アルケンノヴァ屋敷
アルケンノヴァ公爵家の本邸は巨大な山脈に隣接する森の中にある。
始祖アルケンノヴァのは狩りを楽しみ、公爵家の最初の場所を決める時も狩りに出やすい土地を探したという。その時に決めた邸宅の位置が今まで続いている。
【それとなく面倒だね、ここ。オステノヴァの本邸は閑散としていたけれど、このような森の中ではなかったのに】
[まぁしょうがないわよ。王家と四大公爵家にとって各自の始祖はほぼ神格化されているから。始祖の決定や思想はほとんどそのまま続けようとするのよ。それに位置が位置なので狩りを鍛錬手段として使うのもいいし]
【いくらなんでも森で三時間歩きはちょっとひどいじゃない】
[まぁ私も共感はするけど、普通社交や業務関連のものは本邸ではなく都心にある別荘でするから。本邸を他者に開放すること自体があまりないのよ]
その本邸に部外者が訪れるのは恐らく百年ぶりだろう。
とにかく、私は休日にロベルとトリアと一緒にアルケンノヴァ家の本邸にやってきた。
リディアは私と一緒に来たがっていたけれど、私とリディアが一緒に本邸を訪れるとディオスが変な言いがかりをつけて邪魔するかもしれない。それで私はリディアが先に戻るようにし、私はディオスが動きに気づかないようにこっそりと動いた。
リディアはディオスが本邸に来るのではないかと心配したけど、そもそも休みでもないのに本邸に戻ることはあまりない。あえて帰ってくる理由もないし。それでもディオスの日程まで密かに調べてからこそリディアも安心した。
トリアは私たちを代表して邸宅の正門に貼られた呼び鈴の魔道具を押した。
[ご身分とご用件を明かしてください]
「オステノヴァ公爵家のテリア・マイティ・オステノヴァ公女です。本日はリディア・マスター・アルケンノヴァ公女様のご招待を受けて参りました」
[少々お待ちください]
長く待つ必要はなかった。
ドアが静かに開き、少し年配の執事が私たちを迎えた。
「お迎えできて光栄です、オステノヴァ公女様。リディアお嬢様にお話は聞きました。こちらへどうぞ」
「丁寧な対応ありがとうございます」
執事の案内を受けながら屋敷の中を歩いた。少し古めかしいし装飾は少なかったけれど、綺麗に整頓されていた。それでもある装飾はほとんど動物の剥製や昔の狩猟道具のようなものだった。
「アルケンノヴァ公爵家の歴史が感じられる様子ですね」
思わずそう呟くと、先頭に立ってた執事さんが口を開いた。
「アルケンノヴァ公爵家は昔から様々な道具を手がけ、狩りに長けた一族でした。その誇りは代々受け継がれて忘れられたことがありません。外にある様々な別荘は貴族らしく飾られていますが、外に見えることの少ない本邸だけは本来の誇りと歴史を持っています」
「ふふ、そういえば父上が以前おっしゃったことがありますわ。アルケンノヴァの本邸は森と獣の匂いがするって。直接見たらその言葉が理解できますわね」
執事さんはしばらく沈黙した。そして私がどうしたのかと思って声をかけてみようとした時になって再び口を開いた。
「野蛮だとは思いませんか? 他の貴族はそう思うこともあるんですが」
「そういえば、数代前のフィリスノヴァ公爵がそんな話をしましたわね?」
「有名な話です」
私は思わずクスクスと笑ってしまった。しまった、もし不快だと思ったらどうしよう?
幸い執事さんは首をかしげるだけだった。あるいはポーカーフェイスかもしれないけど。
「私はオステノヴァの名を継いだものの、母上からアルケンノヴァの血を引き継ぐ身でもありますの。アルケンノヴァを否定するはずがないでしょう」
私は母上から受け継いだアルケンノヴァの証拠である銀髪と青い目を指差しながらそう言った。
まぁ、その母上がアルケンノヴァを否定的におっしゃったら話が違ったと思うけど、母上は今も暇な時にはアルケンノヴァの本邸を訪ねてくるほど実家に対する愛着が深い御方だから。
執事さんも私の言葉に納得したのか、薄く笑いながら頷いた。
「ありがとうございます。オステノヴァ公爵家の令嬢の方々はみんな心も容姿ほど美しいと聞きました。さすが噂通りのようですね」
「あら、褒めすぎですわ。そしてアルケンノヴァ公爵家に対する考えだけで心を云々するのは性急ではないでしょうか?」
「それだけではありません。今日お越しになったのもリディアお嬢様のためでしょう」
そういえば、この執事さんは誰の味方なのだろう。
アルケンノヴァ公爵家の使用人のほとんどはディオスが掌握した。利益で誘惑しても、あるいは力で威嚇しても。だからリディアの味方になってくれたネスティはディオスには目の敵で、その子がそうなった時は一人で喜んだんだ。クズヤロウ。
この李執さんはゲームではただ何度か顔だけ見せたモブキャラだった。関連言及も少なく、途中である事件に巻き込まれて死亡したため、出現も少なかった。彼が誰の肩を持ち、どのような役割を果たしたかは私にも分からない。
ここでは一度ストレートに聞いてみようか。
「執事さんはディオス公子をどう思いますの?」
「どう、ですか。どんな意味なのかあえてお聞きしてもよろしいでしょうか」
「公爵位の次期後継者候補として、そして兄妹の長男としてどんな人なのか……と言っておきますわ。近くで見守っていた執事さんの観点が気になりますの」
執事さんはしばらく口を開かなかった。それだけでなく、どんな考えをしているのかも垣間見ることができなかった。かすかに感じられたのはどんな感情を抑えたような感じだけだったけど、それがどんな感情なのかは分からない。
しばらくして彼は口を開いた。
「それを私が申し上げるのは適切ではないと思います」
「どうしてですか?」
「私の考えを申し上げることはできますが……私の意見はかなり偏っていますので」
そう言って黙っていた執事さんは、目的の部屋のドアの前でドアノブを掴みながら再び口を開いた。
「ネスティは私の死んだ妹の一人だけの娘です」
そう言う執事さんに私は何も返すことができなかった。
案内を受けて到着したのは応接の間だった。恐らく少数の人と会うための場所だろう。部屋の大きさは小さかったけれど、他の場所にあった武器や剥製のような装飾とは違って、そこには貴族的なタペストリーやシャンデリアのようなものがあった。
……廊下がアレなのに、ここだけこんな装飾をしても意味があるのかしらと思うけど。
「テリアさん、いらっしゃったんですね」
応接の間で待っていたリディアが立ったまま私を迎えた。どうやらずっと窓の外を見ていたようだった。挨拶の後は執事にも頭を下げた。
「ありがとう、ハベロさん」
「業務を遂行しただけです。お嬢様がそんなに頭を下げることではありません」
「それでもいつもありがとう」
執事さんはちょっと困っているように見えたけど、意外と慌てなかった。リディアの性格や状況を考えると、多分こういうことも結構よくあったのだろうね。
勧められてソファに座った後、私はリディアに最初に了解を求めた。
「えっ? 使用人たちを?」
「はい。ロベルとトリアがしばらく別行動をしてもよろしいでしょうか?」
「リディアは構いませんが……」
リディアが執事さんを見ると、彼は少し悩んでいるようで私に尋ねた。
「失礼ですがご用件を伺ってもよろしいでしょうか」
「使用人の交流を少し開いてみようかと思いまして。ダメですの?」
「……。それは大丈夫です。ただ、テリア様は他の随行員を同行されていないようですが、今から随行員なしでよろしいですか?」
「私は大丈夫ですの。アルケンノヴァ側が許可さえすれば」
執事さんがもう一度リディアの意見を聞くと、リディアは頷いた。
リディアが「しばらく二人きりにしてください」と言ったので、執事さんはロベルとトリアを案内するついでに席を外してくれた。
二人きりになってからリディアはソファから立ち上がって頭を下げた。
「ありがとうございます、テリアさん。今だけはアルケンノヴァのリディアとして正式に感謝したいですの」
「そんなに礼儀正しくする必要はありません。ただの友達として……あっ、ごめんなさい」
あまり気兼ねない言葉かと思って話をやめたけれど、リディアは首を横に振ってから微笑んだ。
「テリアさんがよければ、むしろリディアの方が光栄です。リディアは何もあげられていないのに、テリアさんはたくさんのものをくださいましたからね。そして今もネスティを助けに来ましたでしょう」
おお……リディアがこんあに滑らかに話すのは初めて見る。ちょっと感動しちゃったわ。
ネスティのことを聞く時もいつもよりどもらなかったけど、今はその時とは違う。もう少し明るく、もう少し硬くなった感じがした。
……ゲームでの私ならこんなに信頼を得た後に裏切ってもっと奈落に落としたのだろう。
不吉な想像だったけど、ありそうなのがもっと気持ち悪い。えいっ、今はこんな縁起の悪い考えはやめよう。
私がじっとしているとリディアは首をかしげた。しまった、こんな場合じゃないわよ。
「あまり気まずく思わないでくださいね。ただ友達として手伝いたかっただけですから」
「……. ありがとう。こんなリディアを友達と呼んでくれたのはテリアさんが初めてですの」
「これからはもっと多くなるでしょう。心配しないでくださいね」
「ふふっ。言葉だけでもありがとうございます。でも今は兄様に勝つことから考えなければなりません」
「初めて見た時のリディアさんなら勝つなんて想像もできなかったでしょうけどね」
「そうですわね。兄様は今でも怖いけど……リディアにこんなに優しくしてくれるテリアさんのためにも負けられません」
「ずっとそのように意欲を出してくださいね」
そう、リディアのメンタルさえ何とかすれば、ディオスに勝つことは十分可能だ。今日はそのために来た。
ネスティを治療し、秘密兵器として用意した他の情報を提供するなら……リディアはきっと立ち上がるから。
―――――
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