お互いが狙うこと

「どういう意味ですか?」


「言葉通りだぞ。君はどうしたいのか? さっきテリアがいい人だと思うって言っただろ?」


「……ふむ」


 正直、第一印象だけで肩を持つのはあまりにも生半可な行動だ。でもテリアはもちろん、周りの人たちも皆良い人たちのようだった。しかも何より、見た目よりかなり工夫の多い姉君がテリアとの親交を維持し続けている。さっきもかなり怒ってたし。


 僕一人だけの考えならともかく、四年もテリアを見てきた姉君の判断なら信じられる。


「今のところ、テリアを助けたいと思っています」


「よく考えた。君と本気で敵対することがなくてよかったな」


 知らないうちに生死の分かれ道が!?


 鳥肌が立った。僕の判断次第で姉君と反目するかもしれないということも、そして姉君がそんなにまで言うほどテリアを大切にしているということも驚いた。ケイン殿下も僕と同じ考えなのか、いつも鋭い目が丸くなった。


「君がそんなことを言うほどなんて、すごいね。それにジェフィスも肯定的に見ているようで。これ、私もだんだんテリア公女に興味が湧いてくるよ」


「そもそもテリアを見ようと編入早めたじゃないか?」


「そうだけど、君がこんなにテリア公女に心酔しているとは想像もできなかったよ」


「それで? どうするのか?」


 姉君がそんな質問をしたが、あまり期待していない表情だった。そもそも自分が噂を生産しなかったとしても、拡散に平然と加担した人だから。


 しかし、殿下が時々悪い噂を作るのはあくまでもその人を試すためだけで、姉君がそこまでテリアの肩を持つ以上、特別なアクションは取らないだろう。


 ケイン殿は予想通り積極的ではなかった。


「私はしばらく見守っているよ。君やジェフィスは信じるけど、テリア公女についてはもう少し見て判断を下したいよ」


「は、そうだと思ったぞ。邪魔はするなよ」


「そんなつもりはないから安心して」


 ケイン殿下はそう言ったけど、意味深に笑うのが何か企むような顔だった。姉君もその表情が気になったのか「何だ」と殿下を睨んだ。それにしても答えてくれる人でもない……。


「舞踏会を開いてみようかと思うよ」


 あれ、答えたね。


 率直に言えば突然何の舞踏会かと思った。でもケイン殿下は何の意味もなくそのような話を持ち出す方ではない。ただほとんどの場合、その〝意味〟を一人だけ抱いている人だから問題だけ。


 しかし、今回は素直に下心を打ち明けた。


「多分ディオス公子は例の噂を社交界にも広めようとするだろう。アカデミーもアカデミーだが、社交界で有力者に否定的な認識を広めておくのは十分効果的だから。そこにテリア公女も招待してみようかと思っているよ」


「ふむ。そこでテリアがどう出るのか見るってことか?」


「そうだね。今はあまり積極的にアクションを取らないようだけど、本格的に有力者たちの耳目が集まる社交界ではそんなに消極的に対処できないよね? そのような噂を放置すると、ややもすると家全体の名誉が失墜する恐れがあるから。生徒たちのデマ程度では事情が違う」


「相変わらず面倒な奴だな」


「そうですね。殿下のこういうことで傷つく人も多いんですけど」


 姉君と僕の言葉にケイン殿下は鼻で笑った。


「私は王子だよ。人々を導かなければならない立場だ。すべてを窺いてみて、私が本当に認められる人でなければ放っておけない。有能な人ほど、その能力を国に捧げることができる人間なのかを必ず確認しないと。能力があっても、その能力が国を狙う毒牙なら無能な奴より役に立たないから」


 一理あるが、その思想が暴走すればすべての民の思想を統制しようとする暴君になりかねない。果たしてケイン殿下はそれを正しく理解しているのだろうか。


 僕や姉君が指摘したことはある。でもその指摘がケイン殿下の心境にどれほど変化を与えたかは自信がない。


 ……それにしても舞踏会か。また面倒なことになりそうな気がする。


「ちなみに君たちも招待するよ。なるべく来てほしいんだけど」


「君がでたらめなことするのか監視するためにも出席するから心配するな」


「僕も特別な予定がなければ参加します」


「おや、それなら予定ができる予定を全部切り取ってあげないとね」


 やはりこうなるのかな。今度は姉君を助けるつもりで状態でも見ようか。


 どうか余計な騒ぎだけは起きないように。




 ***




「……そんな話が出たぞ」


「そうね。話してくれてありがとう」


 ジェフィスとの手合わせの翌日、ジェリアに話を聞いた私は思わず頭を抱えてしまった。


 予想はしていたけれど、やっぱりケイン王子の信任を得るのは面倒そうだ。それより変な噂ができたのを自分の部下を利用してもっと広めるなんて、一体何をしているのよ。ゲームでは噂を利用して人を試すとか、そんな面倒なことはしなかったんですけど。


 正確には過去そんなことをしたっっての設定はあった。でもアカデミーに編入した後は修練騎士団を率いるのに忙しかった。そもそもその原因である私がゲームでの悪事をしないので、ケイン王子があんな行動をする余裕ができたかも。


 ……いや、やっかいなことでもするのをかえって幸いに思うべきかしら。


 頭の中でぐるぐる回るゲーム設定を一つ一つ整理していると、横でアルカが不満そうな顔で声を高めた。


「何ですか! なら、その悪い噂を王子様が直接広めたということですか!?」


「正確には噂を作ったのではなく、他の奴が広め始めたことをもっと早く広めたな」


「同じですよ! 悪いことじゃないですか!」


「そう! リディアも許せない!」


 放っておくとアルカとリディアがケイン王子に攻め込む勢いだったので、一旦は二人をなだめた。しかし、やっと落ち着かせたのかと思ったら今度はロベルが不愉快そうな顔で割り込んだ。


「いくら王子殿下でも、それは無礼な行動です。そもそも公爵家との問題になるほどのバカなことです。正式に抗議した方がいいと思いますが」


「大丈夫。殿下の立場からは噂の真偽を見極めることもできなかったはずだからね」


「真偽が問題ではありません。そういうデマの拡散に役立っただけでも十分問題行動です。いいえ、むしろ真偽を見極めることもせずに生半可に広めたことからが、王子としての資質を疑うのに十分な行動です」


 その話も一理ある。でも率直に言えば私にはどうでも構わないことだ。そんなことをした私としてはかえって甘受しなければならないな……。


 ……。


 ……〝そんなこと〟? そんなことって何?


 まただ。こんな違和感がある考え。そんなことなんて、私はあんなデマで私を攻撃してもいいことはしたことがないのに。


 それともまさかこれも……。


「とりあえずボクが文句を言った。そして噂を誰が初めて広めたのかもケインが調査することにしたから一応我慢してくれ」


 脱線していた考えをジェリアの声が返した。


「ジェリア様はなぜケイン王子殿下と親しくなったのですか?」


「ロベル、そんな質問は……」


「大丈夫だテリア。まぁ、ケインがたまにアレなことをするが、根本的には国を考える奴だ。それでも暴走したら困るから、ボクが時々後頭部を殴るんだ。ジェフィスの奴も一言くらいは手伝うし」


「ジェフィスも殴るの?」


「いや、ぶん殴れ言ってるが、全然殴らなくて言葉だけだぞ。小心者め」


 いや、気兼ねなく王子を殴る貴方がもっと変なのよ。


 とにかく、舞踏会か。ゲームでは舞踏会イベントや回想は特に出たことがなかったけれど、今の私は公女として社交界の経験ももちろんある。


 ただ、ケイン王子は親睦を深めるために私を招待しているわけではない。そこで特別なものを見せてあげられなければ、また私を煩わしくするだろう。いや、もしかしたらその逆に私に対する関心を完全に絶つかもしれない。それは困るわよ。


 ディオスが舞踏会で噂の拡散を狙うという推測には私も同意する。でもいざデマの主犯がディオスだと確定したわけではない。もしそうでなければ、舞踏会への出席自体が時間の無駄になる可能性もある。


 いっそ断っちゃおうか? いや、名分がない。必ずしも出席しなきゃならないというわけではないけど、王子の招待を断るにはそれだけの名分が必要だ。しかも、ケイン王子が意図を素直に説明したのは、恐らく今のようにジェリアを通じて私に伝わることを期待したのだろう。


 もしそうなら、これは断るのは許さないという警告かもしれない。


 一人でそんな考えをしていると、ジェリアが私の悩みに気づいたように割り込んだ。


「もし断ったければやってもいいぞ。ケインの奴はボクが一発ぶん殴ってあげるからな」


 いや、だからなんで王子を殴るのが前提なの!? それで私に火の粉が飛んでくればどうするのよ!!


「大丈夫。出席するつもりだからね」


 ……たまにはこんな問題を強く問い詰めることができない私自身が嫌だ。


 それでも出席を決めたのは本気だ。訳もなく断ってもケイン王子の認識が悪くなれば本末転倒だし、うまくいけば私が得るものもありそうだから。問題はどのように彼の興味を引くかだけど……。


 そう思っていた私の頭の中にふとある考えが浮かんだ。


 考えてみれば、私がこのように悩むのはそもそもケイン王子の肯定的な関心を引くのが難しいからだ。そして、その判断の根拠はゲームでの姿。


 けれども、考えてみればゲームではそもそも立場から違っていた。攻略対象者である彼の〝心〟を得ることが最も重要な条件だったから。


 でもね、私は別に彼の心を得るのが目的じゃないじゃない?


 そこまで考えた瞬間、私は今まで考えたことのない発想に到達した。




 ……この世で私の秘密を唯一共有する人。それがケイン王子になったら?


―――――


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