二人の休日(デート?) 上

 私が『バルセイ』の設定を思い出すために物思いにふけっていると、ピエリは私の心を誤解したのか優しく付け加えた。


「あまり負担に思う必要はありません。守りたいものをまっすぐ見つめ、そこから離れなければ道を間違えることはありませんよ」


 ピエリはそう言ったけれど、一瞬見せた寂しい表情がまるで「私のようにですね」と付け加えたような気がした。


 それで思わず尋ねてしまった。


「先生は後悔したことがありますの?」


「後悔……ですか。これほどの歳月を生きながら後悔することがないと言ったら嘘でしょう。でも、そうですね……」


 ピエリはまた視線をそらした。アルキン市防衛戦の記録、中でも結果や被害などが書かれた部分へ。


「最後の戦いは残念なことが多かったですね。結局討伐は成功しましたが、その過程であまりにも多くの人が死にました。私がもっと優れていたら、他の行動を取っていたら…….そんな風に後悔したことは数えられません。私が引退を決心したのも、その時限界を感じたからです」


「でも北部戦線は被害が少なかったと聞きましたわ」


 私はアルキン市防衛戦の経過資料の方を指差した。


「先生が参戦された北部は騎士の被害は大きかったけれど、民間人の被害はほとんどなかったじゃないですか。それに北部の状況が終わるやいなや南部戦線にいらっしゃってそちらまで好転させましたでしょう。先生は十分に努力したと思いますの」


「ははは、こんなに慰めてもらうとは思いませんでした。ありがとうごさいます、テリアさん。そういえば、テリアさんはその時のことについて他に聞いたことはありますか?」


 大したことではない質問だった。流れ上違和感もなく、特に不思議なこともなかった。でもそれを聞いた瞬間、私を見る眼差しがまるで餌を狙う蛇のような気がした。


 答え間違えたら危ない――そんな危機感を胸にだけ抱いてニッコリ笑って見せた。


「最後まで騎士の手本のような御方だと父上からよく言われました。騎士になるなら、必ずラダス卿のような人になれとおっしゃったんですの」


「……そうですか。これはこれは、テリアさんの父上様は昔から私を高く評価してくれますね。ありがたいことではありますが、負担にもなりますよ。教師としても期待に応えられないと大変ですね」


 ピエリは恥ずかしそうに笑いながらそんなことを言った。


 もう少し話した後、彼はそこを離れ、私とロベルはもう少し歴史観を見回した。それがガイドのお姉さんにとってよさそうに見えたのか、彼女は私たちが去った時、かなり気分がいい様子だった。


「お越しいただきありがとうございます。普通アカデミーの生徒たちはピエリ館だけ見て去ってしまって少し残念でしたが、貴方たちは他の所もまんべんなくご覧くださって久しぶりに仕事をする甲斐がありましたね。あ、ピエリ館がやりがいがないという意味ではないので誤解しないでください」


 それから彼女はロベルに身を傾けた。そして隠すつもりが全くないように、全部聞こえる耳打ちをした。


「少年、そんなに消極的に振る舞うのなら女の子を奪われるかもしれませんよ?」


「なっ……!? そ、そんなことないんですよ!!」


「あら、恥ずかしがってますね~」


「違いますってば!!!」


 まぁ、やっぱりまだ子供なんだから。


 内心ロベルをほほ笑ましく眺めながら、私は彼を連れて歴史館を出た。


「そろそろお昼食べに行こうかしら?」


 歴史館を出るやいなやそう言えば、ロベルは時計をのぞき込んだ。昼食を食べるには少し早い時間ではあるけど、だからといってブランチというほど早いわけでもない。


「もうですか? 少し早くないですか?」


「今行っても少し待たなきゃならないと思うよ?」


「そんなこと心配する公女はお嬢様しかいないでしょう」


「余計に身分なんか自慢する必要もないじゃない」


 そう言ってじっと待ってた。ロベルはやっぱり私が動くと思ったのか、首をひねりながら待っていた。


「どうしたんですか?」


「一応執事なのに仕える主をエスコートするセンスくらいはないと。まさか女の子にずっと引っ張り回されるばかりいるつもりだったの?」


 ロベルはあっけに取られたのかプッと笑ってしまった。


「僕が何かをする前に引っ張り回したお嬢様が仰ることではないようですが」


 不平を言いながらも、彼は片手を差し出した。私がその手を握ると、彼は少し顔を赤らめた。それでもあまり慌てる様子もなく案内し始めた。


「楽しみだね。果たして私の執事はどんな所に連れて行ってくれるかしら?」


「なめないでください。見習いとはいえ、オステノヴァの執事として居住地周辺の調査ぐらいは基本です」


 おお、有能な執事アピール。


 久しぶりに鼻が高くなったロベルを嬉しく眺めながらついて行った。


 歩き回るうちになかなか楽しそうなお店も見えた。魔弾を利用して前世の射撃場のように点数を取る遊びもあれば、服屋や食堂なども当然多かった。あとたまには人形を売っているお店とかカフェとかもあった。


 いろいろと前世の光景が思い出される。ネットとかテレビでしか見たことないんだけど。


 純粋な機械工学はないけれど、魔力のおかげで文明のレベルは前世とあまり変わらないのよ、この世界。


 そのように見物しながら歩いていたらふと、ある食堂の前で足を止めた。ロベルがそこをじっと見るのを見ると、そこが目的地のようだった。見た目は普通の建物だ。


 中に入ってみると花やリボンなどでささやかに飾られ、棚に人形のようなものも見えた。全体的に華やかというよりは可愛い系だった。席に案内された後、メニューを見ると可愛らしい絵も描かれていた。


「どうしたの? こんな可愛いお店に来るなんて」


「こういうお店もお喜びになるかと思いまして」


「そうなの? ふーん……」


 私は周りをちらりと見て、わざと訝しがるような眼差しを真似た。


「ここ、アルカが好きそうな店じゃないの? もしかしてアルカと一緒に来てみたかったとか?」


「はい!?」


 ロベルは面白いほどあたふたしていた。口はパクパクして手はウロウロして、これなかなか面白いわね。


 執事長候補としてはそもそも動揺する姿を表に出すべきではなかったけれど……個人的にはこっちの方が気に入ってるわよ。


「あの、僕はただお嬢様もこんなのがお好きだろうと思って……」


「なんで? 私、可愛いものと似合うイメージじゃないんだけど? 普段こんなものに興味を示すこともあまりなかったし」


 正直に私、背丈も眼差しも可愛さとは程遠いから。


『バルセイ』の設定で、大人になった私の背丈はファッションモデル級以上だった。顔も……私が言うには恥ずかしいけど、一応美人ではある。でも、可愛いか愛らしいか聞かれると全然。むしろ鋭くカリスマあふれる悪女だったし。


 それを自覚してからは自分で可愛いこととは距離を置くようになった。好きかどうかで言うとすごく好きだけど。


 それにしても、あたふたとしたロベルが面白いけど、そろそろ可哀そうだね。からかうのはこの辺にしておこうか。


「ふふっ、ごめんね。冗談よ。実は私も可愛いのが好き」


 そう言ってくれると、ロベルは安堵しながらため息をついた。


 ……何かロベルを牛耳る気持ちがとてもいいんだけど……まさかゲームの悪女の性格が私の中にあるわけではないよね?


 こんな些細なことでそんなはずはないと思うけど……なんだか安心できないと思うのは考え過ぎかしら。


「で、どうして私が喜ぶと思ったの?」


 無駄な不安を隠そうとできるだけ平静を装って尋ねると、ロベルは少し気をつけながらも嬉しそうに答えた。


「アルカお嬢様と一緒にいる時、そういうのがお好きなように見えたんですよ。でもわざと遠ざけられるというか、少し気をつけられているような気もしたし……どこかお羨ましがっているような感じがありました」


「何よ、私をそんなによく見てたの?」


「もちろんです。僕はお嬢様に仕えるためにずっと傍にいますから」


 からかおうとした言葉に真剣さ百パーセントの眼差しが戻った。気まずいわ!


 しかし……少し嬉しかった。


 彼の言う通りだった。私には可愛いものが似合わないと思って表には出さなかった。でも実は思う存分そういうのが好きなアルカが少し羨ましかった。


 まだ私も子供だから大丈夫かもしれないけど……『バルセイ』での私の姿が頭に刻印されたせいか、気がつくと自ら距離を置いていた。


 ……私をちゃんと見ていたよね。


 大したことでもないその事実が嬉しくて、ちょっと変な感じがした。


「お嬢様? どうしたんですか?」


「う、ん? 何が?」


「顔が赤いですよ? もしかして熱でも……」


 それからロベルは私の熱でも測ろうとするかのように身を乗り出した。彼の少し冷たい手が私の額に触れたのでびっくりして頭を後ろに引いた。


「な、何してるの!?」


「はい? あ、申し訳ありません。もしかしてお嬢様が病気になったのかと思いまして」


「そんなはずないじゃない! 私が風邪とか引いたの見たの?」


「確かにお嬢様ほど魔力を駆使する人なら風邪のような病気にはなりませんが、だからといって病気にならないわけではありません。これも僕のすべき業務です」


 普段は私に触れるだけでも驚くくせに、よりによってこんなときだけ……!


 いや、かっとなることじゃないわ。分かるけど、なんだか心が落ち着かない。


 そんな会話をしていると、注文を取りに近づいてきた店員が微笑んだ。


「うふふ、お仲良しですね」


「そんなことないんですわよ!」


「恥ずかしがらなくてもいいですよ~」


「いや、だから……!」


 妙なもどかしさに胸をたたいていると、ロベルは何か達観したような顔で割り込んだ。


「そんな冗談はなるべく控えてください。そういうの嫌がる御方なんですよ」


「あれ、そうだったんですね。ごめんなさい」


 あの謝り、きっと爪の垢ほども本気じゃない。怪しく笑うあの眼差しを見てよ。


 それにしても、ロベルの言葉も余計に頭に来る。


「……別に嫌いなわけではないのに」


「はい? すみません、聞こえませんでした」


「何でもないわよ」


 ずっとこんな対話を続けたらペースが崩れそうなので、メニューに目を向けた。


 ……首をひねるロベルの顔も、相変わらず能く笑う店員さんの顔も視界に入れないように努めるのではない。顔が熱くなっているわけでもないし。


 絶対にね!


―――――


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