英雄の足跡

 タラス・メリア。


 大国バルメリア王国の王都らしく、非常に大きく発展した都市である。『バルセイ』の設定集には、面積が東京の八割ぐらいだというか。


 前世の都市ほど建物が高くはなかったけれど、それでも魔力が工学に代わる世界であるだけにかなり高くて洗練された建物が多かった。


 私とロベルはアカデミーの最初の休日を迎え、王都の繁華街に出た。やっぱり繁華街らしく人がごった返していた。


「聞いた以上に人が多いですね。どうしてこんな所にいらっしゃったんですか?」


 傍を歩いていたロベルが少し飽きたような様子で尋ねた。主に私たちの邸宅で過ごしたロベルは、このような人波には慣れていないだろう。


 反面、私は公爵領にいる時も都市によく出かけたし、前世の病院生活を思い出すと少しドキドキする気持ちもあった。


「とりあえず遊ぼうよ。せっかく王都に来たんだから、楽しんでみるべきじゃない?」


「ええ……」


 わざと明るく言ったのに、なぜかロベルの反応は冷ややかだった。


「どうしたの?」


「お嬢様がただ遊んでばかりしようと出てきたわけがないんですよ。それに先日、僕に急に親父にお願いを伝えてほしいと仰いましたよね? 手紙は開けてはいないんですが、見るまでもなく何かまたお企みになるんでしょう?」


 すごく疑われてるわね!!


 いや、確かに純粋に遊びに来たわけではないけど! そのお願いと関係はあるけど! それでも私も遊びたい時くらいはあるのよ! それに前世の記憶のために生徒同士で遊び回ることも一度やってみたかったし!!


 さらにロベルは一人で震える私を慰めるどころか、追撃打まで入れた。


「それに公爵領でも都市はたくさん行かれたじゃないですか。何を今更田舎の子のように仰るのですか」


「まぁいいじゃない! 私は賑やかなのが好きなのよ!」


 我慢できず、つい本音が爆発してしまった。うぅ、恥ずかしい。


 それでもロベルはため息をつきながらも納得はしたようだった。


「まぁ、たくさん行かれた分、こういう空気がお好きでしょうね。いいですよ、付き合ってあげます。そもそもやれと言わればやらなきゃいけない立場でもありますし」


「貴方も楽しんでね。遊びに行ったことがあまりないじゃない?」


「気が向いたらそうします」


 ちなみにロベル以外に同行はいない。トリアは護衛をしようとしたけれど、負担だという理由で断った。


 もちろん放っておくトリアではないので、多分どこかで見守っていると思うけど。


「それで、行きたい所はありますか?」


「うん、この辺にあるの」


 ロベルの手を握って先頭に立った。


 後ろからそっと息を呑むのが聞こえた。振り向くと、ロベルが顔を少し赤くしたのが見えた。


 たかがこの程度で反応があまりにも純真だね。ゲームではこんな奴じゃなかったのに、まだ幼いからかしら?


【貴方が気兼ねしなすぎるんじゃないのかしら?】


[うるさいわよ]


 そのままロベルを連れて目的地に向かった。行く途中でも人々がほほ笑ましがる目で私たちを見ていた。


 そういえば私たち二人ともアカデミーの制服を着ているから、周りから見れば主人と執事ではなく、ただ同じ年頃の生徒たちに見えるだろう。そう思うと少し楽しくなった。


 やがて目的地に着いた。


『バルメリア戦争歴史館』


 低いけど広い建物にそのような文句が書かれた看板があった。


 看板を見るやいなやロベルがプッと笑った。


「何よ、どうしたの?」


「急に二人で遊びに行こうと言われたときはお嬢様に変装した変な人かと思ったのですが……可愛さなんて爪の垢ほどもない選択肢を見て安心しました」


「そんなことで安心しないで!」


「ははは、人でもないしテリアお嬢様が相手だったら仕方ないんですよ」


 この……!


 自業自得であることは知っているけど、徒に腹が立った。それで彼の手を少し乱暴に引きながら歴史館へ入った。


 中には広々とした廊下の両側に陳列棚が並んでおり、その中に王国の戦争と関連した歴史的遺物と資料が入っていた。王国の歴史が五百年ほどになるだけに、入口から見る程度ではまともに渉猟できない。


「いらっしゃいませ。お二人様でしょうか?」


 身だしなみをきちんと整えたガイドのお姉さんが近づいてきた。私がそうですわと答えると、彼女は私たちを見て微笑んだ。


「ここはデートスポットとしてはあまり人気がない所ですが、男性の方の好みですか?」


 その発言を聞くやいなやロベルの顔がぱっと熱くなった。なんだかポンという音まで聞こえたような錯覚がした。


 もちろん私は笑いながらその言葉を否定した。


「そんなことないですわ。ただ見学のために来たんですの。私たちは騎士科ですから」


 制服の裾を見せてそう言うとガイドのお姉さんは「勘違いしてごめんなさい」と笑った。


 ……あの微妙な笑い、きっと私の言うこと信じないのね。顔が赤くなったロベルを見ながら微笑ましがる表情であることを見れば絶対だ。それにガイドなら騎士科の制服くらいは最初から見知るはずだし。


 この百年間の内容について尋ねると、ガイドのお姉さんはすぐに先頭に立って歩き始めた。単なるガイド以上に聞き慣れたというような反応だった。


「こちらが人気がありますの?」


「騎士科の生徒がたくさん来ます。どうやらピエリ・ラダス卿が直接教鞭を執りましたからね。お客さんが騎士科だったら八割以上はあの御方の記録を見に来たんですよ」


 思いもよらなかった話だったけれど、言われてみれば納得した。とにかくピエリは文字通り生きている伝説だから。


「着きました。ここがこの百年を扱う近世百年館です。騎士科の皆さんはピエリ館ともよく呼ばれていました」


 しばらくガイドのお姉さんの説明を聞きながら展示館を歩き回った。


 あれこれ文句を言ったロベルも実際に見回りながらかなり興味がある様子だった。まぁ、そもそも歴史観そのものに不満を言ってはいなかったしね。


 それにしても、確かにピエリ館というニックネームがつくに値する。この展示館の内容の半分近くがピエリ関連の記録だったから。事実、ピエリはバルメリア王国の五大騎士団の一つである月光騎士団所属であるだけだったけれど、彼が在職していた時代の月光騎士団の戦功は眩しいほどだった。


「すごい御方だとは知っていましたけど、これは想像以上ですね。大英雄と呼ばれるに値します」


 ロベルの言葉にガイドのお姉さんは嬉しそうに相槌を打った。


「そうですよね? 本当にすごい御方です。大規模な魔物に立ち向かって町を一人で守った逸話や、二人きりで邪毒獣を討伐した逸話は特に有名ですよ」


 何かガイドのお姉さんが喜ぶ姿が尋常じゃないね。


 そう思って聞くと、彼女は少し照れくさそうに答えてくれた。


「両親がラダス卿に助けてもらったんです。実は私の両親だけでなく、町全体がラダス卿のおかげで無事でした。それで幼い頃から話をたくさん聞いて育ちました。私が一番尊敬する御方です。その時の戦闘がこれでした」


 ガイドのお姉さんはちょうど展示館の終盤にある記録を指差した。


「アルキン市防衛戦。一匹だけ現れても国が危ないという邪毒獣が二匹も出現した前代未聞の事件でした。それだけ被害規模もすごかったですが、ラダス卿がいなかったらはるかに大変だったでしょう」


 アルキン市防衛戦。『バルセイ』で非常に重要なポイントとして言及された戦闘だ。


 ゲームの設定を思い出した私は、少し憂鬱な気分で話した。


「その戦いを最後に引退されたのは本当に残念なことでしたわ」


「ご存知ですね。そうです、それがラダス卿の最後の戦いでした。しかし、優れた後進を養成したいという彼の意思は尊敬に値すると思います」


 後進養成……か。本当にそれだけだったらよかったのに。


 私がそんなことを考えていた時、突然後ろから声が聞こえてきた。


「恥ずかしい話が聞こえますね。どうして時間が経つほど私の逸話はどんどん大げさになるのでしょうか」


 振り返ってみると、先ほどまで話のテーマだった張本人が見えた。


「私が引退したのは、もはや騎士としてこの国に貢献できなくなったからです。引退まで祭り上げるのは困ります」


「でも実際にアカデミーで子供たちを教えていらっしゃるじゃないですか?騎士でなくでも、今も十分に貢献していらっしゃいます」


「はは、過賞です。できることをするだけです」


 ピエリは私とロベルを見て微笑んだ。


「今年一番末頼もしい新入生のお二人ですね。貴方たちまで私に関心を持ってくれるなんて光栄です」


「ラダス卿が期待する生徒とは、きっとすごい人になりますね!」


「そうでしょうね。特にテリアさんは私が見てきた新入生の中でも独歩的な最高です。テリアさんの父上様もきっと誇りに思っているでしょう」


 ガイドのお姉さんに私の身分を明らかにしなかったことを察したのか、ピエリは父上についてごまかした。


 実は私の髪と目の色を見れば、どの家の血統なのかすぐに分かるんだけどね。ガイドのお姉さんが鈍いのか、それとも王都に居住するだけに幼い公女程度では慌てないのかよく分からない。


 その時、ガイドのお姉さんはふと思い出したように話した。


「ラダス卿ならきっと才能あふれる子供を産むでしょう。もしかして結婚の計画はありませんか?」


 その瞬間。


 ピエリの眼差しが鋭くなったのを、確かに見た。


 刹那の瞬間だったのでガイドのお姉さんは気づかなかったけれど、まるでガイドのお姉さんを殺そうとするような眼差しだった。でもすぐ収拾し、再び普段の笑顔に戻った。


「体は魔力で若さを保っていますが、心は老けましたからね。受け入れてくれる女性の方を探すのが難しいですね」


「きっといい縁があるはずですよ」


「ありがとうございます。ガイドさんこそ美人ですから、いい方に出会えますよ」


 それから彼は振り向いてロベルに目を合わせ、ニッコリと笑った。


「貴方たちも最善を尽くせば私よりもっと立派な人になれると思います。それだけの才能があります。そしてもう一つ付け加えると……」


 そこで彼は言葉を切り、展示館の記録を振り返った。アルキン市防衛戦と、その後彼が引退した当時のインタビュー内容が記録された資料だった。


 私たちは皆、彼の視線を追った。


「何を守りたいのか……何を守るために騎士になるかを、常に忘れないでください。それを間違わなければ貴方たちが道を間違えることはないでしょう」


〝私が貴様の利益なんかのために戦ったと思うのか!?〟


 彼の言葉が『バルセイ』のセリフと重なって聞こえた気がした。


 ……やっぱり、私の考えは間違っていない。


 彼が引退した理由は『バルセイ』でのそれと同じだと、この時確信ができた。


―――――


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