評判
「それ本当なの?」
「本当ですよ!」
アルカの説明はこうだった。
二人は食堂で偶然会って一緒に食事をすることにした。ところがリディアが食べ物を持ってくる途中に突然トレイの下がぽんと落ち、その穴から食べ物の器が落ちてしまった。再び食べ物を受け取ってきたけどまた同じことが起き、結局アルカが自分の食べ物を分けて食べようと提案したという。
だけど席に行ってみると、リディアが座ろうとした席が土埃と墨などで汚れていた。
そのようなことが起きたけど、リディアは終始笑いながら大丈夫ですってだけ言った。アルカが他の席に移ろうとも言ったけれど、訳もなく迷惑をかけたくないというリディアが汚い席に座り込んでしまった。
仕方なく食事を再開しようとした途端ドロイが現れた。
「あの人、いきなりリディアお姉さんをあざ笑ってネズミを出しました! そして餌としてはこういうのが似合うとか、リディアお姉さんにこれは同族相残だとか、すごく暴言を……!」
うわ。正直、ちょっと学びたいくらい創意的だ。しかも、いくらリディアの境遇がそうだとしても、たかが伯爵令息なんかがこんな所で公爵令嬢をそんなに侮辱するなんて。いくらディオスでもカバーしてあげられないくらいなのに……。ディオスは彼をただの捨て石として使うつもりだったに違いない。それにしても彼に騙されてそんなことをしたドロイは自業自得だけど。
しかし、リディアは面前でそのような侮辱を受けても平気で対応した。一方、そのようなことに耐性のないアルカはどうすればいいか分からず戸惑っていた。そして結局私に助けを求めに駆けつけたということだ。
うーん……正直、そこまで我慢してくれたらリディアがすごいと思う。それに食べ物を二回も捨てさせたのもひどいし。こうなると、むしろそれをすべて我慢してくれたリディアがなんで爆発したのかがさらに気になる。
席を離れたアルカは知らないはずなので、リディアを振り返った。彼女はモジモジしながら話すのをためらったけれど、私が何があったのかと直接尋ねると結局打ち明けた。
「アルカさんが出て行ってからしばらくして……あの男が突然アルカさんのことを口にしました。類は友を呼ぶとかネズミの友達はネズミとか、落伍者と交わっているのを見るとレベルが分かったとか……」
他にもドロイはアルカを侮辱する発言をいくつか重ね、最終的にはアルカの姉でありリディアに協力する私までその汚い口にし始めたという。
アルカに悪口を言った時から怒りで頭が白くなってしばらく固まっていたし、私の名前まで出た瞬間その怒りが爆発したと。結局、私たちのために怒ったわけだ。
「ごめんなさい。我慢すべきだったのに……リディアは大丈夫だけど、テリアさんとアルカさんまで侮辱されるのは我慢できなくて……」
「いいえ、結局私たちのためだったのですわね。責めることではありません。むしろ感謝すべきでしょ」
それにしてもドロイのヤロウ、私の大切なアルカにそんな醜悪な行為を見せた上に直接悪口まで言ってたよね? どうやら私の方からも誠意をたっぷり込めた感謝の意を表さないと。
リディアは急に意気消沈して食堂を出ようとしたけれど、私が説得して一緒に食事をすることにした。いつの間にか生徒たちも再び平凡に食事を再開した。ヒソヒソしている声にリディアやドロイについての話もあったけど、ドロイの蛮行を見た生徒たちほとんどがドロイを非難していた。
いや、聞いてみたら何か積極的に話をする子たちがいるんだけど?
「テリア様! リディア様! アルカ様! おはようございます!」
勢いのいい挨拶が聞こえて振り向くと、見慣れた生徒数人が見えた。騎士科の同級生たちだった。私やリディア、アルカともかなり交流のある子たちだ。そういえば、積極的に話していた声がこの子たちの声だったわね。
「おはよう。朝から騒がしかったわね。食べ物が飛び散ったりはしなかったの?」
「あ、私たちは大丈夫でした。それよりあの人は何ですか! いきなりリディア様にひどいことをして! リディア様ってとてもいい御方なのに!」
わぁ、この子たち自然に相席してる。これだから陽キャは。
【貴方も十分陽キャだけど?】
[え? そうなの?]
【そうよ。それもおせっかいな陽キャなのよ】
[一言多いわよ]
私がイシリンと落語を交わしている間も、生徒たちは言葉を吐き出した。リディアは優しく笑いながら彼らの言葉に答えた。
「みんなありがとう」
「……やっぱりリディア様はちょっと変わったようですね」
「え? やっぱりそう見えますの?」
「違うと言ったら目が本物なのか疑われるほどでしょう」
それは私も同感だ。一夜にして……までではないけど、急激な変化で私も少し驚いた。
まぁ、ゲームではもっと深刻に激変したけど。
「今はよく笑顔になられるし、前だったら私たちが褒めても全然違うと否定ばかりされたでしょうから」
「ふふ、そうですわね。まだ一ヶ月も経っていないのにリディアさんをよく知っていますわね」
「はい! 私がリディア学博士号所持者です!」
こんな冗談にも笑いながら応対するのを見ると、確かにリディアの変化が体感される。
ここまではいいことだ。ここで急に変わってしまわなければいいのに。
「貴方たちや他の子たちが見るにはどう? リディアさんがディオス公子に勝てるのかしら」
「あぁあづがへあぃほ!」
「……アルカ、口の中のものは食べ切って話してくれる?」
本当に、ふぐのように頬いっぱいに食べ物を入れて話すなって。指で刺したくなるじゃない。この子も公的な場では十分優雅に振る舞うことができるけど、こんな場ではあまりにも無防備なのよ。それでも多分〝必ず勝てないと〟と言ったようだけど……その言葉自体はありがたい。
「正直、私たちはディオス様の実力をよく知りませんので、それは分かりません。でもリディア様の勝利を心から望んでいます」
「みんなもそうですよ。もともとディオス様が評判が悪いこともあるし、もう他の科にもリディア様が優しい人だという噂が広がったようです。ファンクラブまでできる勢いでした」
「ふぇっ!?」
ファンクラブという言葉にリディアがびっくりした。少し昔の姿がうかがえる反応だった。昔って言っても一ヶ月も経っていない最近なのに、何か懐かしいわね。
「ふぁ、ファンクラブって?」
「料理の授業でリディア様が好きになったという人が結構いますよ。ビクビクされるのが可愛かったと……」
「おい!」
「あ! ごめんなさい!」
「い、いいえ、大丈夫です。とにかくそう見てくれてありがとうと伝えてください」
ビクビクするのが可愛いというのは果たしていいことかしら。よく分からない。まぁ、本人は大丈夫そうだから私がなんとか言う必要はないけど。
「あ、そうだ。そういえば決闘について妙な噂がいました」
「妙な噂? 悪いの?」
「えっと……リディア様とディオス様の決闘を公開決闘にするという話でした」
公開決闘。名前の通り公開的に行う決闘だ。
ただ、アカデミーではまるで規則のようになった慣行がいくつかある。特に貴族同士の公開決闘は家柄の名誉をかけたり、同じ家柄なら継承権をかけて決闘をしたりもする。また、決闘の証人として観客を多数動員するという特徴もある。
ゲームではリディアの編入直後に行われた決闘が公開決闘ではなかった。どうせゲームではこの時期にリディアがまともに反抗できなかったので、ただリディア個人を踏みにじるだけで十分だったから。実際、最初にディオスが決闘を提案した時も公開決闘の話はなかった。
ところで公開決闘に関する噂が広がるということは、やっぱりディオスの連中が公開決闘を助長しようとするのよね。
「リディアは構いません」
私が物思いにふけっていた時、リディアは先に口を開いた。
「むしろよかったです。公開決闘なら兄様もリディアが勝った時に言い逃れできないでしょう」
「おお……リディア様、いよいよ勝利を公言されたんですか!」
「……正直自信はありません。でも兄様の連中はリディアだけでなく、テリアさんとアルカさんまで侮辱しました。その代価を払わせたいですの」
うむ、私を侮辱したことにここまで怒るとむしろ照れるね。アルカは堂々とヘラヘラするし。
しかし、一方では安心できる。ゲームでもリディアの覚醒は本人より周りの人のためだったから。リディアが私にそれほど心を抱いてくれるかは正直不安だったけど……やっぱりネスティを治療してくれたのが大きかったんだろう。
【それだけじゃないと思うけどね】
[それは貴方が変に私を高評価してくれるからなのよ]
【変なのは私じゃなくて貴方よ】
はいはい、ありがとうございます。
そんな感じで話をしていると、後ろからぶっきらぼうな声が聞こえてきた。
「来てすぐ状況把握のために走り回らなければならない私の立場もちょっと考えてください、お嬢様」
メイド服を綺麗に着飾った栗色の髪の少女、ネスティだった。
あれ? いつ来たんだっけ?
「ネスティ? いつ来ましたの?」
「おはようございます、テリア様。ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。昨日の夕方遅く到着しました。これからリディアお嬢様のメイドとしてアカデミーで過ごすことになりました」
おお、ゲームではリディアに仕えるメイドが全くなかったのに。よかった。しかもこっそり魔力で体調を検診してみたけど、その日以降治療もかなり進んだようだ。まだ少し不完全な部分もあったけど、残りは本人の治癒力に任せてもいいほどだ。
……そして遅れたのも幸いだ。もしネスティが一緒にいたら、ドロイがネスティまで侮辱したかもしれないし、そうしたらリディアが本当に大爆発したはずだから。今のリディアならネスティを攻撃する瞬間本当の核ミサイルになるかもしれない。
それにしても、リディアが積極的に変わったのを見て大丈夫だと思う。もともとは〝そこ〟に連れて行くつもりはなかったけど、今の状態なら一度行ってみるのもいいわね。
【ね。本当にそこに連れて行くの? 貴方、そうしたら嫌われるよ?】
[大丈夫。リディアなら理解してくれるのよ]
【今までそこを理解してくれた人がジェリア以外にあったの? とんでもないこと言わないで】
[でも行けるなら行ってみた方がいいの。残り時間は短いからね]
それにリディアはゲームでも〝そこ〟を嫌がらなかった。多分最初は少し怖がると思うけど。
「ふふふふふ」
「テリアさん?」
しまった、間違えて笑い声を流してしまったわね。
私は表情を整え、ちょうど話しかけてきたリディアにこっそり提案をささやいた。
「リディアさん、もしかしてですね……」
―――――
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