようだ。


「舞踏会で貴方がおっしゃった話のことですが」


 ケイン王子の目が鋭くなった。それに合わせて私も姿勢を直し、彼の視線を正面から受けた。


「あの時の話が本当なのか、それとも一部や全部が嘘なのかはわかりません。嘘なら言うまでもないでしょう。しかし、本物だとしても問題は残っています」


「どう対処するか、ですの?」


「正確ではないですね。どう対処するか……ももちろん重要ですが、それよりも重要なのは貴方の方法そのものに対する信頼性です。実際にその時の例について、貴方は単純明快な解決法をご宣言になりましたね」


 ジェフィスを強くするということだね。


 確かに、私が言ったことをすべて信じるとしても問題はある。事件自体がジェフィス以外の人々に及ぼす影響もそうだし、その方法でジェフィスが本当に死を避けることができるかも不確実だ。


 そして何よりも……。


「指摘したいのであれば指摘することは多いでしょうが、すぐに根本的な問題は一つ挙げられます。……貴方が本当にその役割をきちんと遂行できるかどうかです」


 やっぱりそれなのね。


 非常に重要な要素ではある。私は人から見るとちょっと変わっていて年齢に比べて強い公女かもしれない。でもあくまでも〝年齢に比べて〟強いのであるだけで、正確な全力がどの程度なのか対外的に公開したことはない。私の使用人や友人、そして妹のアルカでさえ、私の全力がどの程度なのかはわからない。


 ……正直、今の私は騎士団の千夫長と戦っても負けない自信はある。


 騎士団の部隊は十人隊、百人隊、千人隊、そして万人隊に分けられる。そして各部隊を担当する職位が数字を合わせた夫長たち。つまり、千夫長ならなんと千人で構成された千人隊の隊長であり、彼らの上には五人もいない万夫長と騎士団副団長、そして団長だけ。


 すなわち、千夫長と戦う自信があるということは、小なくとも各騎士団でTOP五十人内には入る自信があるという意味だ。


 でも私が今まで表に出した実力はそれにはるかに及ばない。わざと隠したわけではなく、ただ発揮する機会がなかったからだ。しかし、とにかく実力が隠されているのは事実。それに私がどんなに強くても、人を教えることも上手だという保証はない。


 つまり、私の言うことが事実だと仮定しても、私の能力に対する信頼とは別だ。それを言うのだろう。


[イシリン、貴方はどう思う?]


【多分できるんじゃないかしら? 私が『バルセイ』を直接やってみたわけではないけれど、貴方が教えてくれた展開通りなら、ジェフィスの最後の戦いは大変ではあったけれど完全に不可能じゃなかったから。他のみんなが強くなる速度を考えれば、ジェフィスも同じく鍛錬させればできるでしょ。ゲームで自分を殺した奴くらいは何とかできそうよ】


[ケイン王子の提案については?]


【今あの話を切り出したのを見ると、多分その視察というもので貴方の能力を試そうとしているのじゃないのかしら? 視察自体が普通のことじゃないと思うわよ】


[やっぱりそうでしょ?]


 考えをまとめた私は結論を先に口にした。


「視察で私の能力を試すということですの?」


「やはりお分かりが早いですね。そうです。もちろん貴方の能力を全部試してみることは不可能でしょうし、あまり確実な方法でもないのですが、見積もってみる程度なら十分可能でしょう」


「他でもなく王都を視察するのに能力を試すような状況になるのでしょうか?」


 ケイン王子はニッコリと微笑んだ。


「その質問は王都の安全が無条件に保障されるという前提の下でのみ意味があるのですね」


 その感じを何と表現すればいいのかしら。


 まるで蛇が体を伝って這い上がるような感じだった。全身にぞっとするような感じと共に、冷たい眼差しが私をかき乱すような感覚が感じられた。


【これ結構攻撃的に出るよね。こっそり魔力までこぼしてるもの】


[反応を見ようとしているのでしょ]


 突然の行動だったけれど、私は一抹の動揺も見せなかった。そもそもケイン王子がいきなり人を攻撃する人でもないし、


 私が平然としていると、ケイン王子が放っていた魔力が消えた。


「今はかなり無礼な行動でしたが、全然動揺しませんね」


「動揺する理由がありませんから」


「ほう?」


 ケイン王子はかなり意外そうだったけれど、私にとっては何もおかしくない。


 私は見せびらかすように大胆に笑った。


「そもそも殿下の行動にはすべて理由があると思うんですの」


「それは本当に、ありがたいお言葉ですが、誇張がちょっとありますね。私だからといってそんなに徹底した人ではありません」


「さぁね。しかも……私は弱者・・の誇示に怯えるほど弱くはありませんので」


「……ほう?」


 明らかな挑発にケイン王子は微笑んだ。でも彼がそれ以上の反応を見せる前に、私は素早く私たちを包み込む透明な結界を広げ、魔力を高めた。


 お腹に鉄が入るような重圧感が結界の中を埋め尽くした。ケイン王子もそれには少し驚いたらしく、まれに彼は目を丸くした。すぐ元に戻ったけど。


 本気で戦う時に比べるとスズメの涙のレベルだけれど、今ちらっと見せただけでも生徒レベルをはるかに超えているということくらいは分かるだろう。ケイン王子ならその程度の眼目はある。


「味見ですわ。本番は視察の際にお見せしますの。そのようなことが起きたらですけれども」


「……これは少し予想外ですね。確かに楽しみな力です。今のレベルだけでも百夫長の座くらいは狙えます」


「大げさですわね」


 私はわざと猫を振って笑った。……百夫長どころか、千夫長も相手にする自信があることはやっぱり秘密にしておこう。


 私の言葉をどう受け取ったかはわからないけれど、ケイン王子は再び笑って手を差し出した。


「本番を視察の際に見せるということは、出席するということでよろしいでしょうか?」


「一応はそうですわよ。まぁ、急にとてつもなく急用ができたらどうなるかは分かりませんけれど、王子殿下の招待を断るほどの急用はよほどではございませんでしょう」


「ハハ、楽しみにしています」


 ケイン王子が差し出した手を軽く握った。


 なかなか堅い手だ。普通の王子が持つほどの手ではないけれど、自ら武力を備えることを重要視するバルメリア王家の人にとって、この程度は普通だ。しかもケイン王子は攻略対象者として才能と実力の両方を備えている。


 普通ならせいぜい王都視察の程度で私の実力がわかるようなことは起こらない。でもケイン王子がこう言うのを見れば、そんなことが起こる可能性があるということだろう。


 考えてみれば、ゲームでも彼は視察という名目で出陣し、安息領や犯罪者をぶっ飛ばしたことが何度かあった。今回の視察もそういう目的かもしれない。


「具体的な視察ルートはどうなりますの?」


「それは……申し訳ありませんが、他の人にお聞きください。そろそろ次のスケジュールがありまして」


「ああ、なるほど。長くなってごめんなさい」


「いいえ、そもそも私が用件があったのですから。視察はジェリアとジェフィスがいつも同行します。今回もすでに話は終わっていますので、詳しい話はその二人にお聞きください。あ、そして信頼できる使用人や護衛なら一人か二人くらい連れてきても大丈夫です」


 では失礼しますと言って挨拶したケイン王子はそのまま去っていった。


 ケイン王子の姿が完全に見えなくなると、ロベルはまた口を開いた。


「お嬢様、急に王子殿下を脅してはいけません」


「あっちが先に魔力で喧嘩を売ってきたから大丈夫。しかも、そのくらいは見せる時でもあったし」


「いくらなんでも程度というのがあるものです」


 ロベルはため息をつきながらも、それ以上何も言わなかった。


 まぁ、許してくれたというより、私にそれ以上言っても意味がないと思ったのだろう。そういえば「お嬢様のことはもう諦めました」とため息をついた人がいたけれど。それがロベルだったのか、トリアだったのか、それとも両方だったのか?


 とにかく、おかげで私も最近は楽になった。


【適当すぎじゃない?】


[……私もそんな自覚くらいはあるのよ]


【直さないと意味がないわね】


 ちっ、クスクスとは。


「ロベル、ジェリアとジェフィスに連絡してね」


「かしこまりました。視察の件を確認すればよろしいでしょうか?」


「ええ、お願い」


 よし、二人に確認してみようか。


 私はロベルの背中を見送って、二人の返事を待ちながらケイン王子の意図について考え続けた。


―――――


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