噂の真偽は?
ケイン殿下。ジェリア姉君。そして僕、ジェフィス・フュリアス・フィリスノヴィ。
この三人が集まって話を交わすのはよくあることだけど、アカデミーという新しい場所で集まると何か新しい感じがした。気のせいか、姉君もいつもより機嫌がよさそうだった。
「ジェフィス、今日テリアと手合わせしたんだと? どうだった?」
「全然ダメでした。確かに速度は僕が上でしたけど、僕の攻撃は一つも届きませんでした。技量で完全に翻弄されました」
聞いたところによるとテリアは僕と同い年、リディア様は一才年上で、アルカ様は二才も年下だと聞いた。しかし、直接手合わせをしたテリアの他にも、残りの二人もやはり戦って勝つとはあまり思わなかった。
家の人々と仲は悪いが、フィリスノヴァの気風自体は僕にも染み込んでいる。そのため、競争心が生まれる一方、一体どうすればそのように強くなるのか気になる。
そんな考えをしていたが、なぜか姉君がニヤリと僕をのぞき込んでいた。
「テリアを考えているのか?」
「はい? はい、まぁ……」
「テリアのこと、好きなのか?」
「へっ!?」
このバカが突拍子もなく何言ってるのかよ?!
姉君が突然変な言動をするのは慣れているけど、このような主題で刺してくるのは初めてだ。ニヤニヤするのが憎らしいね、本当に。
「そんなことないんですよ」
「そぉか? だがテリアだけ〝テリア〟だろう? 他にはちゃんと様つけなのに」
「なんだかんだで敬称を外そうという話になっただけなんですよ。そもそもそちらから先に提案したもので」
姉君は僕の説明を聞かずにずっと僕をつついていた。本当に、昔から変なものを取ってからかおうとする癖は相変わらずだね。
しかし、姉君はすぐ苦笑いしながら肩をすくめた。
「それにしても、テリアが結構手加減をしてくれたみたいだな」
「は? それはどういう……」
「君があいつより早かったって言っただろ? 悪いがあいつが全力を尽くせば君なんか一瞬で圧殺されるぞ」
マジか。
『加速』を持った僕より早いなんて、それくらいならもう人間の領域じゃないんじゃない?
……という気がした。しかし考えてみれば、騎士団の幹部くらいになれば特性なしでも今の僕より速い。それにテリアは紫光技を使っていた。特性を模倣できるという紫光技なら、僕の『加速』を模倣することもできるだろう。
一方、ケイン殿下は何を考えているのかよくわからない顔で口を開いた。
「君から見るとテリア公女はどんな人だと思う?」
「さぁね。まだ知り合いになったばかりですので」
「でも大体の印象くらいは言えるだろ?」
その言葉に僕はもう一度テリアのことを考えた。
実は姉君に話だけ聞いた時は姉君と似た人だと思っていた。強くなるために無謀なことまで躊躇しない公女なんて、姉君以外にはいるとは思いもよらなかったから。
いや、正直に言うと姉君以上に接しにくいと考えた。学問と研究に長けたオステノヴァの公女でありながら力を追求し、姉君より強い人だなんて、一応この国の常識に反する。
でも直接会ってみたテリアは僕が予想……というより、勝手に想像していたのとは全く違う人だった。
穏やかで思いやりのある笑顔がいつも口元にこもっていた人。その一方で剣を持った時は厳粛で、人が困らせる時は困ったりもした。女性にしてはかなり高い身長ほど大人っぽくて、アルカ様やリディア様が子どものように振る舞うのを収拾する時は貫禄さえ感じられた。
ちょっとした出会いだけでこんなに多くの印象を残した人は初めてだ。ずっと交流しているうちに印象が変わるかもしれないが、少なくとも今まで感じたことではいい人だと思う。
「まぁ……いい方のようでした。少なくとも殿下が広めた変な噂は全く似合わない方でした」
「ああ、そういえばいきなりテリアをけなす噂が出てきたぞ。前にも言ったが、いい加減にしろよ?」
僕と姉君の言葉にケイン殿下はしばらく目を丸くしたが、すぐにニヤニヤして首を横に振った。
「今回は私がやったんじゃないよ」
「何言ってんだ。それを信じると思ったか? この常習犯め」
ケイン殿下はいろいろと人を試す癖がある。その一つが否定的な噂をまき散らし、その噂に対する当事者や周辺の人々の反応を見ることだ。それを通じて人望や性格などを推察するとか。
正直、趣味悪いな方法だと思うけど、それも姉君や僕が手綱を握ってあげたから良くなったのだ。そのまま放置すれば何をするか分からない人だから。
ケイン殿下は苦笑いしたが、いつもと違って今回は頷かなかった。
「本当に違うよ。しようと思ってはいたんだけど……」
「考えてはいたんだな、こら!」
「ハハ、何を今更。とにかく……いざやろうとしたら、もうそんな噂が流れていたよ。私はただ人を使ってその噂をもう少し早く広めただけだ」
「は?」
その瞬間、周りの気温が急激に下がった。暖かい天気にはありえない白い息が出始め、周りの草に霜までかかった。
僕は慌てて姉君の腕をつかんで止めた。
「姉君、姉君! 落ち着いてください!」
「……ケイン。それ、本当か?」
「私の王位継承権に誓って事実だよ。何でも誓いの言葉でも言える」
「……そう、君じゃなくて他の奴がそんな噂を広めたんだな……?」
こんなに怒る姉君は久しぶりに見る。
噂を広めたのがケイン殿下だったら本気でもなく、後始末も殿下が責任を負うからむしろ大丈夫だ。しかし、犯人がケイン殿下ではなく他の誰かなら、心からテリアを陥れようとそんなことをしたのかもしれない。
姉君もそれを考えて怒るのだろうが……陰口を広めたからといってこんなに怒るなんて、それほどテリアを大切な友人だと思っているのか。ちょっと意外だ。
「そして君はそれを浮かれて下っ端にやらせてもっと広めたのか?」
「浮かれてるなんて、私も好きでそんなことしたわけじゃないよ」
「そんなこと大好きじゃないか、バカもの」
姉君はため息をつき、額に手を当てた。激しく噴き出してきた冷気は収まったが、瞳の中にはまだ魔力が燃えていた。
「ケイン、噂の震源地は知らないのか?」
「それは特に調べていなかったよ。まぁ、今からでも調べることはできるよ」
「余計に早く広めたから、調査も責任を持ってやれ」
「わかった、わかった。それでも興味深いね。君がここまで怒るなんて」
「ふん」
姉君をここまで魅了した人だなんて、僕ももっと興味がわいてくる。姉君は強い人が好きだから一番大きな要素は恐らく強さだろう。でもそれだけならむしろここまで気にしてくれない。
「そういえば、テリアは噂自体はあまり気にしていないようでした。むしろ人が噂のせいで喧嘩することだけに気を使い、いざ噂の内容や評判についてはあまり言及もありませんでした」
「また? ったく、あいつは相変わらずだな」
「またって? 姉君、どういう意味ですか?」
「うん? ああ、大したことないぞ。あいつ、自分が悪口を言われるのは昔からあまり気にしていなかったんだ。三年前にあの野郎が空言を言った時も……ちっ、その場にボクがいたら口を破ってしまったのに」
「あの野郎?」
「そんな奴がいる。そういえば、そんなデマを流すだけの奴でもある」
すると姉君は一人ぶつぶつ言いながら物思いにふけった。ちらっと盗み聞きしたが、言葉が断片的すぎて脈絡が読めない。
「……なるほど。そういうこともあり得る」
「殿下?」
ケイン殿下を振り返ると、彼はまた何かを一人で納得したような顔で頷いていた。何だろう、この一人ぼっちになるような感覚は。
幸い、ケイン殿下は僕の視線に気づいて説明を始めた。
「三年前にアルケンノヴァ公爵家の後継構図が変わったのは知ってる?」
「聞いたことはありますが、詳しくはわかりません」
「もともとアルケンノヴァの最も有力な後継者はディオス公子だった。ところが、三年前の公開決闘で妹のリディア公女が彼を倒した。それだけでなく、幼年時代から持続的に虐待されてきたと暴露までしたそうだよ。それに彼の取り巻きたちに対する告発もあって勢力がかなり縮小された」
その後、リディア様はディオス公子の爵位継承に反対する旨を公表したが、本人の爵位継承については何も言わなかった。するとディオス公子やリディア様以外の後継者たちが水面上に上がり始めた……というのがケイン殿下の説明だった。
「まさか噂を広めた犯人がディオス公子だということですか?」
「多分ジェリアはそう思うはずよ。勢力の観点で考えてみてもディオス公子以外にこんな風にテリア公女に立ち向かうような人はいない。まぁ、私が注意を払わないほどつまらない勢力が公爵家の次期後継者を相手に覇気あふれる挑戦状を突きつけたのなら、また分からないけどね」
ディオス公子か。もともと悪い噂がかなりある人だけど、三年前からそんな話が社交界にも公然と出回っていた。しかし、それがテリアと何の関係があるのだろう?
僕の疑問を察したかのようにケイン殿下が続けた。
「三年前の公開決闘の際にテリア公女が介入したようだよ。リディア公女を鍛えたし、決闘後もいろいろな後始末や対外的なことを手伝ってくれたと聞いたよ」
その時、想念から戻ってきた姉君が説明を手伝った。
「ああ、そうだ。ディオスの奴、それ以来何度かリディアを陥ったりいじめようと試したりもしたぞ。それをテリアがほとんど防いでくれた。そもそもリディアが決闘で勝つことができたのもテリアのおかげだから、ディオスの奴はテリアに恨みがあるはずだ。三年間じっとしていたくせに今動いた理由は分からないが」
姉君は舌打ちをしてまた考え込んだ。
……恨みか。ずっと掌握してきた家柄の権力を奪われたら、それも当然だろう。今も時々姉君を脅かす兄姉たちを思うと納得できる。
そんなことを考えていると、姉君が突然僕に話しかけた。
「ジェフィス、君はどうしたいのか?」
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