決闘 中:劣勢

 圧倒的だ。


 その姿を見た瞬間、私、リディアが一番先に考えたことだった。


『鋼鉄』の魔力が瞬く間に無数の鋼の羽毛を作り出した。兄様を、あるいは槍を中心に舞うそれらは、一つ一つが大きな魔力を抱いていた。


 それだけでなく、羽毛の魔力が互いに共鳴しながら魔力を増幅する強力な魔力場を生成した。それが槍と兄様の魔力を強化した。そして兄様が急激に高めた魔力が魔力場とシナジーを起こし、まるで山を前にしたような圧迫感が感じられた。


 その光景に畏敬を感じながらも、頭の片隅では冷静に違和感を求めていた。


 ……槍の魔力がもっと強い。


 兄様よりも槍の存在感が強かった。確かにあれは我が家の秘宝の一つだけど……おかしい。


 いくら兄様の魔力場が槍を強化したとしても、ダウセニスの力はあれほどじゃない。過去一度だけだけれど、父上が直接あの槍を使う姿も見た私なので確実に断言できる。


 考える私を見て何を考えたのか、兄様が鼻で笑って声を高めた。


「は! 怖いのかよ? やはりバカ頭は分からなくても体は分際を分かるんだな!」


 突きが飛んできた。恐ろしいスピードだった。辛うじて避けたけれど、衝撃波だけでも体が震えた。続いて広く振り回された槍の柄を防ぐと、相当な衝撃が手を襲った。


「うぐっ!」


 剣が壊れた時ほどではないけど、その時を除けば今までで一番重い衝撃だった。そのような攻撃が何度も続いた。最後の強力な突きを防ぐと、強烈な痛みが腕を襲った。


「うっ、あ……!」


 衝撃でヒリヒリした手のせいで剣を放すところだった。その後も兄様は軽い態度で槍を突き出した。でも私には全然軽くなかった。


 歯を食いしばって、剣に魔力を集中して必死に防ぎながらも考え続けた。


 この威力、やっぱり尋常じゃない。兄様の力よりは槍の魔力そのものが私を圧倒した。これは確かに何かがもっとある。


 私が圧倒されながらも必死に打開策を工夫していると、兄様が舌打ちをして左手を胸に置いた。


「ちっ、本当にしつこいな。早く終わらせてあげるから帰ってそのメイドの奴でも……、……?」


「……?」


 兄様が魔道具と見えるネックレスを握ったけれど、特に何も起こらなかった。しばらく握っていた兄様がイライラした。


「チクショウ、無能な奴らだな。その簡単なこともちゃんとできないのかよ?」


「何の、くっ! 意味ですの!?」


「お前の知ったことじゃない!」


「うっ、ああっ……!」


『鋼鉄』の魔弾が相次いで降り注いだ。必死に展開した魔力盾がボロボロになり、剣でも弾き出せなかった魔弾が私の体を殴った。瞬間的に体を強化したおかげで貫通はしなかったけど、私が飛ばされてしまうのは防げなかった。


 しかし、おかげで距離が開いた。


 ――白光技〈断罪の結界〉


 兄様のいる一帯を巨大な結界が包んだ。内部に存在するすべてのものを無慈悲に破る結界だった。結界が展開すると同時に、私はズキズキする体を無理やり動かし、連射小銃を取り出した。


「ほう。なかなか高等技を使うんだな」


 本ッ当にムカつくわね……!!


 魔弾を素早く撃った。私の攻撃に対抗して、兄様は鋼の玉のような防御膜を作った。〈断罪の結界〉が発射した数多くの魔力の刃も、降り注ぐ魔弾の弾幕も全てその防御幕を貫くことができなかった。それでも私はずっと魔弾を撃った。


「いつまでくだらないことばかり……」


 兄様が再び何か言った瞬間、魔弾の一部を爆発させた。くあっ!? といううめき声がかすかに聞こえた。


 ――鋼鉄槍道〈競走路〉


 巨大な斬撃が全方位に噴き出して〈断罪の結界〉を壊した。しかしその時すでに私は地面に差し立てた剣を中心に二度目の結界を繰り広げた。


 ――白光技〈剣の結界〉


 近づくすべてをめった切りする結界に隠れて魔弾を連発した。それぞれのスピードで飛んでいった魔弾のほとんどは兄様の槍に弾き出されたけど、一部は兄様の周りの空中に止まっていた。魔弾が一斉に共鳴して魔力場が形成された。


 その光景に兄様が眉をひそめた瞬間、大量の魔力を圧縮した魔弾を正面から撃った。


 ――アルケンノヴァ式射撃術〈魔獣の咆哮〉


 魔力場と魔弾が共鳴して空間全体を揺るがす強力な振動が発生した。ある程度の魔物もバラバラに引き裂く強力な技だ。


 これなら少しは……。


 ――鋼鉄槍道〈高速道路〉


 閃光が爆発した。


 何かが閃いたと思った瞬間にはもう遅い。連射小銃は粉々に砕かれ、私の体は壁に飛ばされていた。壁に激しくぶつかった後で私はやっと、圧倒的なほど速い魔力の突きが〈魔獣の咆哮〉と〈剣の結界〉を全て壊して私に届いたことに気づいた。


 あまりにも圧倒的な衝撃に悲鳴もまともに上げることができなかった。全身を一斉に殴られたように痛い。幸いなことに、私の体に触れたのは技を相殺して残った影響程度だということ。それでも全身の骨にひびが入ったことだけは感じたけど。


「ふう、やっとお前の分際に相応しい姿になったぜ」


 イライラした声を聞いてやっと顔を上げた。傷一つない兄様の姿が見えた。鋼の羽毛が多少減って魔力場が弱くなったけど、〈魔獣の咆哮〉が兄様の体まで届くことはできなかったようだ。


 血が入って視界が赤くなった目をやっと拭い、目だけは力を入れて兄様を睨んだ。私の視線を受けた兄様は大げさに怖がるふりをした。


「おお、怖い怖い。お前の体は結構いい状態だがな。ははは!」


「……偉そう、ですね。外部の道具を……借りたくせに」


「ほう。気付いたのかよ?」


 戦いながらもダウセニスの魔力の流れを観察し続けてやっと分かった。兄様の槍が強化された理由を。


 一言で言えば、魔道具を大きく強化してくれる魔道具を決闘場の外のどこかに設置しておいた。その魔道具のバックアップを受けたのだ。


「だがそれを気づいたって何の意味がある? 今になって分かってもお前はもうボロボロだぜ? まぁ、こっちも下っ端の奴らが仕事をまともにできなかったが、結局なくても構わないからいいぜ」


「どういう意味ですの?」


「ああ、知らなくてもいいぜ。こっちの事情だからな」


 兄様は私に近づき、目の前にしゃがんだ。不気味に曲がった口が笑い声を流した。


「降伏するなら受け入れられないこともないぜ。ひざまずいて俺の靴をなめるならな。くははは!」


「……ふん。そんな爵位なんて、そんなに欲しいんですの……?」


「欲しい? 違う。これは俺の所有物を取り戻す正当な手続きだ。お前なんかが俺のものを持つ可能性は全くないのに、どうやら父上が年を取って判断力が鈍っていたようだぜ。それに虚しい期待を抱く虫もいるらしいし」


 兄様は顔を上げ、観客席に目を向けた。私も思わずその視線を追って、そこに座った人を見て目を丸くした。


 テリアさんだった。


 両隣に座ったネスティとアルカさんは手で口を塞ぎ、心配そうな顔で私を見た。一方、テリアさんは静かで強い目で見守っていた。


 考えが読めない表情だったけど……なぜか、私をずっと信じてくれていると思った。勘違いじゃなかったらいいね。


 ところがその時、兄様が声を高めた。


「おい。今ならまだ乗り換える機会があるぜ? こんな情けない奴なんか捨てて俺に来い。アルケンノヴァの権力が欲しければ俺につくのが正解だぜ。その綺麗な顔で尻尾でも頑張って振ってみろ! はははは!」


 このクソモノがまた……!!


 腹が立つ。しかしあの汚い口を塞ぐどころか、体をきちんと支えることも難しい。魔力で活性化した体は早く治ってはいたけれど、やっと腕が少し動く程度だった。むしろテリアさんの傍で怒っているアルカさんとネスティが今の私より役に立つだろう。


 やっぱり私なんか何も……。


「バカみたいわね。私がなんでリディアよりずっと劣るあんたなんかに?」


 ……今、何と……?


 目を丸くした。幻聴かと思ってテリアさんを見ると、彼女は腕を組んだまま微笑んでいた。そして胸からはさっきまでなかった赤い光が輝いた。その正体を確認した私は息を呑んだ。


 大きなルビーブローチ。中央の大きな宝石は確かに、この前私がテリアさんにあげたものだった。


 それを見よがしに見せる意図は……私でも分かる。


「弱くて、人柄はむちゃくちゃで、これから見込みもないあんたと交流するつもりは微塵もありません。いや、正直弱くてつまらないことは関係ないけど、人柄がゴミであることは我慢できません。レベルの低い夢は一人で自慰する時にでも見なさい」


「は! 見る目もそうだが判断力もない女だな!」


「あんたがどう思おうとどうでもいいわよ、劣等感さん。どうせあんたはどんな面でもリディアさんに勝てないですからね」


 テリアさん、私をそこまで……。


 正直、どうしてあんなことが言えるのか分からない。今私はめちゃくちゃにされて倒れてるのに。


 本気なのか、それとも私を応援しようと心にもないことを言ったのか。どちらかは分からないけれぢ、言葉でもそうしてくれるだけでも元気が出るようだった。


 その時、兄様が私に顔を向けて小さく呟いた。


「愚かなコムスメだな。俺の恩寵を蹴飛ばすとは。隣の金髪のオステノヴァはもっとバカなコムスメのようだから、あの奴でも誘ってみようか」


 ……!?


 今、何を、聞いたの?


 聞こえなかったわけではない。ただ耳で聞いた言葉が上手く組み合わせられなかった。


 今、誰に、何を、言ったの?


 こんなに頭が動かず、目の前が曇る感じは初めてだ。そして胸の中で沸き立つこの感情も馴染みがない。


「何だ、お前。怒っているのか? 味方になってくれる奴が悪口を言われたと震える良心はあるんだな。そんな良心があるのになぜ俺の前で消えずに生きているのかよ? いやらしい奴だな」


 それを聞いてやっと私はこの感情が怒りだということを知った。


 しかし、何だろう。ネスティの邪毒病が兄様のせいだと聞いた時とは違う。その時の怒りがオレンジ色だったら、今は血のように真っ赤な感じだった。あるいは激しく燃え上がる炎の色というか。


 やっと私は考えがまとまっていない理由を理解した。


 あえて。


 あえてテリアさんに。


 私の大切な友達に。


 こんなざまになった私さえも応援してくれる優しい子に。


 そして私の大切な友達の大切な妹に。


 この人は、何を、言ったの?


 それを理解した瞬間、私はためらうことなくその感情を解放した。


 


 ――太陽のような熱気が決闘場を支配した。


―――――


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